お年頃な刀剣(しょうじょ)たちに鞘の中は狭すぎる~異世界転生したカモ、かつての宿敵が持ってた刀たちからのすさまじい執着に今日も頭がイタいです

結紡弥 カタリ

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第1話:鬼を斬るカモ

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 男がまず、最初に抱いた感情は驚愕だった。

「ここは、どこだ?」

 と、そうもそりと呟いて周囲をきょろきょろと忙しなく見回す。
 気が付けば、見知らぬ原っぱに大の字になって寝転がっていた。
 家の中であればいざ知らず、外で眠りこけるほど愚かではない。
 だが、実際に男は広大な平原にて横たわっている。これは紛れもない事実であった。

「なんで俺はこんなところに……」

 と、男はそこではたと己を見やった。

 着物の胸元がぱっくりと裂けている。
 明らかに刀傷で、切断面はひどく恐ろしく滑らかである。
 そこで男は、ふと鮮明に蘇る記憶にあぁ、と声をもらした。

(そういえば、俺は斬られたんだったな……)

 と、男は納得した面持ちでそっと切り口を撫でた。

 男は俗に言う、お尋ね者であった。
 数多くの武芸者を、彼はその手で葬ってきた。
 別段、快楽殺人者というわけではない。
 人を斬ることが楽しい、などというのは人斬りの思想である。
 男が剣を振るう理由は、すべては己が最強という頂点に立つための他ならない。
 自他共に、剣に対してこれほど純粋で真っすぐな男は早々にいないだろう。
 強くなりたいがために、とにもかくにもがむしゃらに剣を振るう。
 男の人生を一言で語るならば、それだけで十分に事足りよう。

「その結果が、お尋ね者になってバッサリと斬られるとはなぁ……まぁ当然の報いっちゃあ報いか」

 男はあまりにも人を斬りすぎた。
 そのため、とうとう目を付けられてしまった次第である。
 流浪の処刑人、などという大層な肩書は結果としてより多くの犠牲者を生んだ。
 とは言え、これに関して言えば男に非はほとんどない。
 賞金目当てにやってきたゴロツキや武芸者がその対象であり、一般人を凶牙にかけたことは一度としてない。
 いずれにせよ、当然の報いを受けたわけだから斬られたとしても無理はない。
 男も、これについては特に何の異論はなかった。

(斬られたのは、俺がそこまでの男だったってわけだしなぁ……)

 と、自身のことに対してもどこか他人事のように思った。

「――、ってそれよりもここは本当にどこなんだ? 俺は斬られたわけだから、ここがもしかして天国って場所か?」

 男はそう言うと、ふんと自嘲気味に鼻で一笑に伏した。
 天国という場所が本当にあるかどうか、それを知る術は男にはない。
 しかし、こうして男は生きている。それは紛れもない事実であった。

「――、とりあえず。脈はしっかりと打ってるわけだし、俺はなんの因果かこうして生きてる。だったら、とりあえずまずはどういう状況か把握しておかなきゃな」

 と、男は目の前に続く道を歩いた。

 いうまでもなく、男はこの道がどこへ続いているのか皆目見当もつかない。
 だからと言って、ジッと待っていても道先案内人が現れる兆しもなし。
 いうまでもなく、男はこの道がどこに続いているかなどまるで知らない。
 ただそこに、道がまっすぐとあるから歩いている。
 理由とすれば、たったそれだけにすぎず。
 第三者には彼の行動はあまりにも軽率である、とこう映るかもしれない。
 男の足取りに迷いは微塵もなかった。
 むしろ力強いその足取りは、自信に満ち足りてると言っても過言ではない。

(なんとなく、こっちに言った方が面白いような気がするんだよなぁ……)

 と、男は思った。

 余談ではあるが、明確な根拠は一切ない。
 早い話が、これは彼の勘による判断だった。
 しばらく歩いていると、見知らぬ町に出た。
 一見すると、彼が住んでいた町となんら変わらない。
 ただし、それは見た目だけであると知ったのはすぐのことだった。

「な、なんだこれは……!?」

 男はぎょっと、その目を丸くした。

 彼の記憶にある光景と、目の前に広がるそれはまったくの別物であった。
 活気ある街並みはさながら祭のようでとてもわいわいと賑わっている。
 その源である住人だが、恰好はおろか種族さえもひどくバラバラだった。

(あれは……なんだ? 妖怪の類なのか? どうして人間に獣耳が生えてやがる?)

 と、男はひどく困惑した。

 ありえない状況に彼が狼狽するのも無理はなく、しかし誰一人としてそんな彼に目もくれない。

「あの、なんだか顔色が悪いようですけど大丈夫ですか?」

 まるで姿が見えていない、というわけではないらしい。
 男はひとまずホッと安堵の息をもらした。
 安堵したのも、束の間のこと。
 突然、絹を裂いたような悲鳴がわっと上がった。
 逃げ惑う人々の後ろには、化け物がいた。
 巨大な牛のような怪物だった。
 もっとも、普通の牛であれば人間の身体はしていない。
 半人半牛……正しく、怪物と呼ぶに相応しい造形だと断言できよう。

「な、なんだあの化け物は……!?」
「おいアンタ、そんなところに突っ立ってないで早く逃げないと殺されるぞ!」
「お母さんどこー!?」
「……俺もまぁ、それなりにいろんな奴とは剣を交えてきたけど、まさかモノノケの類が出るとは思わなかったぞ」

 地獄絵図と呼ぶに相応しい状況下で、男はにしゃりと不敵に笑った。
 そしてすぐに腰の愛刀をすらり、と静かに抜き放つ。
 あろうころか、彼は今からあの恐ろしい化け物に戦いを挑もうとしている。
 傍から見やれば、男がしようとしているのは単なる自殺行為にすぎない。
 事実、果敢にも立ち向かった屈強な男達が呆気なく吹っ飛ばされている。

(モノノケとやれる……これほど心湧き上がるものはないだろう)

 と、男は静かに正眼に構えた。

 モノノケがけたたましい咆哮と共に地をどかっと蹴った。
 たった一歩、蹴っただけで地面が爆ぜ大量の砂煙がわっと空に舞う。
 両者との間にあった距離はおよそ三間約5.4m前後
 長くもなく、されど短すぎでもない。
 この距離をモノノケはたった一歩で己の間合いへと入ったのだ。

(なんつー人間離れした脚力してやがんだこいつは!?)

 と、男は不敵な笑みのままその場からまるで動こうとしない。

 決して、彼がモノノケ相手に臆したからではない。
 むしろ逆に、男の魂は過去最高に高揚していた。
 もちろん、その事実をモノノケが知るはずもなし。

「あ、危ない!」

 と、誰かがそう叫んだ。

 それとほぼ同時に、モノノケの大きく振りあげられた拳が、一気に打ち落とされる。
 地面に大きなくぼみをいとも簡単に作ってしまうほどの、強烈な一撃である。
 人体が受けようものならば、まず跡形もなく粉々になっていよう。

「……あっぶね。でも、この程度の気迫なら示現流で味わってる」

 男は、今度は自身が振りかざした太刀をモノノケの頭上目掛け落とした。
 びゅん、と鋭い風切音が鳴った。立て続けに斬――骨と筋肉を断つ音が奏でられる。
 その音色は不快感極まりない。
 ことりと落ちた首に、男は深い溜息をもらす。

(モノノケっていうのは、この程度の実力なのか……?)

 と、男は静かに納刀した。

 物言わなくなった死体を見やる彼の顔は、心底不満げだ。
 モノノケなのだから、もっと苦戦するものとばかり思っていた。
 しかし、いざ死合が始まってみれば呆気ない幕引きである。
 最強を目指すべく強者との死合を望む男にすれば、あまりにも物足りない。

「はぁ……せっかく楽しめると思ったんだけどなぁ」
「あ、あんためっちゃ強いんだな!」
「今の太刀筋、俺達には全然見えなかったぜ!」
「あ、あの……ありがとうございました!」

 町の住人らが一斉に、男の下へと駆け寄った。
 そして次から次に、絶え間ない感謝の言葉が送られる。
 中には「つまならないものですが」、と物品に差し入れをする者まで。

 一方で男は――

「あ、あぁ……まぁ気にしないでくれ」

 と、ぎこちない笑みと共にそう返答した。

 こんなにも感謝された経験が、男にはこれっぽっちもない。
 結果的にそうなったことは少なからずあれど、いずれにせよ善意によるものではなかった。

(別に俺は感謝されたくてモノノケを切ったわけじゃないんだがなぁ……)

 と、男はすこぶる本気でそう思った。

(いや、それよりもだ)

 と、男は改めて周囲を見やった。

 住人の中に、真に人と呼べる者がわずかばかりに少ない。
 一応、人間と同じ身体構造こそしてはいるものの、不必要な部分を持つ者の方が多い。
 獣のような耳や尻尾がぴょこっと生えているのが、なんともかわいらしい。男はそう思った。
 これが異常事態であるのは間違いないのだが、男はそこに魅力を感じてもいた。

(人に獣耳……か。うん、異様だが悪くないな……)

 と、男は内心でにやりと口元を緩めた。

「はいはいどいたどいたー!」
「ここに【禍鬼まがつき】がいるとの報告が入った! 市民はすぐに避難するように!」
「我ら新撰組がきたからにはもう安心だってね!」
「し、新撰組だと……!?」

 全身の肌がぞくりと粟立った。
 同時に、一つの記憶が男の脳裏で強烈に蘇る。
 なにせ、彼を切ったのは他の誰でもない。壬生狼……新撰組であるのだから。

(沖田のやつ……本当に強かったからなぁ。ここであったのも何かの縁か?)

 と、男はそう思った。

 しかし彼の足はくるりと踵を返している。
 今ここで、新撰組と刃を交えるのは得策ではない。
 そう判断した上で男は逃走を図ったのである。

 しかし――

「新撰組さん! 【禍鬼まがつき】ならこの兄ちゃんがやっつけてくれたよ!」
「そうよ! すっごく強かったんだから!」
「ちょ、ちょっとどいてくれないか……?」

 逃げようにも、野次馬たちがやいのやいのと騒いで男の行く手を遮った。
 余計なことをしてくれるものだ、と男は忌々しそうに野次馬らをぎろりと睨む。
 とは言え、彼らがそれに怯える様子もなし。
 とにもかくにも、窮地を救った男を大変称賛していた。

「まさか……男であるお前が【禍鬼まがつき】を祓ったというのか!?」
「うわぁ、すっごい人がいるもんですねぇ」
「え~本当にぃ? というか我に対して嘘吐いてないよね?」
「……え?」

 男はぎょっと目を丸くした。
 新撰組の局長は、名を近藤イサミという。
 天然理心流てんねんりしんりゅうの使い手であり、その実力は本物である。
 不意打ちであろうとなかろうと、この男と対峙して生きた者は一人として存在しない。
 そう巷ではもっぱらの評判で、志士達はひどく恐れている。
 あくまでもこれは、男の記憶にある近藤イサミであって――決して彼は女性ではない。

(なんで、近藤の奴が女になってやがるんだ!?)

 と、男はひどく狼狽した。
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