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デートしたいのはあなたなのに4
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「もうすぐ着くぞ」
母さんのことを考えているうちに、車は病院近くまで来ていたらしい。さあ、ほんとに元気出さなきゃ。
「明日は、朝10時だよね」
「ああ。10時には迎えに行く」
「了解。じゃあ、ありがと」
「お母さんによろしくな」
「うん。お疲れ様でした」
「お疲れ」
変装用に伊達眼鏡をかけて車を降りる。颯矢さんの運転する車は、あっという間に見えなくなった。
病院の西棟の7階の701号室が、母さんの入院している部屋だ。ここは2人部屋だ。大部屋だとさすがに俺がバレても困るし、かと言って個室は母さんが嫌がったので間を取って2人部屋にしたのだ。
母さんと同室の人は年配のおばあさんなので、俺が誰なのかバレる心配はないだろう。
病室のドアをノックして開けると、同室のおばあさんは寝ていて、母さんは起きて窓の外を見ていた。その背中が悲しく見えたのは気のせいだろうか。
「母さん」
小さな声で呼びかけると、こちらに気づく。
「あら。仕事終わったの?」
「うん。今日は朝早かった分早く終わったんだ」
「そう。朝早かったのなら早く休みたいだろうに、ごめんね」
「何言ってるんだよ。母さんの顔見たほうが元気が出る」
「何子供みたいなこと言ってるの。でも、来てくれてありがとうね」
「なかなか来れなくてごめんね」
「何言ってるの。大変なお仕事してるんだから、来れるときでいいのよ。それより柊真、顔を見せて」
「ん? 何?」
母さんに、言われて、母さんの顔をじっと見る。なんだろう?
「何かあった?」
「え?」
「何かあった顔してる。元気のないときの柊真の顔」
車の中で元気出したはずなのにな。母さんは聡いからバレてしまうのか。
「そんなことないよ。あ、颯矢さんからの差し入れあったんだ」
かばんの中から、颯矢さんに貰ったあんドーナツを出す。
「あんドーナツ。俺も食べたけど美味しかったよ」
「じゃあ戴こうかしら」
そう言うと母さんはあんドーナツを一口食べた。
「あら、ほんと。美味しいわね」
「だろ? でも、今日ロケで行ったところって、遠くて普段行くところじゃないんだよね。だから、またテレビ局の近くとか、もっと開拓してみるよ」
「もう、ケーキビュッフェなんかも自由に行かれないものね」
「うん。だからさ、普段行くところで美味しいスイーツのお店探さないとね」
「でも、食べ過ぎちゃダメよ。あんた太りやすいんだから。今は人に見られる仕事をしているわけだし」
「わかってる。気をつけるよ。美味しいの見つけたら、また買ってくるね」
もうケーキビュッフェに気軽に行かれない俺と母さんは、そうやってたまに美味しいスイーツを食べるしかない。
「それより、体調はどう?」
「ん? まあまあね。ずっと起きてると疲れるけど、それは仕方ないわね」
「うん。無理しちゃダメだよ」
「わかってるわよ」
そんな感じで、俺は母さんととりとめもなく話をした。
うちは母一人子一人だからか、元々母さんと仲がいい。だから、母さんが元気なときも時間があればスイーツでも食べながら話をしていた。
それは母さんが入院しても変わらない。
こうやって差し入れを持ってきて、母さんに食べて貰いながら、どうってことのない会話をする。俺にとっては、それが息抜きのひとつだ。
ただ、こうやって話していても母さんは辛いとか一切言わないし、自分のこの先も何も言わない。それは、何も考えてないからなのか、それとも俺に心配かけるからなのかわからないけれど、恐らく後者だろうと思う。
弱音を吐かないのは母さんらしいけれど、こうまで何も言わないと逆に不安になる。自分の死期とかわかってるんだろうか。
そう考えると、俺の方が元気がなくなる。
「柊真。何考えてるの。疲れているなら帰りなさい」
「ごめん。そんなんじゃないよ。明日の撮影のこと考えてただけ」
ちょっとでも俺の元気がないと気づく母さんの前では、考えすぎるのは気をつけないと。
そうしているうちに、夕食の時間になった。
「もうこんな時間だし、明日も撮影なんだから、もう帰りなさい」
「わかった。じゃあ、また来るね」
「あまり無理しちゃダメよ」
「母さんもね。じゃね、バイバイ」
病室を出て、小さく息を吐く。
病気の母さんに心配かけてどうするんだ。俺が母さんを励まさなきゃいけない立場なのに。
ダメだな、俺。
亜美さんとの熱愛、なんてありもしないことをでっち上げられて、颯矢さんへの告白は軽くあしらわれて。それで凹んでいることを母さんに見破られ、そんな母さんの死期について考えて。今日はツイてないな、と思う。
いや、颯矢さんに軽くあしらわれるのはいつものことか。母さんのことを考えると暗くなるのは、最近はいつもそうだし。亜美さんとのことが響いたかなぁ。
もし、撮影現場で仲良く話しているのがでっちあげの大元だとしたら、これから続く撮影がしんどくなる。そして撮影現場を知っているってことは誰かがリークしているんだろうし。そんなことを考えたら凹んで当然だ。
あー。せっかく美味しいあんドーナツ食べたし、母さんにも会ったのに。
いつもなら元気の出るセットなのに、今日はダメらしい。コンビニで弁当とスイーツ買って帰ろう。それでお風呂にでも浸かれば少しはすっきりするだろう。
明日もまた撮影だから少しでも元気回復しなければ。
母さんのことを考えているうちに、車は病院近くまで来ていたらしい。さあ、ほんとに元気出さなきゃ。
「明日は、朝10時だよね」
「ああ。10時には迎えに行く」
「了解。じゃあ、ありがと」
「お母さんによろしくな」
「うん。お疲れ様でした」
「お疲れ」
変装用に伊達眼鏡をかけて車を降りる。颯矢さんの運転する車は、あっという間に見えなくなった。
病院の西棟の7階の701号室が、母さんの入院している部屋だ。ここは2人部屋だ。大部屋だとさすがに俺がバレても困るし、かと言って個室は母さんが嫌がったので間を取って2人部屋にしたのだ。
母さんと同室の人は年配のおばあさんなので、俺が誰なのかバレる心配はないだろう。
病室のドアをノックして開けると、同室のおばあさんは寝ていて、母さんは起きて窓の外を見ていた。その背中が悲しく見えたのは気のせいだろうか。
「母さん」
小さな声で呼びかけると、こちらに気づく。
「あら。仕事終わったの?」
「うん。今日は朝早かった分早く終わったんだ」
「そう。朝早かったのなら早く休みたいだろうに、ごめんね」
「何言ってるんだよ。母さんの顔見たほうが元気が出る」
「何子供みたいなこと言ってるの。でも、来てくれてありがとうね」
「なかなか来れなくてごめんね」
「何言ってるの。大変なお仕事してるんだから、来れるときでいいのよ。それより柊真、顔を見せて」
「ん? 何?」
母さんに、言われて、母さんの顔をじっと見る。なんだろう?
「何かあった?」
「え?」
「何かあった顔してる。元気のないときの柊真の顔」
車の中で元気出したはずなのにな。母さんは聡いからバレてしまうのか。
「そんなことないよ。あ、颯矢さんからの差し入れあったんだ」
かばんの中から、颯矢さんに貰ったあんドーナツを出す。
「あんドーナツ。俺も食べたけど美味しかったよ」
「じゃあ戴こうかしら」
そう言うと母さんはあんドーナツを一口食べた。
「あら、ほんと。美味しいわね」
「だろ? でも、今日ロケで行ったところって、遠くて普段行くところじゃないんだよね。だから、またテレビ局の近くとか、もっと開拓してみるよ」
「もう、ケーキビュッフェなんかも自由に行かれないものね」
「うん。だからさ、普段行くところで美味しいスイーツのお店探さないとね」
「でも、食べ過ぎちゃダメよ。あんた太りやすいんだから。今は人に見られる仕事をしているわけだし」
「わかってる。気をつけるよ。美味しいの見つけたら、また買ってくるね」
もうケーキビュッフェに気軽に行かれない俺と母さんは、そうやってたまに美味しいスイーツを食べるしかない。
「それより、体調はどう?」
「ん? まあまあね。ずっと起きてると疲れるけど、それは仕方ないわね」
「うん。無理しちゃダメだよ」
「わかってるわよ」
そんな感じで、俺は母さんととりとめもなく話をした。
うちは母一人子一人だからか、元々母さんと仲がいい。だから、母さんが元気なときも時間があればスイーツでも食べながら話をしていた。
それは母さんが入院しても変わらない。
こうやって差し入れを持ってきて、母さんに食べて貰いながら、どうってことのない会話をする。俺にとっては、それが息抜きのひとつだ。
ただ、こうやって話していても母さんは辛いとか一切言わないし、自分のこの先も何も言わない。それは、何も考えてないからなのか、それとも俺に心配かけるからなのかわからないけれど、恐らく後者だろうと思う。
弱音を吐かないのは母さんらしいけれど、こうまで何も言わないと逆に不安になる。自分の死期とかわかってるんだろうか。
そう考えると、俺の方が元気がなくなる。
「柊真。何考えてるの。疲れているなら帰りなさい」
「ごめん。そんなんじゃないよ。明日の撮影のこと考えてただけ」
ちょっとでも俺の元気がないと気づく母さんの前では、考えすぎるのは気をつけないと。
そうしているうちに、夕食の時間になった。
「もうこんな時間だし、明日も撮影なんだから、もう帰りなさい」
「わかった。じゃあ、また来るね」
「あまり無理しちゃダメよ」
「母さんもね。じゃね、バイバイ」
病室を出て、小さく息を吐く。
病気の母さんに心配かけてどうするんだ。俺が母さんを励まさなきゃいけない立場なのに。
ダメだな、俺。
亜美さんとの熱愛、なんてありもしないことをでっち上げられて、颯矢さんへの告白は軽くあしらわれて。それで凹んでいることを母さんに見破られ、そんな母さんの死期について考えて。今日はツイてないな、と思う。
いや、颯矢さんに軽くあしらわれるのはいつものことか。母さんのことを考えると暗くなるのは、最近はいつもそうだし。亜美さんとのことが響いたかなぁ。
もし、撮影現場で仲良く話しているのがでっちあげの大元だとしたら、これから続く撮影がしんどくなる。そして撮影現場を知っているってことは誰かがリークしているんだろうし。そんなことを考えたら凹んで当然だ。
あー。せっかく美味しいあんドーナツ食べたし、母さんにも会ったのに。
いつもなら元気の出るセットなのに、今日はダメらしい。コンビニで弁当とスイーツ買って帰ろう。それでお風呂にでも浸かれば少しはすっきりするだろう。
明日もまた撮影だから少しでも元気回復しなければ。
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