八尺様

ユキリス

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邂逅

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 鬱蒼とした森が視界を塞いで、燦々とした陽の光は肌を刺すかの様だった。

 時分は夏場とあって猛暑が極まり、留めない汗が溢れた。

 延々と終わらない蝉の鳴き声が、漸く木々に阻まれた道を抜けると同時に響いては聞こえた。

 辺りには店一つ無く、あるのは民家だけだった。

 水田は太陽の元に照らされて、眩しい程の輝きを示している。

 其処に立つ顔の無い案山子は、その指を真正面に向けて、その姿は何者かの侵入を阻むかの如く見えた。

「あつい‥」

 その光景を目の当たりとして、少年は鬱陶しげに汗に濡れて額にベッタリと張り付く前髪を掻き上げた。

 緩慢な動作で彼は青空を仰ぐとやはり曇る様子は皆無であり、正に快晴と評して差し支え無い天気だった。

 加えて、前方へと広がる、ロクに整備されていない田圃道は、僅かながらに湿り気を帯びていて、足を踏み込めば汚れてしまうのも避けられないだろう。

 しかしながらそんな少年が目指す目的地までの道のりはそれ程遠くも無いらしく、彼は早足で歩を進ませた。

 そうして続く畦道を抜けて、足場の悪い獣道へと入る。

 近道をするつもりの彼は、自らの脚力に任せて傾斜の酷い坂道を超えた。

 そうすると入り組んだ十字路に出て、山の丁度麓付近に所在している民家の敷地へと踵を向けた。

 恐らくは外観相応に年月を経た建物なのだろう。

 その民家は、大変時代錯誤と評して過言では無い程の造りをしていた。

 縁側を表に構え、表札の真横にはチャイムを鳴らす為のボタンすら取り付けられていない玄関が其処にはある。

 だが少年は特段それに対して意に解する様子も無く、その民家の扉を開いた。


「おばーちゃーん!きたよ~!」

「おぉ、翔太かい。ようこんなど田舎まで来なさったねぇ~。おやつ用意してあるから上がってたべんさい」

 と、そんな少年の呼び掛けに応じて、すぐさま声が与えられた。

「うんっ」

 すると翔太と自らの名を呼ばれた少年は、先程の日光に辟易としていた様子からは心機一転、見違える程に溌剌とした返事をした。

 言われた通りに木造建築により誂えられた廊下を進み、翔太は畳の敷かれているお茶の間へと出た。

 そして其処の卓上に置かれている蜜柑と、均等に切られている西瓜を眼下に納めては、即座に予め用意されていた座布団へと座る。

「ん」

 流れる様な動作でみずみずしいしい西瓜を手に取ると、次の瞬間には果肉へと齧り付いた。

 シャクリと爽快な音を立てて、夢中で翔太は貪り始めた。

「よう来たの翔太。東京はどうだ?楽しくやってるかい?」

 するとどうやら先程翔太に返事をした声の主と思しき人物が、お茶の間へと姿を現した。


「うーん‥。みんなやっぱり僕が気に入らないみたい。お婆ちゃんみたいにはいかないや」

「ほほ。そうかそうか。確かに翔太はここのうまれじゃけん。もしかすれば都会の者達とは少しばかり馴染みにくいかもしれんの」

 翔太にそう語るのは、顔に皺が幾重にも刻まれた女性だ。

 彼女は柔和な笑みを浮かべて翔太の言葉に鷹揚にも一つ頷いて見せた。

「あれ?お爺ちゃんは?」

「爺様は相変わらず畑よ。まぁでもじきに帰ってくるさね」

 次いで翔太の訪ねた疑問にやはり年配の女は和かな表情を示す。

「けんど、もし今すぐ会いたいんなら、一応これ持ってお行き」

「なぁに?」

 やり取りの後、女性は懐から色褪せた御守りを取り出して翔太に握らせた。

 渡されたそれを手に後者は疑問を呈した。

「これを爺様に届けて欲しいのよ」

「ふ~ん。わかった」

 だが、返された言葉は回答では無く、その声色も何処か曖昧に物事を濁す様。

 そして続けられるのは忠告染みた物言い。

「翔太、道中には気をつけるんだよ」

「うん。わかってるって!それじゃあ行ってくるね!」

 今し方にこの場へと訪れたばかりであるのにそそっかしい翔太は、背後に気遣いを受けて既に走り出していた。

 再び廊下を通り、玄関を横開きに開け放つ。

 けれども律儀に後ろ手に締めてから、目的地へと向かった。

 やはり行く道は何処もかしこも見渡す限り田圃道が続き特段目新しい物も無い。

 それが翔太には嬉しかった。

 都会からこの田舎へと休暇を過ごしに故郷に訪れた彼の目には、同所の光景は大変心躍る地として映る。

 暫く足が疲れるまで景色を後ろに流し、青空を上空に見ながら駆けた。

 少なく無い坂を登り、そしてもう直ぐで例の畑に辿り着くという塩梅で翔太は見た。

 その出来事はあまりに唐突で、彼自身すぐには違和感に気付けなかった。

 だが少しばかり入り組んだ十字路を通るべくして、その手狭い畦道を進めば自ずと見上げる他にない。

 仰ぎ見た視線の先には、驚愕に値する光景がある。

 やけに蝉の音が大きい。

 つんざく様に鼓膜へと襲いくる。

 次第にその鳴き声は脳裏で反響するかの如く届けられて、其処で突然異音がした。

 辺り一体へと依然として存在している蝉の声を掻き消すそれは、まるで直接翔太の脳へと入り込むかの様。

 女性の声だろうそれは、彼の足を止めさせるには充分だった。

 そして何より、今彼が見上げている自身の頭上より何倍も高い恐らくは女性だろう者の存在は、この場へと圧倒的なまでの違和感を与えていた。



「あ‥う‥」

 翔太は咄嗟に後退る。

 その姿には先程の快活とした様子は無く、今は只々恐怖している素振りが其処にはあった。

 だが、彼の動きに応じて眼前の女もまた、一歩距離を詰めてきた。

 その際に、膝よりも下、地面へと擦れてしまう程に長い丈のある白色のワンピースから覗いた足は、思わず息を呑む程に、最早病的なまでに色白い。

 まるで病人の様な、その身体が視界に入り、翔太は目に映る情報にますます混乱を極めた。

 しかしながら、それにも増して、一番に異常なのは女の身長だった。

 今自身の目の前に静かに佇む女性の身の丈は、あり得ない程に巨大であり、高かった。

 恐らくは民家と同程度はあるだろう。

 凡そ常人のそれと比較してまともな相手とは、翔太には思えなかった。

 少なくとも彼の人生において、未だ眼前を阻む女の様に大きな生き物は見た事が無かった。

 けれど、そうして動揺を露わとする翔太を他所にして、女は動き出す。

 するともう、目と鼻の先に女の身体はあった。

 柔らかそうな薄い生地の、ワンピースに包まれた、その肉体は至極豊満だ。

 先程から己が頭上を見上げている翔太の目には、女の巨大な乳房が納められている。

 どうやら女は帽子を被っているらしく、顔に翳りが差して瞳は見えないが、鮮やかな紅の唇はテラテラと妖しい光を帯びていた。

 そんな女を目の当たりとして硬直していた翔太だが、漸く何事かに思い至る様に声を挙げた。

「あ」

 そして視線を地面へと落として自らの身体を確認した。

 明らかに今眼前に佇む女はおかしかった。

 人間ではないという認識では無く、何処か子供ながらに彼は女の存在を違和感として感じていた。

 巨大な物への恐怖と共に、根底から次第に湧き上がる、じわじわとした焦燥にも似た何かに翔太は怯えていた。

 それは両親や教師などから叱られた際に得た感覚では無い。

 それとはかけ離れた、怖気が走る様な、込み上げてくる焦り。

 自身の眼前へと広がる光景への強烈なまでの違和感は、しかし彼を正気へと至らせるには充分な程の嫌悪を与えていた。

「う、うわあああああああああああああああッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 途端、なりふり構わずにすぐさま叫び声を挙げて踵を返す。

 後先を考慮するなど到底出来ずに、全力でもときた道を翔太は走り抜ける。

 背後を振り返ってはいけない。

 彼はそう感じた。

 振り向けばもう‥。

 だから彼は転倒しても尚、それでも恐怖に突き動かされるがままに、駆け抜けたのであった
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