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転機3
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「すいません。遅くなりました」
今日の撮影は夜の早いうちに終わったので、日本に一時帰国した小田島さんと食事をする約束をしていた。
明日からは、仕事が詰め込まれているので、空いている時間は今日しかなかった。
「ううん。忙しいのにごめんね」
「いえ、大丈夫です。それより、なにか食べたいものはありますか?」
「この辺に焼き鳥屋ってある? 居酒屋じゃなく、きちんとした焼き鳥が食べたくてさ」
「そうですね。俺の知ってるところでいいですか? 味は保証します」
「いいな。そこ、連れて行ってくれる?」
「ちょっとタクシー乗るけど、いいですか」
「僕は構わないよ」
「じゃあ、そこ行きましょう」
通りに出て空車のタクシーを拾い、お目当ての焼き鳥屋へ行った。
その焼き鳥屋は、芸能界に入って間もない頃に颯矢さんが連れて行ってくれたお店で、それ以来、たまに足を運んでいる。
タクシーの中では、タイのお正月であるソンクラーンについて話を聞いていた。ちょうど今がソンクラーンだ。なんでも、街で通行人同士が水を掛け合うらしく、水かけ祭りとも言われているらしい。
小田島さんも最初こそはびっくりしていたけれど、今は普通に水を掛け合っていると笑う。そんな海外の話が俺には新鮮だ。
ソンクラーンの話を聞いているうちにタクシーは焼き鳥屋に着いた。
「ここ、タレが美味しいから、タレをおすすめします」
タレの味がイマイチだと無難な塩を選ぶしかないけれど、ここのタレはほんとに美味しいのでハズレがない。
「じゃあ、タレで適当に頼もうか」
「わかりました。ぼんじりや砂肝いけますか? 美味しいですよ」
「どっちもいけるよ」
「了解です」
そう言って、まずは皮、もも、ねぎま、つくね、レバー、砂肝、ぼんじり、とタレで注文していく。
「焼き鳥なんて何年ぶりだろう。好きなんだけどね、向こうじゃ食べれないから」
「そうなんですね。日本食屋あるから、なんでもあるのかと思いました」
「あるのは、寿司や肉じゃがとかそういう系かな? さすがに焼き鳥はないよ。焼いた鳥は食べるけど、タレがないからね」
「そっか、そこがないんですね。」
確かにバンコクに行ったときは鶏肉は随分食べたけれど、確かにタレというのはなかったな、と思い出す。
「それより、城崎くん。俳優だって、こっち来て知ったよ。雑誌で知ってびっくりした」
そう。小田島さんには素性を明かしていなかったけれど、さすがに一時帰国して雑誌で俺を見てびっくりしたと言う。
「すいません」
「まぁ、でも初対面でそんなこと言わないよね。でも、イケメンなの当然だなって思うよね」
「そんなことないですよ。それより小田島さんがタイに行ったこと教えてください」
「なに? 僕に興味出てきた?」
「いや、そうじゃなくて、あの......」
「なんだ、興味もってくれたと思ったのに。僕は城崎くんに興味あるけどな。冗談だよ。冗談。で、なにを訊きたいの?」
「タイでの生活とか仕事とか」
「タイに興味出てきた?」
「はい」
ビールを呑みながら訊いてみた。
日本で就職をするのは普通だけど、大学生の頃から芸能界に入ったのであまり海外に行ったりしていないし、自由はなかった。だから、海外に行ってみるのもいいかな、と思ったのだ。母さんももういないのだから。
「仕事ってありますかね」
「タイは日本人旅行者多いから、観光関係では日本人スタッフを結構採用してるよ。日本人向けのオプショナルツアーをやっている会社とかあるからね。後は僕みたいに日本語教師かな? ただ、日本語教師だと多少はタイ語か英語がわからないと困るかな。会社側がタイの会社だからね」
「そっか。俺はタイ語も英語もわからないんで、観光系ですかね」
「そうだね。まぁ、タイに来る前に簡単なタイ語を勉強してから来るって言う手もあるよね。後は、タイで語学学校に通って勉強して、それから仕事を探すかだね」
「日本で勉強するのはちょっと困難だから、語学学校っていいですね」
俳優という仕事をしていると時間は不規則だし、城崎柊真の名前は知られているのでちょっと難しい。もちろん、タイの語学学校には日本人がいるだろうけれど、色んな国から来ているから外国人には知られていないので勉強しやすいのでは、と思う。
そこへ焼き鳥が運ばれてきた。
「あー。美味しいね。これだよな。ビールと焼き鳥っていうのが恋しくてね。これ、タイでは味わえないから」
小田島さんはそう言って幸せそうに笑う。
「城崎くんもタイに来たら食べられない日本食いっぱいあるからね。他人事じゃないよ」
「長期いると、現地の料理も飽きてきます?」
「飽きるねー。やっぱり僕たちは日本人だからね、味覚がタイ人とは違うから」
それは、旅行などの短期滞在ではわからないことだ。やっぱり育ってきた味覚というのがあるのだろう。
「でも、タイに来るなら俳優の仕事どうするの? しばらく休む?」
「いえ、辞めようかと思ってます」
「え?!」
ビールを呑む小田島さんの手が止まる。
「それってもったいなくない? まぁ、城崎くんが未練ないっていうなら他人がどうこういう問題じゃないけど」
「俺、大学生のときに芸能界入ったんです。だから、少し自由に憧れがあるのかもしれないです」
「あぁ、そっかぁ」
「それに、母が亡くなったから。日本にいる必要もないし」
「お母さん亡くなったの? それでそう考えたのか」
「はい」
でも、ほんとはもうひとつ理由がある。それは颯矢さんの存在だ。日本にいると颯矢さんのことを思い出してしまうと思うから。もう、結婚する颯矢さんのことは考えたくない。それが一番大きな理由かもしれない。
今日の撮影は夜の早いうちに終わったので、日本に一時帰国した小田島さんと食事をする約束をしていた。
明日からは、仕事が詰め込まれているので、空いている時間は今日しかなかった。
「ううん。忙しいのにごめんね」
「いえ、大丈夫です。それより、なにか食べたいものはありますか?」
「この辺に焼き鳥屋ってある? 居酒屋じゃなく、きちんとした焼き鳥が食べたくてさ」
「そうですね。俺の知ってるところでいいですか? 味は保証します」
「いいな。そこ、連れて行ってくれる?」
「ちょっとタクシー乗るけど、いいですか」
「僕は構わないよ」
「じゃあ、そこ行きましょう」
通りに出て空車のタクシーを拾い、お目当ての焼き鳥屋へ行った。
その焼き鳥屋は、芸能界に入って間もない頃に颯矢さんが連れて行ってくれたお店で、それ以来、たまに足を運んでいる。
タクシーの中では、タイのお正月であるソンクラーンについて話を聞いていた。ちょうど今がソンクラーンだ。なんでも、街で通行人同士が水を掛け合うらしく、水かけ祭りとも言われているらしい。
小田島さんも最初こそはびっくりしていたけれど、今は普通に水を掛け合っていると笑う。そんな海外の話が俺には新鮮だ。
ソンクラーンの話を聞いているうちにタクシーは焼き鳥屋に着いた。
「ここ、タレが美味しいから、タレをおすすめします」
タレの味がイマイチだと無難な塩を選ぶしかないけれど、ここのタレはほんとに美味しいのでハズレがない。
「じゃあ、タレで適当に頼もうか」
「わかりました。ぼんじりや砂肝いけますか? 美味しいですよ」
「どっちもいけるよ」
「了解です」
そう言って、まずは皮、もも、ねぎま、つくね、レバー、砂肝、ぼんじり、とタレで注文していく。
「焼き鳥なんて何年ぶりだろう。好きなんだけどね、向こうじゃ食べれないから」
「そうなんですね。日本食屋あるから、なんでもあるのかと思いました」
「あるのは、寿司や肉じゃがとかそういう系かな? さすがに焼き鳥はないよ。焼いた鳥は食べるけど、タレがないからね」
「そっか、そこがないんですね。」
確かにバンコクに行ったときは鶏肉は随分食べたけれど、確かにタレというのはなかったな、と思い出す。
「それより、城崎くん。俳優だって、こっち来て知ったよ。雑誌で知ってびっくりした」
そう。小田島さんには素性を明かしていなかったけれど、さすがに一時帰国して雑誌で俺を見てびっくりしたと言う。
「すいません」
「まぁ、でも初対面でそんなこと言わないよね。でも、イケメンなの当然だなって思うよね」
「そんなことないですよ。それより小田島さんがタイに行ったこと教えてください」
「なに? 僕に興味出てきた?」
「いや、そうじゃなくて、あの......」
「なんだ、興味もってくれたと思ったのに。僕は城崎くんに興味あるけどな。冗談だよ。冗談。で、なにを訊きたいの?」
「タイでの生活とか仕事とか」
「タイに興味出てきた?」
「はい」
ビールを呑みながら訊いてみた。
日本で就職をするのは普通だけど、大学生の頃から芸能界に入ったのであまり海外に行ったりしていないし、自由はなかった。だから、海外に行ってみるのもいいかな、と思ったのだ。母さんももういないのだから。
「仕事ってありますかね」
「タイは日本人旅行者多いから、観光関係では日本人スタッフを結構採用してるよ。日本人向けのオプショナルツアーをやっている会社とかあるからね。後は僕みたいに日本語教師かな? ただ、日本語教師だと多少はタイ語か英語がわからないと困るかな。会社側がタイの会社だからね」
「そっか。俺はタイ語も英語もわからないんで、観光系ですかね」
「そうだね。まぁ、タイに来る前に簡単なタイ語を勉強してから来るって言う手もあるよね。後は、タイで語学学校に通って勉強して、それから仕事を探すかだね」
「日本で勉強するのはちょっと困難だから、語学学校っていいですね」
俳優という仕事をしていると時間は不規則だし、城崎柊真の名前は知られているのでちょっと難しい。もちろん、タイの語学学校には日本人がいるだろうけれど、色んな国から来ているから外国人には知られていないので勉強しやすいのでは、と思う。
そこへ焼き鳥が運ばれてきた。
「あー。美味しいね。これだよな。ビールと焼き鳥っていうのが恋しくてね。これ、タイでは味わえないから」
小田島さんはそう言って幸せそうに笑う。
「城崎くんもタイに来たら食べられない日本食いっぱいあるからね。他人事じゃないよ」
「長期いると、現地の料理も飽きてきます?」
「飽きるねー。やっぱり僕たちは日本人だからね、味覚がタイ人とは違うから」
それは、旅行などの短期滞在ではわからないことだ。やっぱり育ってきた味覚というのがあるのだろう。
「でも、タイに来るなら俳優の仕事どうするの? しばらく休む?」
「いえ、辞めようかと思ってます」
「え?!」
ビールを呑む小田島さんの手が止まる。
「それってもったいなくない? まぁ、城崎くんが未練ないっていうなら他人がどうこういう問題じゃないけど」
「俺、大学生のときに芸能界入ったんです。だから、少し自由に憧れがあるのかもしれないです」
「あぁ、そっかぁ」
「それに、母が亡くなったから。日本にいる必要もないし」
「お母さん亡くなったの? それでそう考えたのか」
「はい」
でも、ほんとはもうひとつ理由がある。それは颯矢さんの存在だ。日本にいると颯矢さんのことを思い出してしまうと思うから。もう、結婚する颯矢さんのことは考えたくない。それが一番大きな理由かもしれない。
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