あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼

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出会い5

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「愛してるよ」
  
 樹くんはそうやっていつもさらりと言う。恥ずかしげもなく。言っている本人は恥ずかしくないらしく、逆に言われているこちらの方が恥ずかしくなる。
 でも、そうやって愛してくれている樹くんだけど、僕は性別のことが頭から離れたことがない。
 アルファが選ぶのは同じアルファかオメガだ。アルファは、優れた種を残すために同じアルファの女性を選ぶし、直接的に子孫繁栄を願うなら、出産率の高いオメガを選ぶ。どちらにしてもベータを選んだなんて聞いたことがない。
 ただし、オメガの多い家系に生まれたベータはホルモン剤投与やその他方法によってオメガに転生する場合がある。だからそういったベータはまだ好まれるかもしれない。
 僕は、オメガの多い家系のベータだ。だから母は僕に散々ホルモン剤を投与した。そのために通った病院はどれくらいだったのか、もう覚えてもいない。
 ただ一つわかっているのは、どれだけホルモン剤を打ってもオメガにはなれなかった。それだけだ。
 だから、怖いんだ。いつか、アルファがいい、オメガがいいと言われないかと。
 僕は男だから樹くんの種を残すことはできない。樹くんの種を残すのならオメガじゃないといけない。でも、僕はオメガになれなかったベータだ。
 今は僕を愛してくれている樹くんだけど、いつか自分の子供を欲しいと思ったときに僕がオメガなら良かったのにって思う日がくるかもしれない。いや、来るだろう。それが怖いのだ。
 そのとき樹くんは母と同じように僕のことを出来損ないのベータ、と呼ぶのだろうか。
 だって樹くんは総合商社、Kコーポレーションの御曹司だ。いつか、子供を、と言ってもおかしくない。だから僕はいつでも身を引けるように、あまり樹くんを好きにならないようにしている。なかなかうまくいっていないけど。
 一度、樹くんに訊かれたことがある。なぜそんなに自分を卑下するのか、と。そのときに父と母のことを話した。加賀美は、他家の優秀なアルファやオメガと婚姻を結ぶことで権力をものにしてきたこと。そして、生まれた僕がオメガでなくベータで父が見向きもしなかったこと、後天性オメガになるように、何度となくホルモン剤を投与されてきたことを話した。加賀美ではベータは出来損ないの性だと言われていることを。
 それを聞いた樹くんは、険しい顔をして聞いていた。

「そうやって言われて育ったのなら、そう思ってしまっても仕方ないと思うけど、ベータは出来損ないなんかじゃないよ。世の中にはベータが一番多いんだよ。アルファやオメガの方が少ないし」
「でも、だから。一番多いから。希少性の高いアルファやオメガの方が生まれながらに優秀なんだ」
「っていうか、出来損ないの性別なんていないんだ。だから、これからはβだからなんて卑下しないで。優斗は俺にとって唯一無二の存在だよ。性別なんて関係ないんだ」

 そう言って僕の頭を撫で微笑んでくれる樹を好きに生ってしまうのは仕方がないと思う。人生で初めて僕を愛してくれて、性別で僕を見ないでくれるんだ。
 でも、いつの日か樹くんが子供が欲しいと言って僕以外のアルファの女性やオメガの元へ行ってしまってもいいようにしておかないと自分が苦しいから。
 だから、できるだけ樹くんを好きにならないように気をつける。そして出来損ないのベータだと忘れないように、自分に言い聞かせるのだ。
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