私の双肩にはカミ様がいる~かわいいのにどっちともやべぇのに取り憑かれました~

結紡弥 カタリ

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第3話

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 作家にとってネタとは、時には命よりもずっと重い。

 このネタが尽きた時、作家としての生命は終わったに等しかろう。

 少なくとも雷志はそう思っており、なので彼は常にネタ集めに余念がない。

 日中、一般人が仕事に就く中で雷志だけが定職にも就かずふらふらとしている。

 そんな彼をだらしのない人間だ、とこう揶揄する輩も恐らく少なからずいよう。

 それは彼が作家だということを知らないからに他ならない。

 どうしてこうなってしまったのやら……? 道中、雷志はそんなことを、ふと思う。

 切っ掛けは、これもネタ集めからはじまった。

 最初は、興味本位であったというのとちょうど怪談を題材とした作品を書くためのネタを集めてもいた。

 そこに舞い込んだ一本の電話が、雷志の在り方を大きく変えたと言っても過言ではあるまい。

 悪霊に取り憑かれている――その一言だけで、野次馬根性を発揮した雷志は、無意識の内に除霊をした。

 もちろん無意識によるものなので、当事者としては何が起きたのかさっぱりわかっていない。

 しかし、噂とはあっという間に広まってしまうものだ。

 どの霊能力者でさえも匙を投げた悪霊を、一介の作家が祓ってしまったのだ。

 この噂はたちまちに拡散され、今や和泉雷志いずみらいしの名を知らぬ者は霊能界隈でいないとまで言われるほど、彼は有名人となってしまったのである。

 これは、まったくの誤解だ。雷志はそう常々否定するが、一度であろうと功績を作ってしまった彼の言葉に、耳を貸す者はいない。

 むしろ噂は更なる噂を呼び、現在いまとなっては“霊能界の駆け込み寺”とまで言われる始末である。

 本当は作家なんだけども……、一応個人情報の秘匿としてペンネームで活動しているが、そろそろいい加減自分が何者であるかを公表すべきではないか? 今回だけでもう何度目になるかさえもわからない自問自答をして、雷志は目の前に建つ一軒家に視線をやった。


「ここが依頼主の家か……」


 目前にそびえ立つ家は、大きな洋館だった。

 より厳密に言えば、この現代にとってはひどく珍しい擬洋風建築である。

 大方、家主の趣味がここに反映されているのだろう。雷志はそう思った。

 外観から察するに、さぞ費用がかかったのは一目瞭然であり、だが豪華絢爛さとは裏腹にどんよりとした雰囲気が洋館を包み込む。

 近寄りがたい気配に雷志は一瞬だけ眉間にくっとシワを寄せると、意を決してチャイムを鳴らした。


「――、すいません。昨日お電話をいただいた和泉雷志いずみらいしというものですが……」


 その一言だけを伝えると、固く閉じた扉が瞬く間に開いた。

 あたかも、彼が訪れるのを今か、今かと扉の前で待機していたかのごとく。

 バンッとけたたましく開放された扉より転がるように現れたメイドに、雷志は思わず頬の筋肉をひくり、とつりあげる。

 この人が依頼主なのか……? 訝し気に見やる雷志に、そのメイドは彼の姿を視認するや否や、口火を切って吼えた。


「お待ちしておりました! さぁさぁ、どうぞこちらです!」

「あ、ちょっと……」


 有無を言わせぬまま、雷志が無理矢理メイドへ連れられたのはボロボロになった一室だった。

 壁紙の至るとこには、とても人間の仕業だとは思えない。

 さながら猛獣がひっかいたような傷跡が痛々しく残り、部屋もひどく散らかっている。

 その上、鼻腔を突き刺す強烈な異臭が訪室者へと容赦なく襲い掛かる。

 劣悪極まりないこの環境下の中で、雷志は一人の少女に視線をやった。

 歳はまだ十代にもなっていないだろう。穢れを知らない純粋無垢な時代を送ろうはずの少女の顔は、明らかに年端もいかぬ子供のそれではない。

 目をぎょろりと動かし、荒々しい呼吸に伴いぼたぼたと涎を滴らせる姿はそれこそ、獣といってもよかろう。

 この娘が今回の依頼主か……と、雷志は小さく溜息を吐いた。


「お願いです先生! 先生はどんな霊的存在も払える凄腕の方だとお聞きしました! どうかお嬢様をお救いください!」

「……ちなみにですけど、どうしてこうなってしまったか心当たりはありますか? 例えば心霊スポットに行ったとか」

「そんな! お嬢様はそのような危険な場所へ行かれるようなことは絶対にしません! お嬢様は友達想いなとても心優しいお方で、花が大好きな心優しい方です。それが、どうしてこんなことに……」

「――、ふむ……。他には? 場所でなくてもいいです。例えば、急に様子が変わった時近く何か普段とは違うことが起きなかったとか」


 しばしの沈黙の後、メイドが「そういえば……」と、もそりと呟く。


「あまり関係ないとは思いますけど……お嬢様はご友人の一人からプレゼントをもらったんです。かわいらしい手製のネックレスらしくて、お嬢様はいつもそれを肌身離さず身に着けておられました」

「ネックレス……」


 少女の方に再び視線をやれば、確かにそれらしきネックレスが首下で小さく揺れていた。

 雷志は、あれが元凶で間違いないだろう、とこう結論を下した。


「……とりあえずやってみましょう。メイドさんは危ないですので、この部屋から出て行ってもらってもいいですか?」

「え? で、ですが……」

「お気持ちはわかります。ですが、ここは私にすべてお任せください。言葉悪くして言うと、今あなたがここにいることは邪魔でしかありませんので」

「っ……わ、わかりました。先生、どうかお嬢様をよろしくお願いいたします!」

「……えぇ、やれるだけのことはやってみます」


 不安を拭えないまま退室するメイドを見送って、さて、と。雷志は改めて少女を見やった。

 ぎろりと鋭い眼光を飛ばし警戒心を強く剥き出す姿勢は、まさしく獣そのものである。

 今にも飛び掛かろうとする勢いの少女に、しかし雷志は至って冷静で平然とした顔で返す。


「……仕方ありませんね。とりあえず引き受けてしまった以上は、こちらも責任をもって対応させていただきますか」

 そう言うと共に、雷志は腰の太刀をすらりと抜く。

 刃長はおよそ二尺四寸一分約72cmと、入念に立てた刃と胴太な刀身が印象的である。

 互の目乱れの刃文が入った刃は、例え人工の光であろうとも美しく妖艶に輝く。


 支倉鉄之助はせくらてつのすけの作刀――名前は、特にない。

 無銘ではあるがその実、どの名のある刀よりもはるかによく斬れる優れた代物だ。

 羽のようにふわりとした軽さが、最大の特徴であるこの刀は、雷志の身体に非常によく馴染んだ。


「とりあえず、手荒な真似はしたくないのでできれば先にその子から出ていってほしいのですが……」


 これは牽制である。

 雷志とて必要であれば事を荒立てる気は毛頭ない。

 もっとも、彼の牽制が成功した確率はゼロである、とこう断言してもよかろう。

 一度も成功した試しがなく、そのために結果として荒事になるのが常だった。

 今日もいつもと変わることはないだろう。そうであると信じて毛ほどさえも疑っていなかっただけに、雷志は目前で起きた事象に目をぎょっと丸くする。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「え……?」


 けたたましい咆哮が室内に反響した。

 それは威嚇ではなく、どちらかといえば悲鳴に近しい。

 事実、少女は部屋の片隅へ素早く移動するとぶるぶるとその小さな体躯を震わせている。

 明らかに少女は恐怖している。しかし、いったい何に対しての恐怖なのかが雷志には皆目見当もつかない。

 まさか自分に恐怖をしているとでもいうのか……? 雷志はすぐさま、この仮説を否定する。

 恐怖することはあれど、その逆は一度として雷志は経験した試しがない。

 この娘はいったい何に対して恐怖しているのだろうか……。まるでわからない展開に雷志は、ひとまず困惑しながらも事に当たる。

 理由がどうであれ、相手がすっかり戦意喪失しているのは願ってもない展開だ。

 今日はすんなりと終わりそうだ、とそんなことを思いつつ雷志は少女にそっと刀身を当てた。

 刃は水平にして寝かせ、本体に決して傷がつかないように最大限の配慮を忘れない。

 刃を頭に当てた直後、室内は再びけたたましい咆哮によって包まれる。

 だが、それもほんの少しだけのこと。糸が切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ちるところを雷志が抱えれば、そこにあるのはもうさっきまでのおどろおどろしい姿ではない。

 外見相応のかわいらしい寝顔を浮かべた少女が、すぐそこにいた。

 ひとまずこれでどうにかなった。雷志がメイドを呼びに行けば、彼女のみならずこの洋館に住まう全員が一気に詰め寄る。

 室内は、改めて周囲を一瞥して雷志はここが子供部屋であると今更ながらに気付く。

 子供部屋だから広さはあまりなく、そこに大人数が詰めよればどうなるかはもはや語る必要もなかろう。

 ぎゅうぎゅうと、たちまち満員電車よろしい状況に陥った室内からどうにか抜け出した雷志は、人気のない廊下にて盛大に溜息をもらした。

 仕事は楽だったのにそれ以外でドッと疲れてしまったと、うなだれる彼にメイドがぱたぱたとやってくる。

 彼女の手には分厚くなった一通の封筒が大事そうに握られていた。


「先生、本日は本当にありがとうございました――こちら、お礼です」

「あ~……えっと、ありがとうございます」


 報酬を受け取った雷志のその表情は、ひどくぎこちない笑みを浮かべている。

 それは彼の本業はあくまでも作家であって、しかしここ最近の稼ぎがこちらによるものが増えつつある現状がいささか複雑な心境にあった。

 これではもう、どっちが本業なのかわかったものではない。

 雷志はそう自嘲気味に小さく笑うと、その場を後にした。

 とにもかくにも依頼は無事に終わったのは紛れもなく事実であり、正当な対価なのでなにも問題はない。

 だが、雷志の思考はすでに別のことに向いていた。
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