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第三章:再会
第18話:突発コラボも配信の醍醐味
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時刻は午前8時すぎ。
本日は平日とだけあって、町中は多くの人でわいわいと大賑わいである。
その雰囲気はさながら祭のようで、この喧騒に雷志は思わず卒倒しようになった。
自分がいた時代よりもずっと賑やかだ、と雷志は周囲を忙しなく物色した。
彼の記憶にあるものが、現代には何一つない。
建造物や人々の暮らしはもちろんのこと、匂いでさえもかつての面影はない。
浦島太郎になったような気分だ。雷志はそんなことを、ふと思った。
だが、現状を嘆いたところでなにか進展があるはずもなし。
またないもの強請りをして手に入るのであれば、誰も苦労もしないだろう。
あるがまま受け入れ、一刻でも早く適応する。自らにそう言い聞かせる彼を、道行く人々の視線はとても訝し気だ。
これについても、無理もない話だ。
今や世間は、和泉雷志について強い関心を示している。
数百年前の人間がこうして生きているのだ。彼らが興味を抱くのは至極当然と言えよう。
ましてや雷志の容姿は、男性でありながら女性のように容姿端麗である。
同性異性問わず、誰しもが彼の方を必ず視線で追っていた。
見世物じゃないんだが、と雷志はすこぶる本気で思った。
「――、ん?」
ジロジロと品定めるような視線から逃れるべく、雷志が入ったのは入り組んだ路地裏だった。
大小新旧、様々なビルが群集するコンクリートジャングルの隙間とあって日中でも関わらず薄暗い。
迷路のような複雑な道をどう進んだか、雷志はまるで憶えていない。
そうして適当に出た場所にて、一人の少女がまくし立てるように独り言を口にしているから雷志ははて、と小首をひねった。
「――、え……えっとはじめまして! 新人K-tuberの狗房ココロです! きょ、今日ははじめてダンジョンに挑もうと思います!」
「なんだ、配神者……“けぇちゅうばぁ”ってやつか」
「え、えっとですね。ここはダンジョンの中だと初心者向きということで、コ……ココロも一人前になるためにが、頑張って最奥までいきたいと思います! そ、それじゃあ早速――」
「あっ」
はたと、そのK-tuber――狗房ココロと名乗った少女と目が合った。
艶々とした濡羽色のスーパーロングに橙色の瞳が印象的である彼女もまた、アラヒトガミである。
ミノルのような完全な人間ではなく、彼女には犬を連想する耳と尻尾が生えていた。
彼女は雷志の姿を黙視するや否や、ばたばたと慌ただしく駆け寄る。
「ああああ、あのあの! ももも、もしかして和泉雷志さんですか!?」
「え? あ、あぁ……」
「あ、あのあの! 前にミノルさん配信を見ました! すすす、すごいです!」
「え? あ、あぁ……そう、なのか? あ、ありが……とう?」
「ア、アタシは【ドリームライブプロダクション】所属、六期生の狗房ココロって言います!」
「そ、そうか……今、配信とやらをしてるんだろう?」
「は、はい!」
「……今からあのダンジョンに入るのか」
雷志の視線の先、ダンジョンの入り口がぽっかりと開いている。
かつて地獄門と総称されただけあって、得体の知れない不気味さをひしひしとかもし出した。
路地裏にある場所とあって、元々ここには陽光があまり差さない。
そのため大通りと比較するとひんやりとしていたが、ダンジョンの付近だけさながら真冬のようにひんやりとした空気が辺りを包んでいた。
「は、はい――って、え!? 同接数が一気に1000人にもなった!? コメントも……“らいたんキターッ!”って、す、すっごく盛り上がってる!?」
「……確かそれは“らいぶ”配信とかなんとか言うんだったな」
「あ、はい! 今からあそこのダンジョンで実況する予定でして……って更に同接数が上がった!?」
「なるほど……よし、俺もいくか」
「へぇぇ!?」
「俺もいずれは“けぇちゅうばぁ”っていうのになろうと考えていてな。だがその前には研修を積まないといけないらしい。お前の邪魔にならないようにするから、問題はないだろ」
「い、いえいえいえいえいえ! 邪魔とかそんな……! むしろ助かるというか……」
「……言っておくが、いざ何かあったとしても助けるつもりはないぞ?」
ココロに対するその返答は、一見すると冷酷無比やもしれぬ。
しかし、戦場とは常にシビアなものだ。
ほんのちょっとしたきっかけ一つでそれまでの戦況ががらりと変わってしまうことも大いにあり得る。
ましてや今日邂逅したばかりの相手を、果たして信頼に足る仲間であると言えるだろうか? 少なくとも雷志は、そうとはまるで思わない。
数多くの戦場を共にして、共に生存したならば信頼関係も自然と芽生えよう。
信頼に足る仲間でないのならば守る義務は雷志にはない。
加えて配信の主役はあくまでも、撮影者本人であって外部の人間ではない。
だからこそ雷志は、最初から頼らないようにとココロに釘を刺したのだった。
「冷たいようだが、お前は今日が初配信……言い換えれば初陣なんだろう? だったら人に守ってもらうとか、そう言った類の甘えは一切捨てろ。生きるも死ぬもすべて、お前の技量一つだ」
「え……? あ、も、もちろんです! そそそ、それじゃあリスナーさん達! こ、今回はちょっとしたハプニングがありましたけどい、いよいよダンジョンに潜入したいと思います!」
「……配神者ってのは大変なんだな」
ここにはいないリスナーのために話術で場を盛り上げ、尚且つ禍鬼を倒す。
この両方を同時にこなしてこそはじめて、真のK-tuberと言えるのだろう、と雷志は思った。
話術は得意な方だろうか、と雷志はそう自らにふと尋ねる。
――あまりそういうのは得意ではないな……。
――そもそも、どんな会話をして楽しませればいいのやら……。
――首切りの話をして、誰が喜ぶ?
――……会話は捨てるか。
顧みて己の引き出しの浅さに、雷志は自嘲気味に小さく笑った。
ココロの配信を考慮して、彼女の後について雷志はダンジョンへと身を投じる。
足を踏みいれて早々に、雷志は目前に広がる光景にハッと驚いた。
本日は平日とだけあって、町中は多くの人でわいわいと大賑わいである。
その雰囲気はさながら祭のようで、この喧騒に雷志は思わず卒倒しようになった。
自分がいた時代よりもずっと賑やかだ、と雷志は周囲を忙しなく物色した。
彼の記憶にあるものが、現代には何一つない。
建造物や人々の暮らしはもちろんのこと、匂いでさえもかつての面影はない。
浦島太郎になったような気分だ。雷志はそんなことを、ふと思った。
だが、現状を嘆いたところでなにか進展があるはずもなし。
またないもの強請りをして手に入るのであれば、誰も苦労もしないだろう。
あるがまま受け入れ、一刻でも早く適応する。自らにそう言い聞かせる彼を、道行く人々の視線はとても訝し気だ。
これについても、無理もない話だ。
今や世間は、和泉雷志について強い関心を示している。
数百年前の人間がこうして生きているのだ。彼らが興味を抱くのは至極当然と言えよう。
ましてや雷志の容姿は、男性でありながら女性のように容姿端麗である。
同性異性問わず、誰しもが彼の方を必ず視線で追っていた。
見世物じゃないんだが、と雷志はすこぶる本気で思った。
「――、ん?」
ジロジロと品定めるような視線から逃れるべく、雷志が入ったのは入り組んだ路地裏だった。
大小新旧、様々なビルが群集するコンクリートジャングルの隙間とあって日中でも関わらず薄暗い。
迷路のような複雑な道をどう進んだか、雷志はまるで憶えていない。
そうして適当に出た場所にて、一人の少女がまくし立てるように独り言を口にしているから雷志ははて、と小首をひねった。
「――、え……えっとはじめまして! 新人K-tuberの狗房ココロです! きょ、今日ははじめてダンジョンに挑もうと思います!」
「なんだ、配神者……“けぇちゅうばぁ”ってやつか」
「え、えっとですね。ここはダンジョンの中だと初心者向きということで、コ……ココロも一人前になるためにが、頑張って最奥までいきたいと思います! そ、それじゃあ早速――」
「あっ」
はたと、そのK-tuber――狗房ココロと名乗った少女と目が合った。
艶々とした濡羽色のスーパーロングに橙色の瞳が印象的である彼女もまた、アラヒトガミである。
ミノルのような完全な人間ではなく、彼女には犬を連想する耳と尻尾が生えていた。
彼女は雷志の姿を黙視するや否や、ばたばたと慌ただしく駆け寄る。
「ああああ、あのあの! ももも、もしかして和泉雷志さんですか!?」
「え? あ、あぁ……」
「あ、あのあの! 前にミノルさん配信を見ました! すすす、すごいです!」
「え? あ、あぁ……そう、なのか? あ、ありが……とう?」
「ア、アタシは【ドリームライブプロダクション】所属、六期生の狗房ココロって言います!」
「そ、そうか……今、配信とやらをしてるんだろう?」
「は、はい!」
「……今からあのダンジョンに入るのか」
雷志の視線の先、ダンジョンの入り口がぽっかりと開いている。
かつて地獄門と総称されただけあって、得体の知れない不気味さをひしひしとかもし出した。
路地裏にある場所とあって、元々ここには陽光があまり差さない。
そのため大通りと比較するとひんやりとしていたが、ダンジョンの付近だけさながら真冬のようにひんやりとした空気が辺りを包んでいた。
「は、はい――って、え!? 同接数が一気に1000人にもなった!? コメントも……“らいたんキターッ!”って、す、すっごく盛り上がってる!?」
「……確かそれは“らいぶ”配信とかなんとか言うんだったな」
「あ、はい! 今からあそこのダンジョンで実況する予定でして……って更に同接数が上がった!?」
「なるほど……よし、俺もいくか」
「へぇぇ!?」
「俺もいずれは“けぇちゅうばぁ”っていうのになろうと考えていてな。だがその前には研修を積まないといけないらしい。お前の邪魔にならないようにするから、問題はないだろ」
「い、いえいえいえいえいえ! 邪魔とかそんな……! むしろ助かるというか……」
「……言っておくが、いざ何かあったとしても助けるつもりはないぞ?」
ココロに対するその返答は、一見すると冷酷無比やもしれぬ。
しかし、戦場とは常にシビアなものだ。
ほんのちょっとしたきっかけ一つでそれまでの戦況ががらりと変わってしまうことも大いにあり得る。
ましてや今日邂逅したばかりの相手を、果たして信頼に足る仲間であると言えるだろうか? 少なくとも雷志は、そうとはまるで思わない。
数多くの戦場を共にして、共に生存したならば信頼関係も自然と芽生えよう。
信頼に足る仲間でないのならば守る義務は雷志にはない。
加えて配信の主役はあくまでも、撮影者本人であって外部の人間ではない。
だからこそ雷志は、最初から頼らないようにとココロに釘を刺したのだった。
「冷たいようだが、お前は今日が初配信……言い換えれば初陣なんだろう? だったら人に守ってもらうとか、そう言った類の甘えは一切捨てろ。生きるも死ぬもすべて、お前の技量一つだ」
「え……? あ、も、もちろんです! そそそ、それじゃあリスナーさん達! こ、今回はちょっとしたハプニングがありましたけどい、いよいよダンジョンに潜入したいと思います!」
「……配神者ってのは大変なんだな」
ここにはいないリスナーのために話術で場を盛り上げ、尚且つ禍鬼を倒す。
この両方を同時にこなしてこそはじめて、真のK-tuberと言えるのだろう、と雷志は思った。
話術は得意な方だろうか、と雷志はそう自らにふと尋ねる。
――あまりそういうのは得意ではないな……。
――そもそも、どんな会話をして楽しませればいいのやら……。
――首切りの話をして、誰が喜ぶ?
――……会話は捨てるか。
顧みて己の引き出しの浅さに、雷志は自嘲気味に小さく笑った。
ココロの配信を考慮して、彼女の後について雷志はダンジョンへと身を投じる。
足を踏みいれて早々に、雷志は目前に広がる光景にハッと驚いた。
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