八尺様

ユキリス

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刑事

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「あのー‥。真島刑事、本当に来る必要ってあったんですかね」

 と、新人の若造がまた愚痴をこぼす。

 もう何度目かの問い掛けに対し、真島と呼ばれた男は辟易とした調子で返した。

「今更うだうだ言ってんじゃねぇよ。実際証言からは不自然な所しかねぇんだからよ」

 そう言い切って見せる真島は、予め己が知り及んでいる得た内容を脳裏で精査した。

 巡らせた思考は自ずと眼前の光景へと移る。

 件の自殺した夫婦の葬式に参列している最中の真島は、後輩の山田と共に、老夫婦の宅へと訪れている。

 遠路はるばるこの田舎の地へとわざわざ赴いたのにはそれなりに理由は当然ながら存在した。

 というのも、今回自殺した男女の周囲へと聞き込みをした結果、なんら問題のある夫婦では無かったとの事なのだ。

 それに、精神科への通院歴などもなく、二人の関係は良好と称して差し支えない。

 寧ろ周囲が呆れてしまう程に熱烈な仲だったのだとか。

 だからこそ自死を選ぶなどあまりに不自然で、周りも心底から驚愕したらしい。

 故に真島は其処に違和感を覚え、独自で調査するべくしてこの場へと後輩と居合わせているという塩梅である。

 少なからず捻じ曲げられている事実があればこそ、道連れに後輩を巻き込み、葬式へと参列しているという訳だ。

 やはり村には外部からの接触を好まない者も居たが、けれど公的機関に逆らうだけの気概は無い様だった。

 とはいえ真島は己の勘が完全に正しいとは当然思わない、しかしこれまでの人生においてこの第六感とも評すべきだろう感覚に助けられてきたのもまた事実である。

 その為己に備わるこの嗅覚に従い、元来堅苦しいのを厭う彼が喪服を身に纏うのを許容してまで、同所へとやって来ていた。

「では、刑事さんもお線香あげてやって頂けませんか」

 と、思考の海へと沈んでいた真島へと語り掛ける声がある。

 どうやら深みにはまりこんでいた様で、没頭し過ぎていたらしい。

 声の出所は改めて確認するまでもなく、件の自殺した夫婦の両親だ。

 年齢にしては妙にかくしゃくとした老婆と老人であり、その振る舞いは毅然としているものの、物腰は酷く穏やかだ。

 自分達の息子が死んだとて、その重ねた年の功故の落ち着きだとでもいうのだろうか。

 否、恐らくは既に悲しみ抜き、果てに需要出来るまでの段階へと漸く至ったという具合に違いない。

 真島はそういう悲嘆に暮れて、ある日からそれを受け入れ始めた者等を幾度となく見てきたし、人間は前に進まなくてはならない生き物だ。

 いつまでも嘆いていてはこれからの人生を自ら棒に振ってしまうだろう。

 それの善し悪しはどうあれ、真島個人は非常に前向きな男で、その様な生き様で己が人生を謳歌してきた人種だ。

 その経験は彼の行動力を大変アクティブにさせると共に、刑事としての勘を研ぎ澄ませる要因ともなっている。

 だからこうして誰かも知らない他人の葬式に何食わぬ顔で参列し、演技として嘆き悲しむのも容易い。

 それはベテラン、つまりはプロフェッショナルとしては当然の振る舞いに他ならない。

 要するに一流の刑事としての技術を彼は備えていたのであった。

 そんな彼は己が後輩と共に線香をあげてから、次いで丁度傍らに佇む少年を横目に見た。

「確か、翔太君だったかな?こんにちは」

 そして、粗暴に見える風体とは異なり至極柔らかな物腰で真島は翔太に挨拶した。

「‥はい」

 しかしながら、俯きがちに声色も覇気がなく受け答える翔太は、心ここに在らずといった素振りで側から見ても意気消沈しているのが窺える。

 その姿は、正に悲劇の少年といった塩梅で、それもそのはず、実の両親が亡くなったのだから当然だろう。

 だが同時に、側に居る真島には、この少年が酷い怯えを抱いているのが、その鋭敏な感覚から察知出来た。

 それ故に真島は翔太には何かあると踏んだ己の勘に対して、今ここに確信を覚えた。

 やはり件の自殺した若い夫婦とこの少年の間には、本来の家族関係の他、通常とは異なる何かがあるに相違ないのだ。

 そう真島は考えてから、必要最低限の気遣いのある表情を面に貼り付けて翔太へと再び声を与えた。

「すまん。少しお話を聞いても良いかな」

「え、あ、はい。わかりました」

 そうやり取りを交わして後に、ある程度世間話をしてから本題を切り出した。

 質問の内容は当然ながら少年自身の両親の事についてだ。

 関係は本当に証言通り良好であったかなど、手始めは当たり障りのない事から。

 次第に確信へと踏み込むべくして、込み入った領域を聞く。

「翔太君がここに来る前、何か御両親に変わった様子は無かったかな?」

 極めて丁寧に、そして側から見ても優しげな微笑を浮かべて真島は語り掛けるのだ。

 この処世術は平成の時代に身に付けて以来、令和になっても重宝させてもらっていた。

 昭和のやり口は最早時代遅れであり、中年である真島もそれは身に染みて理解しているが故に、取れる振る舞いに他ならない。

 ただ、それでも翔太の反応は芳しく無く、明らかに不自然な様子が顕著に目立つ。

 鮮明に動揺を露わとして、焦点が合わずに揺れる瞳がその証左である。

 所なさげな素振りが見える翔太の姿は、真島の長年培ってきた嗅覚へと欺瞞の匂いをもたらした。

「なるほど。特に変わった事は無かったと‥」

 側に佇む後輩の刑事である山田が手帳へとメモを走らせる。

 それを横目に真島は翔太の表情を見据えた。

 そして訝しげな内心を隠しながら、面には自然な笑みを貼り付ける。

 昨今では少年法が適用されるからと言って、未成年の犯罪も増えているのもまた事実。

 それも残酷な手法を平気で取る輩も、未だ幼い子供にいるのだから、今眼前に居る少年もその例外では無いやもしれない。

 何せ疑うのが刑事の本業である為、真島は翔太の一挙手一投足から視線を離さない。

 眼差しを釘付けとして、その仕草から感情を読む。

 ただ、それから読み取れるのは明らかな怯えのみであり、犯罪者特有の罪悪感の様な感情が窺え無い。

 往々にして容疑者というのは余程のサイコパスでもない限りは、少なからず自らの潔白を装うには躊躇いが伴う筈なのだ。

 例え自らの内心をひた隠しにしたといえど、いざ刑事を前としたら、怖気付くのが人の性に他ならない。

 人間の本質など得てしてそんなものだ。

 にも関わらず、眼前の少年は確かに怯えて入るものの、厳密に言えばその対象は刑事である自分達では無い様に感じられた。

 もっと別の、違う相手に対して翔太は警戒心を抱いている。

 その様な感慨を、真島は己が観察眼に基づき得た。

「そうか。ありがとう。参考になった」

 そして次の瞬間に真島は己の懐から菓子を取り出して、それを翔太へと差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 手渡された飴玉を、おずおずとした調子で受け取った翔太は、それをその場で封を解き、そして口へと含む。

 其処で真島は目の前の相手が容疑者ではないとの予想を立てるまで至る。

 この様な振る舞いを己の前で平然と出来るのは、あまりの大馬鹿か、或いは曲者、そして純粋に罪の意識が無い者に分類される。

 その為、真島は眼前の少年を容疑者として疑うには値しないと一応の結論をつけた。

 だが、であれば最初に付けていた目星は自ずと外れた事となり、必然的に夫婦の自殺は闇へと葬られる流れに。

 真島は熟考する。

 一体何故あの夫婦が自死を選んだのか。

 周囲から見ても大変仲が良く円満な家庭を築いていたそうでは無いか。

 側から見ても何ら問題が無い二人であった様であるから、不自然な点がより一層目立つ。

 更には、遺書なども残されてなく、身辺の整理すらされていないとくれば、やはりこれには違和感がつきまとう。

 これに加え、旅行の予定なども入れていたことから、果たして本当にあの夫婦等が自ら自死を選んだのかがますますわからなくなる。

 何者かに唆されたと言われた方が遥かに納得が出来るというものだ。

 或いは他殺の線である可能性が、真島の中では高いのであった。
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