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第二章:アシハラノクニ
第14話:屈辱は必ず晴らす
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自らが疲労困憊であることもすっかり忘れるぐらい、雷志の魂はかつてないほど強く高揚していた。
それを予期せぬ乱入者によって阻害された時、一気に疲労がずしりと彼の肉体に重くのしかかる。
「――、まさか町中にこんな強力な禍鬼が出るなんて……」
「お前……どうしてここに……?」
「え? そんなの決まってるじゃない! だってサクヤはカミ様だからね!」
「いや意味わからん。とにかく、俺の邪魔は――」
「雷志くん、ちょっと休んだ方がいいよ。今のままじゃ絶対にあいつに勝てないから」
「はぁ? そんなの……ッ」
「ほらね。ヒトもカミ様も休める時はちゃんと休まないと。その点、サクヤちゃんはしっかり休んでるから常に万全状態なのだ!」
「…………」
えっへん、と意気揚々に語る彼女――葛葉サクヤの登場は雷志からすればとんだ邪魔でしかなく。
されど客観的に見やれば彼女は間違いなく救世主であった。
すでに雷志の肉体は限界に達していた。
実際、軽度の目眩と強い倦怠感のせいで彼は片膝を地についた状態である。
呼吸にも乱れが生じ、瞳に宿る輝きもとても弱々しい。
雷志には早急な休息が必要であるのは、一目瞭然といえよう。
現在も気力で意識を保っているのがやっとで、あのまま禍鬼と戦っていればどうなっていたか。それはもはや語るまでもなかろう。
もっとも、雷志自身はサクヤのこの乱入をあまり快く思っていなかった。
彼にしてみればこれからと言う時に水を差されたのだ。
仮に死んだとしても、後悔の念は特に雷志にはない。
強くなるためとはいえ、数多の人を斬った。
首の数ももちろん然り。
首切り執行人などと言う職についたからにはもう人としての真っ当な道は歩めまい。
あるのはただ一つ、強さを突き詰めて現在よりも一層狂うこと。
それ以外に生きる選択肢はないのだから。
「…………」
再び訪れた静寂に、夜特有の心地良さは皆無であった。
神と禍鬼……相対する二人が沈黙を貫いてから、はて。どれぐらいの時を要しただろう。
雷志はそんなことを、ふと思う。
対峙してからというものの、どちらとも微動だにしない。
そこにもちろん意味があることは、さしもの雷志も理解はしている。
禍鬼は機をうかがっているのだ。
人間ではなく、あの怪物がこれより相手にするのは紛うことなき神である。
人間と同じようにかかれば手痛い目に遭うのはどちらか、それがわからぬほどあれも鈍くはないらしい。
一方で神であるサクヤも、さっきのあの余裕たっぷりな言動はどこへいったのか。
真剣な面持ちを保持したまま、ジッと身構えたままで攻める気配がまるでなかった。
彼女もあれが普通ではない、そう察しての判断だろう。雷志はそう思った。
時間だけがどんどんと過ぎ去っていく。
およそ五分が経過して、尚も両者の間に新たな進展はなし。
このまま朝まで続くのではないか、と一抹の不安を憶えた雷志は勢いよくかぶりをふった。
「……クソ」
どうやらもうあまり余裕がないらしい。雷志は心中にて悪態を吐いた。
視界は彼の意志とは関係なくどんどん霞む一方で、辛うじて保っていた意識も闇に沈みつつある。
もはや落ちるのは時間の問題で、その中で雷志が最後に目にしたものは遠ざかっていく禍鬼の背中だった。
つまりは、禍鬼はここであろうことか敵前逃亡を選択したのである。
これが騙すための策であったのならば、その戦法はいささか姑息でらしくないと思わなくもない。
自分達がやっているのは規則に基づいた仕合ではない。
命を賭した殺し合いの中では、規則などという概念は路傍の石も同じである。
泥臭くなろうが、姑息な手段を用いようが、それが許されるのが戦場だ。
しかし、禍鬼の血刀はとうに鞘の中にある。
凄まじい殺気も今や、すっかりと鳴りを潜めて微塵もない。
――おい、どこにいくつもりだ……?
――逃げるのか? これからだろうが。
――情けのつもりか? お前如き簡単に斬れるということなのか?
――馬鹿に、しているのか……?
「ふざ、けるなよ……!」
雷志は怒りを吐露すると共に、勢いよく立ち上がった。
いつ気力が切れて倒れてもおかしくない彼が何故、再び二本足で大地に立つことができたか。
敵手に情けをかけられた。それが彼のプライドを大いに刺激し、それによる怒りが一時的に肉体に活力を取り戻させたのである。
もっとも、これは一時的な効果でしかない。
即座に休息を要するよう雷志の肉体は終始、絶え間なく信号を全身に発信している状態だった。
これ以上の酷使は、最悪命に大きく関わりかねない。
それを察したのが雷志本人ではなく、制止したサクヤだった。
「ちょ、ストップストップ! 今戦ったら確実に死んじゃうって!」
「おい待て……まだ俺との戦いが終わってないだろうが!」
「だから駄目だってば!」
小さな体躯いっぱいを使って、これでもかと密着する彼女だが、雷志にはそれさえも意に介さない。
彼の意識は完全に、禍鬼だけを捉えていた。
その敵手も、もうどこにもいない。
生かされた、と雷志は奥歯をぎりぃっと強く噛みしめた。
それと同時に彼の意識も今度こそ、深淵の闇へと沈んでいく。
意識が途切れる直前、なにか騒がしい声が聞こえた気がした。
それを最後に雷志はそっと瞳を閉じた。
それを予期せぬ乱入者によって阻害された時、一気に疲労がずしりと彼の肉体に重くのしかかる。
「――、まさか町中にこんな強力な禍鬼が出るなんて……」
「お前……どうしてここに……?」
「え? そんなの決まってるじゃない! だってサクヤはカミ様だからね!」
「いや意味わからん。とにかく、俺の邪魔は――」
「雷志くん、ちょっと休んだ方がいいよ。今のままじゃ絶対にあいつに勝てないから」
「はぁ? そんなの……ッ」
「ほらね。ヒトもカミ様も休める時はちゃんと休まないと。その点、サクヤちゃんはしっかり休んでるから常に万全状態なのだ!」
「…………」
えっへん、と意気揚々に語る彼女――葛葉サクヤの登場は雷志からすればとんだ邪魔でしかなく。
されど客観的に見やれば彼女は間違いなく救世主であった。
すでに雷志の肉体は限界に達していた。
実際、軽度の目眩と強い倦怠感のせいで彼は片膝を地についた状態である。
呼吸にも乱れが生じ、瞳に宿る輝きもとても弱々しい。
雷志には早急な休息が必要であるのは、一目瞭然といえよう。
現在も気力で意識を保っているのがやっとで、あのまま禍鬼と戦っていればどうなっていたか。それはもはや語るまでもなかろう。
もっとも、雷志自身はサクヤのこの乱入をあまり快く思っていなかった。
彼にしてみればこれからと言う時に水を差されたのだ。
仮に死んだとしても、後悔の念は特に雷志にはない。
強くなるためとはいえ、数多の人を斬った。
首の数ももちろん然り。
首切り執行人などと言う職についたからにはもう人としての真っ当な道は歩めまい。
あるのはただ一つ、強さを突き詰めて現在よりも一層狂うこと。
それ以外に生きる選択肢はないのだから。
「…………」
再び訪れた静寂に、夜特有の心地良さは皆無であった。
神と禍鬼……相対する二人が沈黙を貫いてから、はて。どれぐらいの時を要しただろう。
雷志はそんなことを、ふと思う。
対峙してからというものの、どちらとも微動だにしない。
そこにもちろん意味があることは、さしもの雷志も理解はしている。
禍鬼は機をうかがっているのだ。
人間ではなく、あの怪物がこれより相手にするのは紛うことなき神である。
人間と同じようにかかれば手痛い目に遭うのはどちらか、それがわからぬほどあれも鈍くはないらしい。
一方で神であるサクヤも、さっきのあの余裕たっぷりな言動はどこへいったのか。
真剣な面持ちを保持したまま、ジッと身構えたままで攻める気配がまるでなかった。
彼女もあれが普通ではない、そう察しての判断だろう。雷志はそう思った。
時間だけがどんどんと過ぎ去っていく。
およそ五分が経過して、尚も両者の間に新たな進展はなし。
このまま朝まで続くのではないか、と一抹の不安を憶えた雷志は勢いよくかぶりをふった。
「……クソ」
どうやらもうあまり余裕がないらしい。雷志は心中にて悪態を吐いた。
視界は彼の意志とは関係なくどんどん霞む一方で、辛うじて保っていた意識も闇に沈みつつある。
もはや落ちるのは時間の問題で、その中で雷志が最後に目にしたものは遠ざかっていく禍鬼の背中だった。
つまりは、禍鬼はここであろうことか敵前逃亡を選択したのである。
これが騙すための策であったのならば、その戦法はいささか姑息でらしくないと思わなくもない。
自分達がやっているのは規則に基づいた仕合ではない。
命を賭した殺し合いの中では、規則などという概念は路傍の石も同じである。
泥臭くなろうが、姑息な手段を用いようが、それが許されるのが戦場だ。
しかし、禍鬼の血刀はとうに鞘の中にある。
凄まじい殺気も今や、すっかりと鳴りを潜めて微塵もない。
――おい、どこにいくつもりだ……?
――逃げるのか? これからだろうが。
――情けのつもりか? お前如き簡単に斬れるということなのか?
――馬鹿に、しているのか……?
「ふざ、けるなよ……!」
雷志は怒りを吐露すると共に、勢いよく立ち上がった。
いつ気力が切れて倒れてもおかしくない彼が何故、再び二本足で大地に立つことができたか。
敵手に情けをかけられた。それが彼のプライドを大いに刺激し、それによる怒りが一時的に肉体に活力を取り戻させたのである。
もっとも、これは一時的な効果でしかない。
即座に休息を要するよう雷志の肉体は終始、絶え間なく信号を全身に発信している状態だった。
これ以上の酷使は、最悪命に大きく関わりかねない。
それを察したのが雷志本人ではなく、制止したサクヤだった。
「ちょ、ストップストップ! 今戦ったら確実に死んじゃうって!」
「おい待て……まだ俺との戦いが終わってないだろうが!」
「だから駄目だってば!」
小さな体躯いっぱいを使って、これでもかと密着する彼女だが、雷志にはそれさえも意に介さない。
彼の意識は完全に、禍鬼だけを捉えていた。
その敵手も、もうどこにもいない。
生かされた、と雷志は奥歯をぎりぃっと強く噛みしめた。
それと同時に彼の意識も今度こそ、深淵の闇へと沈んでいく。
意識が途切れる直前、なにか騒がしい声が聞こえた気がした。
それを最後に雷志はそっと瞳を閉じた。
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