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初恋編
24話 切ない心
しおりを挟む公爵家の馬車が見えなくなるまで見送ると、ナディアは急いで皇子の寝室に引き返した。
殿下とリゼル様の間にあったことが、万が一でも漏れてはいけない。
お二人の情事の後を消し去らなければ…
先ほどまで二人が愛を交わしていただろう寝室に戻ると、寝台のしわくちゃのシーツの上には、破瓜の証の後があり、リゼルの髪に飾られていた、バラの花びらが無残にあちこちに散らばっていた。
ナディアは、その様子になんとなく不吉さを感じた。
急いで、シーツごとそのまま丸め込んで、宮殿の裏手にある焼却炉に投げ捨てる。
寝室に戻って新しいシーツを敷き、元どおりに寝台を整え、カイル王子の衣服を片付けていると、リゼルのイアリングの片方がぽつんと落ちていた。
カイルが父陛下に呼ばれて大広間に戻ると、すでに夜会はお開きになっており、紳士達の酒場のようになっていた。婦人達は別室か、すでに宮殿を後にしたらしい。
今宵は無礼講なのか、男達はみな酒を酌み交わし葉巻を吸いながら、しどとに酔い騒いでいた。
広間の奥の貴賓室に行くと、父陛下と側近の大臣ら、そしてリゼルの父のダークフォール宰相が酒を飲み交わしていた。
「おお、カイル、どこに行っておったのじゃ。今宵はお前の婚約パーティーだ。主賓がいなくてどうする。お前も飲め」
父陛下が、上機嫌で酒を勧める。
「陛下、カイル皇子は王女を寝室までお送りされたとか…、きっと今宵の別れをゆっくりと惜しんでいたのでしょう。お若い二人ですからな。うはは」
国防大臣のサミュエル将軍が口を挟むと、すでに酔いが回っている大臣らは、皇子とフィオナ王女とのことを勝手に勘ぐって、含み笑いを漏らしていた。
カイルは無言で父陛下の隣に座ると、父の差し出した酒を一気に飲み干した。
くそっ、リゼルを傷つけた・・・。
あんなふうに強引に奪うつもりはなかったのに。
リゼルとの初夜を迎える時は、思い切り優しく、存分に可愛がってあげようと思っていた。あんなに乱暴に自分の欲だけを押し付けてしまうとは…
カイルは、空のグラスに自分で強い酒を注ぐと、また一気に飲み干す。
喉が焼けるように熱い・・・。
自分が純潔の証を破った時、きっとリゼルも焼けるように痛かったに違いない。
泣き伏すリゼルに、かける言葉も見つからず、冷たく部屋を出てきてしまった。
ああ、でもルーファス王子が口づけしていたのを見て、あの王子にも、自分以外の他の誰にもリゼルに触れさせたくなかった。他の誰かがリゼルを組み敷いて、純潔を奪うことなど許すことができなかった。
カイルは、やりきれない想いを酒で洗い流すかのようにまたグラスをあおった。
リゼルは、無事、家に帰れただろうか…
カイルは、陛下や大臣らの話が全く耳に入らなかった。
ただ欲に溺れたままリゼルを抱いた自分を忘れ去りたい一心で、酒を次から次にあおっていた。
そのいつもと違うカイルの様子を宰相が、探るように見ていた。
貴賓室の戸口に女官長のナディアがさっと顔を出し、カイルを見ると目で扉の外に来るように合図した。
「失礼、ちょっと外の空気を吸ってきます」
父陛下にそう言うと、カイルは急いで貴賓室の外に出るとナディアの後をそっと追った。
人影のないところまで来ると、ナディアがくるっと向きを変え、厳しい顔でこちらを見た。
「殿下…、お嬢様は無事お帰りになりました。誰にも気づかれておりません」
カイルはほっと胸をなでおろした。
本当は、あのまま朝まで自分の寝室で休ませてあげたかったが、それは叶わぬことだ…
「殿下、ご無礼を承知で申し上げますが、私は、もう、このようなことは二度とはいたしません。あんなふうに無垢なご令嬢を傷つけて…。お嬢様の名誉のために、今回は殿下の言いつけに従いました。決して、殿下のためではありません」
長年、乳母をしていたナディアは、きっぱりと厳しくカイルに告げた。
ナディアの言葉が胸にぐさりと突き刺さる。
「ナディア…すまない」
苦悩に顔を歪め、絞り出すような声を出した。
「それと…お嬢様のお忘れものです」
小ぶりの繊細な細工のイヤリングをカイルの掌においた。
これは、リゼルのエメラルドのイアリングの片割れだ…
誘拐された時に落としていたものをランスロットに預けて、リゼルに返したものだ。また、舞い戻ってくるとは、よぼとこのイアリングも対になれない運命なのか・・・
カイルはエメラルドのイアリングをまた自身のポケットに大切そうにしまった。
* * *
リゼルは家に帰りつくと、そっと扉を開け、そのままふらふらと二階の寝室に向かう。
足の付け根が重く、歩く度にずきずきと痛む。
人目を偲ぶかのように帰ってきたリゼルの後を追って、アイラが心配そうに声をかけた。
「お嬢様、ご気分がお悪いのですか? 何か…あったのですか…?」
出かけるときは、あんなに幸せそうなリゼル様が、蒼白な顔で帰ってきた。頬には、泣いたような跡がある。
「アイラ…ごめんなさい。気分が悪くて…一人にしてほしいの。朝まで部屋に誰も入れないで」
「では、お着替えだけでも…」
「いいえっ! いいの、もう休みたいから自分でするわ。お願い…」
アイラは、心配そうな顔をして後ろ髪を引かれながら部屋から出ていった。
ランプの小さな明かりが灯る中、そっとドレスを落とし、鏡を見ると首筋や胸元など、所々にカイル皇子が口づけた赤い痣があった。
カイル様の部屋で情熱的に求められ、一つに結ばれた時は、ただ嬉しさに溺れていた。
いっときカイルの熱い肌に身を委ね、その愛を感じたように思えた。
でもそれは、まやかしに過ぎない。
ーカイル様が好き。こんなにも心が締め付けられるほど好きなのに…
「うっ、っく…」
リゼルはそのままうずくまり、心が苦しくて、一晩中、小さな肩を震わせた…
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