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【1】無能な聖職者
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この地の人々は誰もが生まれながらにして魔力を保有している。その質と量には個人差があり、それによって職業を決める者が大半である。
魔力の質と言うのはその人間の性格に近しいものと言えばわかりやすいだろう。例えば喧嘩っ早い人間であれば荒れ狂う嵐のような質をしているし、心根の優しい献身的な人間であれば癒しを与えるさざ波のような質をしている。
これは生まれてすぐにある程度決まるもので、十歳にもなる頃には自分の質がどういった職に合っているのか自然と理解できるようになるのだ。
そしてここで重要になってくるのが魔力量である。
いくら魔力の質と職業の相性が良かったとしても、職務を熟すだけの魔力量が無ければその職に就く事はできない。簡単な話、魔力量の高い者と低い者がその場に居合わせたならば選ばれるのは前者だという事だ。
魔力の量は質と違い成長するにつれて増えていくといった変化がある。成長の度合いも人によって違うため、保有量の少なかった子供がどこかのタイミングで急激に魔力を増やす事もあるらしい。
とは言え十二歳頃を境に魔力の成長は緩やかになっていってしまうので、そこで多くの運命は決まってしまうと言えよう。
職業によって使用頻度も最低限必要な魔力の量も異なるが、基本的には位の高い職業や如実に能力を求められる職業ほど数が少なく難しいとされている。
その中でも『国王』と『聖女』は国の行く末を左右する要と言うべき存在であった。
王は言わずもがな、国を統べる最も位の高い者だ。魔力の質は煌びやかで神々しく、当然魔力量も相応になくてはならない。
魔力は血筋の影響が大きいとされていて、穏やかな質の両親からは穏やかな子が産まれやすかったり、魔力量の多い一流騎士の家庭には才のある子ばかりが産まれるといった傾向がある。つまり優秀な王と妃の間に生まれた子はその魔力を継いだ優秀な子になる、筈なのだ。
だが鳶が鷹を産む事があるように、その逆も稀に起きてしまう。
これは王族に限らず誰しもにある事なのだが、特に王族貴族といった権力や富を欲する者たちにとっては致命傷になる話だった。
王位継承争いの火種になったり、財力が大きく傾いて家が没したり、過去には名ばかりの無能な王が自国を滅ぼしかけた事もあったらしい。
一方聖女は瘴気に塗れた大地を浄化する力を持っているとされており、少数しか存在しないながらも全員が全員優れた魔力を保有している。
聖女の魔力は滞在する地そのものに影響があるため、魔力の質はどこまでも清らかに、魔力量は膨大であればあるほど良しとされた。先にも言った通り、職務を熟すだけの魔力量───要するに瘴気を浄化するための能力が低い聖女など、価値がないも同然なのである。
そんな聖女たちは瘴気の影響の出ている各地から常に求められているが、圧倒的に数が足りていないのが現状だった。
まずその代の最も優秀な聖女は王宮で暮らす事になる。これは聖女の意思ではなく王国側の意向が大きい。王都周辺が常に浄化され続けるように聖女を囲って逃さないようにするというわけだ。
それ以外の聖女たちは自分の意思で浄化を急がねばならない地へと向かう。だが、これもまた彼女たちの思うようにはいかない。何故なら聖女が訪れた地の近隣領主が横から無理矢理に攫って行こうとするからである。
聖女を手に入れるためならばどんな手段でも使う、といった思考は既に瘴気に侵されているからなのかもしれないが、それによって必要のない争いが起きてしまう事もままあった。
そんな中、打開案として上がったのが『聖職者』による聖女代理である。
と言っても、浄化は聖女にしか出来ないので聖職者が行うのはあくまで擬似浄化活動だ。
聖職者は浄化の力こそ無いながらも聖女と同じような魔力の質をしているため、人を癒す事ができるのである。一部非常に優れた聖職者であれば瘴気の濃度を薄める事も可能なのだとか。
魔力放出量の差から癒す範囲もスピードも聖女には劣ってしまうが、それでも大地は日々瘴気に侵されていく。瘴気による被害がこれ以上広がらぬよう、王国側も積極的に聖職者に働きかけているというわけだ。
「グリファート・アンカーで宜しいか」
「はあ…」
「聖女代理として北都オルフィスに向かって頂きたく」
ギイギイと軋む古びた扉から入ってきた数人の王国騎士団たちを窺うように、グリファートは再度「はあ…」と歯切れの悪い相槌を打った。
手入れのされていないボサついた髪によれた祭服。顔立ちは整っていなくもないが、いかんせん顎に生えた無精髭とくたびれた顔つきのせいで男の印象を下げてしまっている。
はっきり言って、聖職者には見えない。
天井は雨漏りしたのだろう染みが残っている上、掃除もしていないのか蜘蛛の巣が張っていた。女神像は辛うじて美しさを保っているが、宙を舞う埃に目がいって仕方がない。
ここは寂れた田舎ではあるので教会が古びているのもわからなくは無いが、それにしても酷い有り様である。
グリファートの元に来た事を若干後悔した騎士たちであったが、とは言え今は一刻も早く瘴気を抑えねばならない地があちこちにあるのだ。この際見た目の悪さなど目を瞑ろうと、騎士の一人がゴホンと咳払いをして話を再開する。
「では、馬車を用意してあるので今日中に出立できるよう支度して貰えるだろうか」
「あー…その前にひとつ聞いておいても?」
「構わないが…」
グリファートはポリポリと頭を掻きながら、心底不思議そうな顔で騎士たちに問うた。
「俺、無能なんですけど大丈夫ですかね?」
「は?」
魔力の質と言うのはその人間の性格に近しいものと言えばわかりやすいだろう。例えば喧嘩っ早い人間であれば荒れ狂う嵐のような質をしているし、心根の優しい献身的な人間であれば癒しを与えるさざ波のような質をしている。
これは生まれてすぐにある程度決まるもので、十歳にもなる頃には自分の質がどういった職に合っているのか自然と理解できるようになるのだ。
そしてここで重要になってくるのが魔力量である。
いくら魔力の質と職業の相性が良かったとしても、職務を熟すだけの魔力量が無ければその職に就く事はできない。簡単な話、魔力量の高い者と低い者がその場に居合わせたならば選ばれるのは前者だという事だ。
魔力の量は質と違い成長するにつれて増えていくといった変化がある。成長の度合いも人によって違うため、保有量の少なかった子供がどこかのタイミングで急激に魔力を増やす事もあるらしい。
とは言え十二歳頃を境に魔力の成長は緩やかになっていってしまうので、そこで多くの運命は決まってしまうと言えよう。
職業によって使用頻度も最低限必要な魔力の量も異なるが、基本的には位の高い職業や如実に能力を求められる職業ほど数が少なく難しいとされている。
その中でも『国王』と『聖女』は国の行く末を左右する要と言うべき存在であった。
王は言わずもがな、国を統べる最も位の高い者だ。魔力の質は煌びやかで神々しく、当然魔力量も相応になくてはならない。
魔力は血筋の影響が大きいとされていて、穏やかな質の両親からは穏やかな子が産まれやすかったり、魔力量の多い一流騎士の家庭には才のある子ばかりが産まれるといった傾向がある。つまり優秀な王と妃の間に生まれた子はその魔力を継いだ優秀な子になる、筈なのだ。
だが鳶が鷹を産む事があるように、その逆も稀に起きてしまう。
これは王族に限らず誰しもにある事なのだが、特に王族貴族といった権力や富を欲する者たちにとっては致命傷になる話だった。
王位継承争いの火種になったり、財力が大きく傾いて家が没したり、過去には名ばかりの無能な王が自国を滅ぼしかけた事もあったらしい。
一方聖女は瘴気に塗れた大地を浄化する力を持っているとされており、少数しか存在しないながらも全員が全員優れた魔力を保有している。
聖女の魔力は滞在する地そのものに影響があるため、魔力の質はどこまでも清らかに、魔力量は膨大であればあるほど良しとされた。先にも言った通り、職務を熟すだけの魔力量───要するに瘴気を浄化するための能力が低い聖女など、価値がないも同然なのである。
そんな聖女たちは瘴気の影響の出ている各地から常に求められているが、圧倒的に数が足りていないのが現状だった。
まずその代の最も優秀な聖女は王宮で暮らす事になる。これは聖女の意思ではなく王国側の意向が大きい。王都周辺が常に浄化され続けるように聖女を囲って逃さないようにするというわけだ。
それ以外の聖女たちは自分の意思で浄化を急がねばならない地へと向かう。だが、これもまた彼女たちの思うようにはいかない。何故なら聖女が訪れた地の近隣領主が横から無理矢理に攫って行こうとするからである。
聖女を手に入れるためならばどんな手段でも使う、といった思考は既に瘴気に侵されているからなのかもしれないが、それによって必要のない争いが起きてしまう事もままあった。
そんな中、打開案として上がったのが『聖職者』による聖女代理である。
と言っても、浄化は聖女にしか出来ないので聖職者が行うのはあくまで擬似浄化活動だ。
聖職者は浄化の力こそ無いながらも聖女と同じような魔力の質をしているため、人を癒す事ができるのである。一部非常に優れた聖職者であれば瘴気の濃度を薄める事も可能なのだとか。
魔力放出量の差から癒す範囲もスピードも聖女には劣ってしまうが、それでも大地は日々瘴気に侵されていく。瘴気による被害がこれ以上広がらぬよう、王国側も積極的に聖職者に働きかけているというわけだ。
「グリファート・アンカーで宜しいか」
「はあ…」
「聖女代理として北都オルフィスに向かって頂きたく」
ギイギイと軋む古びた扉から入ってきた数人の王国騎士団たちを窺うように、グリファートは再度「はあ…」と歯切れの悪い相槌を打った。
手入れのされていないボサついた髪によれた祭服。顔立ちは整っていなくもないが、いかんせん顎に生えた無精髭とくたびれた顔つきのせいで男の印象を下げてしまっている。
はっきり言って、聖職者には見えない。
天井は雨漏りしたのだろう染みが残っている上、掃除もしていないのか蜘蛛の巣が張っていた。女神像は辛うじて美しさを保っているが、宙を舞う埃に目がいって仕方がない。
ここは寂れた田舎ではあるので教会が古びているのもわからなくは無いが、それにしても酷い有り様である。
グリファートの元に来た事を若干後悔した騎士たちであったが、とは言え今は一刻も早く瘴気を抑えねばならない地があちこちにあるのだ。この際見た目の悪さなど目を瞑ろうと、騎士の一人がゴホンと咳払いをして話を再開する。
「では、馬車を用意してあるので今日中に出立できるよう支度して貰えるだろうか」
「あー…その前にひとつ聞いておいても?」
「構わないが…」
グリファートはポリポリと頭を掻きながら、心底不思議そうな顔で騎士たちに問うた。
「俺、無能なんですけど大丈夫ですかね?」
「は?」
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