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第二章:アシハラノクニ
第12話:思考回路はショートしそうです…
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果たして、驚愕は後どのぐらい続くのだろう。
心の片隅にてそう思いながら雷志はベッドに身を投じた。
「今日は本気で疲れたな……」
いつ以来だろうか。雷志は、そう自問する。
彼がこれまでに経験した修練は、すべてが度外視に値するものばかりであった。
実家の剣術――天念理神流は田舎剣術でその知名度はほぼ皆無に等しい。
よって門下生は自然と近所の者だけで構成されて、遠路はるばる入門しにやってきた門下生はたったの3名だった。
そんな門下生も過酷極まりない修練から逃げて、最後に家を出た時はわずか10名程度しかいなかったのを雷志は昨日のことのように鮮明に記憶している。
それほどの地獄を体験してきたはずが、膨大な知識の前に成す術なく倒れている。
人生初のベッドは、とても柔らかくそれさえも驚愕するに値した。
ダンジョンうんぬんよりも先に頭がおかしくなりそうだ、と雷志は自嘲気味に小さく笑った。
不意に玄関の方で、扉の開閉音が鳴った。
おずおずとやってきた侵入者を、雷志は気怠そうに横目をやる。
はたと視線が重なると、苦笑いと共にその侵入者は小さく会釈した。
侵入者を目前にして彼の態度は不用心極まりないが、敵意内ものまで気を張る必要はまったくない。
ましてやそれが隣室の住人であれば尚更のこと。
むしろここで雷志がやるべきは、すべてにおいて先輩である彼女に敬意を払うことである。
それさえもできないぐらい、雷志はとにもかくにも疲弊しているのであった。
「――、雷志さん大丈夫ですか?」
「あぁ……ミノルか。さすがに今日はドッと疲れた」
「まぁ、そうですよね。雷志さんからすれば本当に訳もわからないことばかりですし……私だったら、気が狂っちゃいますよ」
「まるで神隠しにでもあった気分だ。本当にここは、俺が知っている日ノ本なのかってな……」
「……私達も、できる限りのサポートはさせていただきます。だからどうか、気を確かに持ってくださいね」
「……なぁミノルよ。お前は、どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」
「え?」
「だってそうだろ。いくらあの“だんじょん”で出会ったからといっても、それだけの関係だ。隣室に住んでるからって言っても、そこまで世話を焼く義務も責務もお前にはないだろ」
以前より思っていた疑問を、雷志はここで遠慮なくぶつけることにした。
二人の間柄は決して親しい友人や戦友、と呼べるほど親密なものではない。
今日出会ったばかりで、たまたま行動を共にしただけ。
命令であれば納得のしようもあるが、雷志が見た限りではサクヤよりそうした命令は彼女に与えられていない。
以上からミノルの厚意であるのは他ならず、雷志はそれが不思議で仕方がなかった。
だが、拒む道理もないしむしろ知っている相手とだけあって、彼にとってもまだ対応しやすいという利点もある。
「それは、その……なんとなく、放っておけないって思っちゃって」
「……なんとなく、か」
「あの、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、まさか。その逆でとても助かってる。お前がいなかったらって思うと、ちょっとゾッとするな」
「それに、私は雷志さんに一本負けてますからね。その雪辱を晴らして預けた呪物をもらうっていう大事な約束もそましたから」
「……そう言えばそうだったな。まぁいつでもまた相手してやるよ」
「はい! 遠慮なくぶつからせてもらいます!」
「――、しかし、やることが多すぎていい加減頭が痛くなってきたぞ……」
雷志はもとより、あまり勉学が好きな方ではない。
できないのではなくて、あくまでも勉学が嫌いというだけであり、実際の彼はかなりできる側に部類される。
大人になってからも彼の勉学嫌いが解消されることはなく、むしろ逆に拍車がかたったと言っても過言ではなかった。
山田浅右衛門というステータスのせいで、周囲からは恨み疎まれてきた雷志も、これだけに関しては数多くの支持を集めていた。
もちろん、その支持者はみな等しく幼子ばかりであるが。
――もう、勉学に勤しむ必要はないと思っていたのに……。
――まさかこの歳になって、また勉学に勤しむことになるなんてなぁ……。
――それに、なんなんだこの南蛮語の多さは。
――これを日常的に使っているのか? 今の時代のやつらは。
――どうやったらそんないくつもの単語を憶えられるんだよ……。
歴史一つにしても、必ずといっていいほど横文字が文章の中に用いられる。
雷志がもっとも苦戦を強いられる要因は、この横文字にあった。
日常的に用いれるようになるまでは、まだまだかなりの時間を要するのは明白だ。
果たしてこれらを完璧に使いこなすまでに生きていられるだろうか、と雷志はうんうんと唸った。
まずは現代の知識をしっかりと修得しマスターすること。
それがアシハラノクニを統べる帝こと、サクヤからの命令であると同時に彼がダンジョンへ挑むための条件でもあった。
「まったく……どうして勉学なんていう面倒な条件を押し付けてきたんだよ、あの狐娘な神様は」
「あはは……でも、こればかりは仕方ないと思いますよ? 仮にダンジョンへ挑まないにせよ、日常生活を送っていく中でも知識は必要不可欠ですから」
「それは言われなくたってわかる。しかしだな、もうやらなくていいと思った勉強を再びやれってなると、これがなかなか萎えるぞ?」
「う、う~ん……ま、まぁ私も勉強は嫌いだからその気持ちはよくわかりますよ」
「はぁ……誰だよこんなに南蛮語を持ってきた奴は。元山田浅右衛門として首切ってもいいか?」
「それは絶対に駄目ですからね!?」
「冗談に決まってるだろ……」
「全然冗談に聞こえなかったんですけど……って、そろそろ配信しないと! それじゃあ雷志さん、おやすみなさい!」
「あぁ、またなミノル。お前もちゃんと身体を休めろよ」
パタパタと慌ただしく出ていくミノルの背を見送って、雷志はのそりとベッドから起きた。疲労によって身体はさながら、鉛のようにずしりと重たい。
瞳を閉じれば、そのまま意識は深淵の闇へと落ちよう。
にも関わらず雷志があえて起きることを選択したのは――なんとなく、と。
実に曖昧すぎる理由によるものだった。
早く寝てしまえばよいものを、雷志はのそのそと部屋を後にする。
重い足取りで彼が赴いたそこは、このマンションの屋上だった。
心の片隅にてそう思いながら雷志はベッドに身を投じた。
「今日は本気で疲れたな……」
いつ以来だろうか。雷志は、そう自問する。
彼がこれまでに経験した修練は、すべてが度外視に値するものばかりであった。
実家の剣術――天念理神流は田舎剣術でその知名度はほぼ皆無に等しい。
よって門下生は自然と近所の者だけで構成されて、遠路はるばる入門しにやってきた門下生はたったの3名だった。
そんな門下生も過酷極まりない修練から逃げて、最後に家を出た時はわずか10名程度しかいなかったのを雷志は昨日のことのように鮮明に記憶している。
それほどの地獄を体験してきたはずが、膨大な知識の前に成す術なく倒れている。
人生初のベッドは、とても柔らかくそれさえも驚愕するに値した。
ダンジョンうんぬんよりも先に頭がおかしくなりそうだ、と雷志は自嘲気味に小さく笑った。
不意に玄関の方で、扉の開閉音が鳴った。
おずおずとやってきた侵入者を、雷志は気怠そうに横目をやる。
はたと視線が重なると、苦笑いと共にその侵入者は小さく会釈した。
侵入者を目前にして彼の態度は不用心極まりないが、敵意内ものまで気を張る必要はまったくない。
ましてやそれが隣室の住人であれば尚更のこと。
むしろここで雷志がやるべきは、すべてにおいて先輩である彼女に敬意を払うことである。
それさえもできないぐらい、雷志はとにもかくにも疲弊しているのであった。
「――、雷志さん大丈夫ですか?」
「あぁ……ミノルか。さすがに今日はドッと疲れた」
「まぁ、そうですよね。雷志さんからすれば本当に訳もわからないことばかりですし……私だったら、気が狂っちゃいますよ」
「まるで神隠しにでもあった気分だ。本当にここは、俺が知っている日ノ本なのかってな……」
「……私達も、できる限りのサポートはさせていただきます。だからどうか、気を確かに持ってくださいね」
「……なぁミノルよ。お前は、どうして俺にそこまでしてくれるんだ?」
「え?」
「だってそうだろ。いくらあの“だんじょん”で出会ったからといっても、それだけの関係だ。隣室に住んでるからって言っても、そこまで世話を焼く義務も責務もお前にはないだろ」
以前より思っていた疑問を、雷志はここで遠慮なくぶつけることにした。
二人の間柄は決して親しい友人や戦友、と呼べるほど親密なものではない。
今日出会ったばかりで、たまたま行動を共にしただけ。
命令であれば納得のしようもあるが、雷志が見た限りではサクヤよりそうした命令は彼女に与えられていない。
以上からミノルの厚意であるのは他ならず、雷志はそれが不思議で仕方がなかった。
だが、拒む道理もないしむしろ知っている相手とだけあって、彼にとってもまだ対応しやすいという利点もある。
「それは、その……なんとなく、放っておけないって思っちゃって」
「……なんとなく、か」
「あの、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、まさか。その逆でとても助かってる。お前がいなかったらって思うと、ちょっとゾッとするな」
「それに、私は雷志さんに一本負けてますからね。その雪辱を晴らして預けた呪物をもらうっていう大事な約束もそましたから」
「……そう言えばそうだったな。まぁいつでもまた相手してやるよ」
「はい! 遠慮なくぶつからせてもらいます!」
「――、しかし、やることが多すぎていい加減頭が痛くなってきたぞ……」
雷志はもとより、あまり勉学が好きな方ではない。
できないのではなくて、あくまでも勉学が嫌いというだけであり、実際の彼はかなりできる側に部類される。
大人になってからも彼の勉学嫌いが解消されることはなく、むしろ逆に拍車がかたったと言っても過言ではなかった。
山田浅右衛門というステータスのせいで、周囲からは恨み疎まれてきた雷志も、これだけに関しては数多くの支持を集めていた。
もちろん、その支持者はみな等しく幼子ばかりであるが。
――もう、勉学に勤しむ必要はないと思っていたのに……。
――まさかこの歳になって、また勉学に勤しむことになるなんてなぁ……。
――それに、なんなんだこの南蛮語の多さは。
――これを日常的に使っているのか? 今の時代のやつらは。
――どうやったらそんないくつもの単語を憶えられるんだよ……。
歴史一つにしても、必ずといっていいほど横文字が文章の中に用いられる。
雷志がもっとも苦戦を強いられる要因は、この横文字にあった。
日常的に用いれるようになるまでは、まだまだかなりの時間を要するのは明白だ。
果たしてこれらを完璧に使いこなすまでに生きていられるだろうか、と雷志はうんうんと唸った。
まずは現代の知識をしっかりと修得しマスターすること。
それがアシハラノクニを統べる帝こと、サクヤからの命令であると同時に彼がダンジョンへ挑むための条件でもあった。
「まったく……どうして勉学なんていう面倒な条件を押し付けてきたんだよ、あの狐娘な神様は」
「あはは……でも、こればかりは仕方ないと思いますよ? 仮にダンジョンへ挑まないにせよ、日常生活を送っていく中でも知識は必要不可欠ですから」
「それは言われなくたってわかる。しかしだな、もうやらなくていいと思った勉強を再びやれってなると、これがなかなか萎えるぞ?」
「う、う~ん……ま、まぁ私も勉強は嫌いだからその気持ちはよくわかりますよ」
「はぁ……誰だよこんなに南蛮語を持ってきた奴は。元山田浅右衛門として首切ってもいいか?」
「それは絶対に駄目ですからね!?」
「冗談に決まってるだろ……」
「全然冗談に聞こえなかったんですけど……って、そろそろ配信しないと! それじゃあ雷志さん、おやすみなさい!」
「あぁ、またなミノル。お前もちゃんと身体を休めろよ」
パタパタと慌ただしく出ていくミノルの背を見送って、雷志はのそりとベッドから起きた。疲労によって身体はさながら、鉛のようにずしりと重たい。
瞳を閉じれば、そのまま意識は深淵の闇へと落ちよう。
にも関わらず雷志があえて起きることを選択したのは――なんとなく、と。
実に曖昧すぎる理由によるものだった。
早く寝てしまえばよいものを、雷志はのそのそと部屋を後にする。
重い足取りで彼が赴いたそこは、このマンションの屋上だった。
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