34 / 43
届かない想い5
しおりを挟む
そうやって呑んだ翌日。仕事はオフだから、と夕方1人で颯矢さんの入院している病院へお見舞いに来た。
だけど、昨日病室にいた香織さんの姿がチラついて、ドアを開けることができないでいた。
どれくらいドアの前に立っていたんだろう。看護師さんにチラチラと見られている。
こんなことをしているのなら今日は帰った方がいいのかもしれない。そう思って顔を上げたところで社長がいた。
「お見舞いに来たんじゃないの?」
社長に訊かれる。そう、お見舞いに来た。でも、また香織さんがいるんじゃないかと思うと怖くてドアを開けられないでいた、なんて言えない。
俺はなにも言えずに唇を噛んで俯く。
「今日は仕事はオフ? もし用事がないようなら少し話をしようか」
社長からの提案に、引退のことを話すのにいいタイミングだと思い頷いた。
「じゃあ、カフェに行こうか」
「はい」
そう言って社長と俺は病院の1階にあるカフェに移動した。平日のせいか、店内はそれほど混んでいなくて、店の奥の隅に座った。
「あの。何にしますか? 買ってきます」
飲み物を買ってこようと社長に声をかけると、財布から千円札を出される。
「僕はホットコーヒーね。柊真は好きなのを買っておいで」
「わかりました。でも、お金はいらないです。俺が出すんで」
「なに言ってるの。社長に奢らせてよ」
社長はそう言っておどけたように笑う。
「でも……」
「社長なんだしさ、格好つけさせてよ」
「わかりました。じゃあ、買ってきます」
確かに社長が所属タレントに奢って貰うというわけにはいかないのかもしれないと思い、ありがたくお金を預かり、社長にホットコーヒー、自分用にアイスコーヒーを買ってきた。
「ありがとうね」
「いえ、こちらこそごちそうさまです」
社長はいつものように飄々としている。でも、カフェに誘ったったことはなにか俺に話したいことがあるんじゃないだろうか。颯矢さんがいないところで。
もし、颯矢さんがいても構わないのなら病室で話をしたっていいはずだ。
そう思うと少し体に力が入る。なにを言われるんだろう。引退のことだろうか。それであらたまって話しがしたい、そういうことだろうか。
でも、と思い直す。俺だって社長に話があったんだからちょうどいい。
「あの、」
「柊真はなにが辛い?」
「え?」
引退のことを言い出そうとしたところで社長に切り出される。急に言われて、何を言われているのか戸惑う。
俺が辛いって?
「なにか辛いことがあるんじゃないの? 前に病室で会ったときにも思ったんだけど、なにか辛いんじゃないかと思ってね。それって壱岐くんの記憶のこともそうだけど、もしかしてもっと前からなのかな、と思ってね。芸能界を引退したいっていうのと関係してるんじゃない?」
「……」
「なんでも話していいよ」
と言われても、まさか颯矢さんが結婚するのが辛い、だなんて言えるはずがない。
そう思って俯いて黙っていると、社長はびっくりすることを言った。
「壱岐くんのことじゃない?」
え?
颯矢さんの名前が出てきて、驚いて顔をあげる。なんで颯矢さんのことだって思うの? 俺の颯矢さんへの気持ちを社長が知っているわけないのに。
そう。俺の颯矢さんへの想いを知っているのは母さんだけだ。その母さんだって相手が颯矢さんだということは知らない。
つまり、この想いは誰も知らないんだ。だから颯矢さんへの気持ちのことなんかじゃない。
そう自分の心を落ち着けた。
「当たりみたいだね。壱岐くんのことを好きなのが辛い?」
だけど、昨日病室にいた香織さんの姿がチラついて、ドアを開けることができないでいた。
どれくらいドアの前に立っていたんだろう。看護師さんにチラチラと見られている。
こんなことをしているのなら今日は帰った方がいいのかもしれない。そう思って顔を上げたところで社長がいた。
「お見舞いに来たんじゃないの?」
社長に訊かれる。そう、お見舞いに来た。でも、また香織さんがいるんじゃないかと思うと怖くてドアを開けられないでいた、なんて言えない。
俺はなにも言えずに唇を噛んで俯く。
「今日は仕事はオフ? もし用事がないようなら少し話をしようか」
社長からの提案に、引退のことを話すのにいいタイミングだと思い頷いた。
「じゃあ、カフェに行こうか」
「はい」
そう言って社長と俺は病院の1階にあるカフェに移動した。平日のせいか、店内はそれほど混んでいなくて、店の奥の隅に座った。
「あの。何にしますか? 買ってきます」
飲み物を買ってこようと社長に声をかけると、財布から千円札を出される。
「僕はホットコーヒーね。柊真は好きなのを買っておいで」
「わかりました。でも、お金はいらないです。俺が出すんで」
「なに言ってるの。社長に奢らせてよ」
社長はそう言っておどけたように笑う。
「でも……」
「社長なんだしさ、格好つけさせてよ」
「わかりました。じゃあ、買ってきます」
確かに社長が所属タレントに奢って貰うというわけにはいかないのかもしれないと思い、ありがたくお金を預かり、社長にホットコーヒー、自分用にアイスコーヒーを買ってきた。
「ありがとうね」
「いえ、こちらこそごちそうさまです」
社長はいつものように飄々としている。でも、カフェに誘ったったことはなにか俺に話したいことがあるんじゃないだろうか。颯矢さんがいないところで。
もし、颯矢さんがいても構わないのなら病室で話をしたっていいはずだ。
そう思うと少し体に力が入る。なにを言われるんだろう。引退のことだろうか。それであらたまって話しがしたい、そういうことだろうか。
でも、と思い直す。俺だって社長に話があったんだからちょうどいい。
「あの、」
「柊真はなにが辛い?」
「え?」
引退のことを言い出そうとしたところで社長に切り出される。急に言われて、何を言われているのか戸惑う。
俺が辛いって?
「なにか辛いことがあるんじゃないの? 前に病室で会ったときにも思ったんだけど、なにか辛いんじゃないかと思ってね。それって壱岐くんの記憶のこともそうだけど、もしかしてもっと前からなのかな、と思ってね。芸能界を引退したいっていうのと関係してるんじゃない?」
「……」
「なんでも話していいよ」
と言われても、まさか颯矢さんが結婚するのが辛い、だなんて言えるはずがない。
そう思って俯いて黙っていると、社長はびっくりすることを言った。
「壱岐くんのことじゃない?」
え?
颯矢さんの名前が出てきて、驚いて顔をあげる。なんで颯矢さんのことだって思うの? 俺の颯矢さんへの気持ちを社長が知っているわけないのに。
そう。俺の颯矢さんへの想いを知っているのは母さんだけだ。その母さんだって相手が颯矢さんだということは知らない。
つまり、この想いは誰も知らないんだ。だから颯矢さんへの気持ちのことなんかじゃない。
そう自分の心を落ち着けた。
「当たりみたいだね。壱岐くんのことを好きなのが辛い?」
16
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる