不出来なオメガのフォーチュン

水無瀬 蒼

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 土曜日。
 今日は、同僚で仲の良い和明の家に行く途中だった。和明は同期入社で、仕事では直生が書類作成をしている中国・香港の担当者だ。
 日々海外と連絡を取り、注文を取り付け、フライトスケジュールを組み、そしてそれを直生に渡す。それが和明の仕事だ。そして、受け取ったそのスケジュールに合わせ書類作成をするのが直生だ。そんなふうに和明と直生は何年も一緒に組んで仕事をしている。そのため、仲はとても良い。
 今日は和明の誕生日で、和明の家で宅呑みをする予定だ。だから、近所の輸入食品の店で二人の生まれ年のワインとそれに合わせてチーズを購入した。後はデパ地下で美味しい惣菜を見繕って買えばいい。和明も何か用意しておくと言っていたから、それで十分だろう。足りなければピザなり出前を取ればいい。
 直生の家と和明の家は電車の路線が違う。なので公共交通機関を利用しようと思うと遠回りになるが、直線距離はそれほど遠くもないので、ネオン街を突っ切れば散歩がてら歩いていける距離だ。
 ネオン街を抜け、和明の家に向かう途中にデパートもあるので、下手に電車で行くよりも歩いた方が早いし、ちょうどいい。そのため、仕事が休みの今日もいつものようにネオン街に足を踏み入れた。
 時間は夕刻。少し早い夜の蝶たちが顔を出し始める時間だ。とは言え、それに群がる者たちが集まってくるのはまだ先の時間でそれほど騒がしくない。
 このネオン街は基本的にクラブやキャバクラがメインで、そこに少しラブホテルがあるくらいで水商売の黒服が出ているくらいで特に危険なことのない街だ。
 とは言え、水商売の店が多いということでヤクザといった反社会的勢力もいるのはいる。それは大体はケツモチだが、中には喧嘩をふっかけてくるチンピラも少数ではあるが、いる。なので、今日もほんの少し注意をしつつ、いつものように歩いていた。
 いつもなら黒服が客を呼び込む店の前は、まだ誰もいなく、人とぶつかるようなことはないそこを足早に歩いていたその時、人にぶつかった。それほど広い歩道ではないが、人がすれ違うくらいは問題ない広さはある。しかし、その歩道で、すれ違う人と肩が軽くぶつかってしまった。

「すいません」
 
 人にぶつかったので反射的に謝罪をする。が、ぶつかった相手が悪かった。一番会いたくないチンピラだった。

「いってーな、兄ちゃん。なぁ、兄ちゃん、まさか、すいませんの一言で済むと思ってるんじゃないだろうなぁ? こっちは怪我したんだよ。すっげー痛いから骨が折れてるかもしれねぇなぁ。あぁ? ここはきちんと責任取るべきだよなぁ?」
「え?」

 軽く肩がぶつかっただけで骨折はありえない。絶対にありえない。普通であればそう言う。しかし相手が悪い。チンピラだ。チンピラ相手にそんなことを言って余計にヒートアップしたら困る。いや、今のこの状況自体がかなり困っているが。
 こんなチンピラに理不尽な喧嘩をふっかけられてどうしたら良いのか、と必死に考える。考えるが、恐怖から頭がよく回らない。
 いつもはこんなことなく安全に通れているのに、なんで今日に限ってチンピラに遭遇してしまうなんてツイてないにもほどがある。
 さて、どうやってこの状況を切り抜けようか。言葉の謝罪だけでは済まないのはわかった。いっそ走って逃げるか? いや、走ったところで追いかけてくるだろうし、もしかしたら他にも仲間がいて、その仲間たちも追いかけてくるかもしれない。そうした場合、はさみうちになって不利だ。
 いや、その前に直生は走るのが早いとは言えない。学生時代の体育祭では、ビリにはならないまでもビリから数えた方が早い、というありさまだ。そんな自分が走って逃げるのは得策ではない。すぐに追いつかれて捕まるのがオチだと思う。
 ではどうしたら良いのか。病院にでも連れて行って、なんでもないことを証明すれば良いのだろうか。それはそれでまた面倒くさいことになりそうだけれど。
 大体、どう見たって怪我もしていないのに、病院が診てくれるだろうか。かと言って、このチンピラたちの望みである、金だけ出すというのはしたくない。とは言えどうしたらいいのかもわからないのだけれど。

「なぁに、難しい話じゃないんだよ。病院に行くから病院代さえ出してくれればいいんだよ」

 チンピラが口にしたのはやはりカツアゲだった。
 いや、チンピラの場合はカツアゲとは言わないのか? カツアゲって言うのは不良の場合なのだろうか。まぁ、お金を巻き上げることに変わりはないけれど、ドラマの中みたいなこと、本当にあるんだなぁ、と、あまりのことに現実逃避で考える。そんなことをしている場合ではないが。考えるのはそんなことではなく、現状をどう切り抜けるかだ。
 と、そんな時サンダルウッドの香りがしてきた。落ち着くこの香りを直生は知っている。数日前にここですれ違ったあの男だ。
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