Always in Love

水無瀬 蒼

文字の大きさ
上 下
28 / 43

記憶4

しおりを挟む
 昨日は病院から家に帰ってからずっと泣いていたので、今日は朝早く起きてから目の腫れを取るのに苦戦していた。
 時計の針が10時30分を指したとき、スマホが鳴る。

「もしもし、壱岐さんの代理マネージャーとなる氏原うじはらですが、城崎柊真さんの携帯で間違いないでしょうか」
「そうです」
「おはようございます。下に着きましたので降りてきて頂けますか」
「わかりました。降ります」

出ると颯矢さんの代わりの臨時マネージャーだった。
 エレベーターで駐車場へ降りていくと、見慣れたバンが止まっていた。そしてその前には程よく陽に焼けた細身の男性が1人。恐らく電話をしてきた氏原マネージャーだろう。

「城崎さん、おはようございます。氏原です!」

 さきほどの電話でもそうだったけれど、明るくて元気な話し方だった。颯矢さんが静とするならこの人は動だ。そして陽。そんな感じがした。
 
「乗ってください」

 氏原さんに言われて、ぼーっとしていたことに気づき慌てて乗った。

「今日のスケジュールですが12時からNテレビで撮影の後、15時にYテレビ入します。その後バラエティの撮影となり終わりは18時の予定です」
「あの……Yテレビの収録が終わったら、そうや、いえ壱岐さんの病院にお見舞いに行くことはできますか?」
「もちろんです。収録終了後病院に直行します」
「ありがとうございます。壱岐さんがいない間、よろしくお願いします」
「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします。では、遅くなりますので行きましょう」

 氏原さんは思った通り明るい人だった。いや、昨日のことがあったから、あえて明るくしてくれているのかもしれないけど。
 昨日の今日でバラエティに出る心境じゃないし、笑えるかもわからない。
 そう思っていたけれど、実際に撮影となれば作り笑いは出せた。
 その辺は役者をやっているので、演技となればできるのだろう。
 Nテレビの撮影を終えてYテレビに移動し、同じようにバラエティ番組の収録をこなす。
 仕事だから、演技をしてバラエティ向けのこともできるけれど、心境としては昨日の颯矢さんの姿が頭にこびりついていてバラエティなんて心境じゃない。
 でも、これが仕事なのだからやるしかない。
 後でテレビで観たときに「仕事もできないのか」なんて言われたくないから。その辺は悲しいかな、好きな人には良く思われたいっていう気持ちだ。
 それは、どんなに叶わない想いだとしても変わらない。
 だから、集中して撮影していたら、あっという間に撮影が終わった。これで颯矢さんのところに行ける!
 
 撮影が終わり、急いで控室に戻り、メイクを落として私服に着替える。これで颯矢さんの病院に行ける!
 でも、氏原さんはスマホで誰かと話をしている。電話は、後にできない?  

「はい、これから向かいます」

 そう言うと電話を切って、行きましょう、と言う。

「今、社長が病室にいるそうです」
「社長が?」
「はい。壱岐さんの様子を見るために」

 昨夜は、俺は今日のスケジュールのために早く帰ったけど、社長はいつまでいたんだろう。颯矢さんの両親が来て、帰ったんだろうか。
 
「そうや、あ、壱岐さんのことなにか聞いてますか?」

 考えてみたら、颯矢さんの具合はどうなのか聞いていなかった。大丈夫なんだろうか。すごい出血だったけれど。社長がいる、というのはそういうことだろうか。そう考えると怖くなってきた。

「あ、えっと。社長がお話するかと」

 なんで氏原さんが教えてくれないんだろう? そう思うけれど、後少しで病院だし社長がいるなら、社長は知ってるだろうから別に今聞かなくてもいいか。
 テレビ局から病院までは30分ほどだった。見舞い時間終了までそれほど時間はない。
 氏原さんから颯矢さんの入院する病室の番号は聞いているから、急ぎ足で病室へと行く。
 病室は個室だった。多分、俺とか芸能人が見舞うことを考えてのことだろう。
 ドアを開けると、ベッドの脇でタブレットを弄っている社長がいた。

「社長」
「あ、柊真。お疲れ様。氏原くんもお疲れ様。急だったのにありがとうね」
「いえ、大丈夫です」

 ベッドに目をやると、颯矢さんは目を開けていた。でも、俺の顔を見てもなにも言わない。

「颯矢さん。昨日は俺のためにごめんなさい」

 しかし、それでも颯矢さんはなにも言わない。なんだろう。

「壱岐くん、柊真のこと思い出した?」
「いえ、わかりません」

 え? なに、この会話。思い出したってなに? わからないってなにが? 心臓がドクンドクンと大きく音を立てる。

「そうか。今、先生呼ぶね」

 そう言って社長がナースコールを鳴らす。一度看護師さんが来てから、その後先生がやってきた。

「壱岐さん、彼が誰だかわかりますか?」
「いえ、わかりません。誰なんですか?」

 先生の目も、颯矢さんの目も俺を見ている。でも、颯矢さんは、さっきと同じ、わかりませんと答えた。
 え? わからないって俺のこと? 冗談にしては笑えないよ。

「そうですか。やはり、系統的健忘で間違いないと思われます」

 系統的健忘? なんだ、それ。健忘ってことは忘れているってこと?

「明日、脳波の検査と尿検査をしましょう。合わせて心理検査もします」
「わかりました。お願いします」

 先生と社長の間で話が進んでいるけど、なんのはなしをしているのか俺にはさっぱりわからない。
 先生が病室を出ていくと社長が口を開く。 

「柊真。落ち着いて聞いてね。壱岐くんね、さっき先生が言ってた系統的健忘って言う記憶障害を起こしているらしい。はっきり言うとね、ショックを受けないで欲しいんだけど、柊真のこと覚えてないんだ。他のことはきちんと覚えてる。でも、柊真のことだけ忘れているんだ」
 
 颯矢さんが、俺のことだけ覚えてない?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。 自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。 ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。 外伝完結、続編連載中です。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

罰ゲームでクラス一の陰キャに告白して付き合う話

あきら
BL
攻め 二階堂怜央 陽キャ 高校2年生 受け 加藤仁成 陰キャ 高校2年生 クラス一の陽キャがクラス一の陰キャに告白して、最初断られたけどなんやかんやでOKされてなんやかんやで付き合うようになる話です。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...