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番外編
~あの夜を忘れない~ランスロット&フィオナ(13)
しおりを挟む「まぁ、フィオナ様、一体どうしたの?こんなところで泣いていらっしゃるなんて!」
ランスロットが去った後、公爵夫人が入れ換わるように入ってきた。
温室にへたり込んで涙を流しているフィオナを見て、ぎょっとしたように駆け寄った。
「あなたが来るのが遅いから体調でも悪いのかと思って心配して来てみたの。今さっき、そこでものすごく険しい顔のランスロットとすれ違ったけど、もしかしてランスロットに何かひどいことを言われたのではない?可哀そうに・・・」
公爵夫人はフィオナをゆっくりと抱き起こすと、近くのベンチに連れて行った。
「あなたには、赤ちゃんがいるというのにランスロットったら。何を言われたの?よかったら話してみて?」
フィオナは公爵家に来てからずっと気が張り詰めていた。だが先ほどランスロットから冷酷な言葉を浴びせられて、張り詰めていた心の糸が切れすっかり打ちひしがれてしまった。
母もメアリもいない、誰も頼れる者がいない中、自分を気遣い優しげな眼差しで心から気遣ってくれる公爵夫人に自分の心の内を吐き出したかった
「ラ、ランスロット様が、私に赤ちゃんがいるから外聞が悪いので、早く結婚しないといけないとおっしゃって。公爵家の対面に差し障るからと。でも私はランスロット様に、ただ義務感から結婚してほしくないのです。それに私の母は、この国を陥れようとした罪人です。私には結婚していただく理由がありません。きっと公爵家の皆さんにご迷惑をかけてしまいます。だから…あ、赤ちゃんは差し上げるので国に帰ると言ったら、すごくご立腹されて・・・」
「まぁ、ランスロットったら、外聞が悪いから結婚するなんて、心にもないことを言って。それに迷惑だなんてとんでもない!我が家は、喜んでフィオナ様をお迎えするわ。なんの心配もいらなくてよ?でも、ふふ、あの子はフィオナ様に国に帰ると言われてものすごく焦ったんじゃないかしら?それで、ランスロットは何て言ったの?」
「あ、あの・・・。結婚する理由ならひとつあると。ランスロット様が、その、私を欲しいからだとおっしゃって・・・。でもきっと、赤ちゃんの母親が必要なだけなんです」
「まぁ…」
公爵夫人は、ぱっと眼を見開いてしげしげとフィオナ王女を見つめると、優しげに眼を眇(すが)めて話しだした。
「フィオナ様、そのランスロットの言葉、それは本心だと思うわ」
「そんなことはありません。ランスロット様には、他にきっと好いている方が・・・」
ふとアイラさんを抱きしめていたランスロットの姿が浮かび、胸が苦しくなった。
「いいえ、フィオナ様。私の話を聞いてくださる?」
公爵夫人は真剣な面持ちでフィオナの目を見つめてきた。
「あの子は小さいころからすごく変わった子でね。私はどう扱っていいかわからなくて手を焼いていたの。全く子供らしくないというか・・・」
公爵夫人は、当時を思い出したようにふぅーっとため息を吐いて続けた。
「公爵家の跡取りとして、そして将来カイル殿下の側近となるランスロットに、私たちも一線を引いて厳しくしつけたの。そうね、愛情より義務を優先させていたかもしれない。そのせいか、めったに自分の本心を見せなくなってしまって。たとえば、お誕生日のプレゼントに何がほしいか聞いても、欲しいものは無いからいらないというの。普通の子供だったら、欲しいものがいっぱいあるでしょう?男の子だったら、仔馬だったり。ある時、お友達の真っ白な仔馬を見て、すごく羨ましそうな目をしていたの。それで、私がつい欲しいなら買ってあげるといったら、僕はいらない、っていうのよ。羨ましそうな目をしていたのを恥じるかのように」
小さい頃のランスロット様が思い浮かぶ。
その頃から、人に自分の心の内を見せなかったのだろうか・・・
「それがリゼルが生まれたら、随分変わったの。毎日、朝から晩まで勉強や、剣や馬の稽古に追われている合間を縫って、赤ちゃんだったリゼルの子供部屋によく顔を見に来たの。リゼルがランスロットを見て笑ったりすると、すごく嬉しそうな顔をしていた。自分が無償で愛情を注げる存在ができたような感じで」
公爵夫人は、とても懐かしそうな声で言った。そして思い出したかように、くすりと笑った。
「リゼルが生まれてからは、自分の誕生日に欲しいものを言うようになったんだけど、それが全部リゼルのためのものなのよ。リゼル用のお人形さんだとかぬいぐるみとか、自分の誕生日だというのにね。最初はびっくりしたわ。だってお人形が欲しいって言うんですもの。きっと勉強のしすぎで頭がおかしくなってしまったんだと思ったの」
くすくすと笑い声をあげる公爵夫人の笑顔につられて、フィオナの顔にも笑みが戻ってきた。その時の公爵夫人の驚きようを想像して、一緒になってくすりと笑う。
「そのお人形をリゼルにあげた時、リゼルが愛情たっぷりに微笑んだ時のランスロットの幸せそうな顔ったらなかった。その時、私は後悔したの。あの子は愛情に飢えていたのよ。でも、もう時は遅かった。夫も私もすでに愛する息子というより、後継(あとつぎ)として、そして将来、国を背負うべき一人の人間としてランスロットに接していたから」
公爵夫人は後悔を含んだ声で、寂しそうに笑った。できることならやり直したいというような表情だった。
「だから、私はランスロットが自分のために何かを欲しいという時は、きっとそれがあの子が魂から欲しているものだろうと思っていたの。今日、やっとランスロットの本心を聞けてとっても幸せよ。ランスロットが心から欲しいと焦がれているのは、フィオナ様、あなたなのよ」
そう言うとフィオナの手をぎゅっと握りしめた。公爵夫人の目にはうっすらと涙も滲んでいる気がした。
「ランスロットが、義務から結婚すると言ったのは、本心じゃないはずよ。あなたがローゼンに帰ると困るから、焦っていたのよ。どうかランスロットを信じてあげてくれないかしら・・・」
公爵夫人が懇願するように、フィオナを見つめた。
・・・本当だろうか?
ランスロット様の欲しいものは、私なの?
この赤ちゃんでも、アイラさんでもなく?
フィオナは公爵夫人の言葉に、なんと答えていいか分からなかった・・・。
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