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番外編集 アレな世界のいろいろな話
八尾とウミガメのスープ
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私は所謂戦災孤児で、頼れる親族もおらずそのため終戦後は浮浪児同然の生活をしていた。
おとぎ話のような存在に思っていたが、異能の力を持つ六人の英雄が文字通り軍神の如き働きをしてくれ本国は大勝利を収めたものの、やはり6人という少数精鋭では大規模な空襲は守り切れるものでは無く、戦中戦後は本州や各地にそれなりの被害も出てしまった。
勝利に導いてくれた英雄達には感謝こそすれ恨んだ事は無いが、やはりどうして自分の家族や実家は助からなかったのかと悔しく思う事はあった。
そうして浮浪児同然なので当然食い扶持なぞなく、悪い事だというのは重々承知しているが仕方なしに食い逃げや盗み等で腹を満たしていた。
どうにか保護してもらって孤児院に入ろうかとも考えたが、戦前や戦後しばらくは悪質な施設も多く、国からの支援金目当てだけに設立して、支援金の大半は偉い者の懐に納まりやはり最低限の暮らししか出来ない所もままあると聞いたのでそれよりはと気ままな浮浪児暮らしを送っていた。
当然だがそんな暮らしが長く続けられるわけも無く、ある日置き引きしようとした荷物が軍人さんの物であったらしく、普通なら少年院かアレ更生所行きだが戦災孤児というのを考慮され、普通の少年院などよりは自由と人権が尊重された特殊な更生施設へ私は入れられる事となった。
初めはもう一巻の終わりかと悲観していたものの、過度な折檻や体罰は無く入って見れば悪質な児童施設よりは随分ましだったので私は安堵し、大人しくそこで教育を受けたり社会復帰を目指して様々な作業を行い穏やかに過ごすようになった。
そこで出会ったのが八尾くんであった。
彼は初めて見た時から綺麗な緑色の長髪をしていたが、ある食事時隣に座る機会があったので聞いてみたらこれは遥か昔に人魚を食べてこうなったのだという。
そこで私は彼が完全な不老不死であるという事を知った。
普通なら世迷言か妄想癖のアレな人間だと思う所であろうが、例の英雄のように不老者等は時折いたし、このアレな世界ならそういう事もあるだろうと私は直ぐにその話を信じた。
彼は私に配慮してかあまりに陰惨な話題は語らなかったが、その名の通り800年以上前から生きているという事だったので、相当な地獄や凄惨なものも見て来たのだろうことはすぐに想像がついた。
それでも明るく前向きで、常に飄々としている彼を私は兄貴分のように慕うようになった。
そこで平穏に暮らし数年し、私が十代後半くらいになった頃の事だった。
その時は船の整備や操縦を学ぶために施設近郊の海に小型の船で沖まで出ていたが、予想外の故障が起きたり悪天候で舵がきかず陸に連絡も取れなくなり、現在位置も分からず完全に漂流する羽目になった。
元々数時間で帰港する予定だったので水や食料もあまり積んでおらずあっという間に食料は尽き、数日間何も食べずに僅かな水のみで過ごし救助も来ず、これは今度こそ一巻の終わりかと覚悟していたその時。
「…おい、しっかりしろ。仕掛け網にウミガメが掛かった。食いやすいよう捌いてスープにしたから、これを食って精をつけろ」
不老不死ゆえに我々の中で唯一元気のあった八尾くんが、倒れ身動きのとれなくなった仲間達にウミガメ肉のスープを振舞ってくれたのだ。
私は無我夢中で八尾くんに差し出されたスープにがっつき、大きいウミガメだったようでお代わりもたくさんあるとの事で腹一杯になるまでそのスープを流し込んだ。
「…ああ、助かったよ。本当にありがとう、八尾くん。…でも、こういう時は何を食べても美味しいものだと思ってたけど、正直味はあんまり美味しく無かったかなあ。ごめんね」
「おいおいお前、こういう時はお世辞でも美味かったって言えよな~。まあでもそんな軽口がたたけるくらいならもう大丈夫だな。他の奴等も似たような感じだし」
そうして振舞って貰ったスープで持ち直し、翌日通りがかった漁船に気付いてもらい私達はどうにか救助され陸に帰る事が出来た。
私達は命を救ってくれた八尾くんに深く感謝し、生涯その事を忘れる事は無かった。
そして更に数年後、十分な教養と技術を身に付け、所内での態度も模範的だった私は過去に盗み等を働いてしまったが状況的に仕方ないとの事で特別に恩赦を受け前科も付かずに済み、資金援助を受けつつ施設近郊の整備工場に就職することとなった。
私は恩情をくれた世間や施設に報いるため必死に働き、成人して数年後には結婚して子宝にも恵まれ、人並みに幸せな家庭を築く事が出来た。
そしてあっという間に歳月は流れ、私はもう初老と言える年齢に差し掛かっていた。
子育ても一段落し、金銭的にも余裕が出た私はある時ふと思い立ち一人で岬の少し高級なレストランで食事をとっていた。
「お客様、運が良いですね。本日は特別にアレウミガメ肉を入荷しておりますので、そのスープなどいかがでしょうか」
それを聞いた私は、もう数十年前の遭難した時のことを思い出し懐かしくなり、そのスープを注文した。
だがしかし、運ばれて来たスープを一口飲んだ瞬間私は凍り付いた。
あの時食べたスープと味が全く違って、随分とそれは美味しかったのだ。
私はすぐにウェイターを呼んで、このスープは本当にウミガメの肉が使われているのか聞いた。
「…はい、こちらはクローン培養なものの、間違いなくウミガメ種では一般的なアレウミガメの肉を使用しておりますが」
その回答を聞いた瞬間、私は少々気分が悪くなりながら昔食べたあの肉の正体を悟った。
もう八尾くんには長らく会っておらず現在の住所や連絡先も知らないが、いつか再会できたら文字通り身を挺して振舞ってくれたあのスープを不味いと言ってしまった事を謝らねばと私は深く考えた。
おとぎ話のような存在に思っていたが、異能の力を持つ六人の英雄が文字通り軍神の如き働きをしてくれ本国は大勝利を収めたものの、やはり6人という少数精鋭では大規模な空襲は守り切れるものでは無く、戦中戦後は本州や各地にそれなりの被害も出てしまった。
勝利に導いてくれた英雄達には感謝こそすれ恨んだ事は無いが、やはりどうして自分の家族や実家は助からなかったのかと悔しく思う事はあった。
そうして浮浪児同然なので当然食い扶持なぞなく、悪い事だというのは重々承知しているが仕方なしに食い逃げや盗み等で腹を満たしていた。
どうにか保護してもらって孤児院に入ろうかとも考えたが、戦前や戦後しばらくは悪質な施設も多く、国からの支援金目当てだけに設立して、支援金の大半は偉い者の懐に納まりやはり最低限の暮らししか出来ない所もままあると聞いたのでそれよりはと気ままな浮浪児暮らしを送っていた。
当然だがそんな暮らしが長く続けられるわけも無く、ある日置き引きしようとした荷物が軍人さんの物であったらしく、普通なら少年院かアレ更生所行きだが戦災孤児というのを考慮され、普通の少年院などよりは自由と人権が尊重された特殊な更生施設へ私は入れられる事となった。
初めはもう一巻の終わりかと悲観していたものの、過度な折檻や体罰は無く入って見れば悪質な児童施設よりは随分ましだったので私は安堵し、大人しくそこで教育を受けたり社会復帰を目指して様々な作業を行い穏やかに過ごすようになった。
そこで出会ったのが八尾くんであった。
彼は初めて見た時から綺麗な緑色の長髪をしていたが、ある食事時隣に座る機会があったので聞いてみたらこれは遥か昔に人魚を食べてこうなったのだという。
そこで私は彼が完全な不老不死であるという事を知った。
普通なら世迷言か妄想癖のアレな人間だと思う所であろうが、例の英雄のように不老者等は時折いたし、このアレな世界ならそういう事もあるだろうと私は直ぐにその話を信じた。
彼は私に配慮してかあまりに陰惨な話題は語らなかったが、その名の通り800年以上前から生きているという事だったので、相当な地獄や凄惨なものも見て来たのだろうことはすぐに想像がついた。
それでも明るく前向きで、常に飄々としている彼を私は兄貴分のように慕うようになった。
そこで平穏に暮らし数年し、私が十代後半くらいになった頃の事だった。
その時は船の整備や操縦を学ぶために施設近郊の海に小型の船で沖まで出ていたが、予想外の故障が起きたり悪天候で舵がきかず陸に連絡も取れなくなり、現在位置も分からず完全に漂流する羽目になった。
元々数時間で帰港する予定だったので水や食料もあまり積んでおらずあっという間に食料は尽き、数日間何も食べずに僅かな水のみで過ごし救助も来ず、これは今度こそ一巻の終わりかと覚悟していたその時。
「…おい、しっかりしろ。仕掛け網にウミガメが掛かった。食いやすいよう捌いてスープにしたから、これを食って精をつけろ」
不老不死ゆえに我々の中で唯一元気のあった八尾くんが、倒れ身動きのとれなくなった仲間達にウミガメ肉のスープを振舞ってくれたのだ。
私は無我夢中で八尾くんに差し出されたスープにがっつき、大きいウミガメだったようでお代わりもたくさんあるとの事で腹一杯になるまでそのスープを流し込んだ。
「…ああ、助かったよ。本当にありがとう、八尾くん。…でも、こういう時は何を食べても美味しいものだと思ってたけど、正直味はあんまり美味しく無かったかなあ。ごめんね」
「おいおいお前、こういう時はお世辞でも美味かったって言えよな~。まあでもそんな軽口がたたけるくらいならもう大丈夫だな。他の奴等も似たような感じだし」
そうして振舞って貰ったスープで持ち直し、翌日通りがかった漁船に気付いてもらい私達はどうにか救助され陸に帰る事が出来た。
私達は命を救ってくれた八尾くんに深く感謝し、生涯その事を忘れる事は無かった。
そして更に数年後、十分な教養と技術を身に付け、所内での態度も模範的だった私は過去に盗み等を働いてしまったが状況的に仕方ないとの事で特別に恩赦を受け前科も付かずに済み、資金援助を受けつつ施設近郊の整備工場に就職することとなった。
私は恩情をくれた世間や施設に報いるため必死に働き、成人して数年後には結婚して子宝にも恵まれ、人並みに幸せな家庭を築く事が出来た。
そしてあっという間に歳月は流れ、私はもう初老と言える年齢に差し掛かっていた。
子育ても一段落し、金銭的にも余裕が出た私はある時ふと思い立ち一人で岬の少し高級なレストランで食事をとっていた。
「お客様、運が良いですね。本日は特別にアレウミガメ肉を入荷しておりますので、そのスープなどいかがでしょうか」
それを聞いた私は、もう数十年前の遭難した時のことを思い出し懐かしくなり、そのスープを注文した。
だがしかし、運ばれて来たスープを一口飲んだ瞬間私は凍り付いた。
あの時食べたスープと味が全く違って、随分とそれは美味しかったのだ。
私はすぐにウェイターを呼んで、このスープは本当にウミガメの肉が使われているのか聞いた。
「…はい、こちらはクローン培養なものの、間違いなくウミガメ種では一般的なアレウミガメの肉を使用しておりますが」
その回答を聞いた瞬間、私は少々気分が悪くなりながら昔食べたあの肉の正体を悟った。
もう八尾くんには長らく会っておらず現在の住所や連絡先も知らないが、いつか再会できたら文字通り身を挺して振舞ってくれたあのスープを不味いと言ってしまった事を謝らねばと私は深く考えた。
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