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俺と彼女の、せいしをかけた戦い
優越感
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「どういうこと? それ?」
梨本さんが問い返してくる。
いやいや、頭のいいお前ならわかるだろ。
ってか言葉通りの意味だから、馬鹿にでもわかるはずだろ?
でもまあ……ははっ。そうだろそうだろ。そりゃそうだ。誰もこんな可能性を考えない。
俺は呆然としている梨本さんを見て、特殊な優越感を覚えていた。
これだよこれ。
この安堵感こそを俺はずっと求めていたのだ。
「なんだよそのアホみたいな顔は。唯我独尊女らしくもない」
俺は、俺の境遇をなにも知らない他人から無責任な糾弾を受け、それに対して「仕方なかったんだ!」と正論を返したかった。
その行為でいまの自分を、吉良坂さんを絶望させてしまった自分を慰めたかった。
正当化したかった。
「産まれつきそうなんだ。俺は子供がどうやったって作れない身体なんだ。精巣はあるけど精子を作り出せない。ほかに類を見ない症例だってよ」
その診断を受けたときの、両親の反応を思い出す。
あれは俺が中学生のときだったか。
同級生たちのオナニー自慢を聞いて心配になり、恥ずかしさを押し殺して父親に相談した。
すぐに病院に連れていかれ、医師から絶望を告げられた。
――銀くんは子供を産むことができません。私も初めて見ました。
こんな身体に産んじゃってごめんね、と泣いていた母さんの姿はいまも忘れない。
「でも」
梨本さんが言い返してくる。
すまんが、これも想定内だ。
「別に子供がいなくたって帆乃はあんたと! いまは新しい家族の形なんていっぱいあるし!」
「それは全部選べる側の人間が言い出したことだろ!」
声を張り上げているのに、心の中にいる自分はひどく冷静で、ひどく醜い顔で笑っている。
いままでため込んできた鬱憤を晴らすのにちょうどいい場面が来たと、脳が次々に言葉を生成し、口から吐き出せと命令してくる。
「俺は子供を作れない。それしか選べないんだ」
ああ、ほんと最低だな。
この境遇も、俺自身も。
「新し家族の形だ? ふざけんな! 世間には残ってるじゃねぇか。一生独身を貫く人を特殊だとか可哀そうだと蔑む文化が! 結婚しないことを新しい価値観だなんて差別するネット記事が! 結婚した芸能人に『お子さんの予定は?』なんて当然のような顔して聞く記者が!」
でも、どうすることもできないのだから、仕方がない。
「出来ちゃった婚の概念だって、子供と結婚が繋がってる証拠だろ! 新しい家族の形なんて、好きなように家族の形を選べる人間が言ってるだけだ! 自分は普通じゃありません、あえて特殊を選んだ特別な人間だって自慢したいだけなんだ! 最初からそれしか選べなかった人の気持なんか考えもしてないんだ!」
吐き出しきってはいないが、もういいだろう。
全力で走った後みたいに息が上がっていた。
いつの間にか、梨本さんの手は俺から離れていた。
「ごめんなさい。いまのは私の失言だった。考えが足りてなかった」
気まずそうに謝罪してくる梨本さん。そうだ。俺が悪いんじゃない。仕方なかったんだ。吉良坂さんのことを第一に考えてる梨本臨が非を認めてるんだから、俺はなにも悪くないんだ。
「でも、それでも帆乃はあんたのことが……。子どもの存在なんかどうでも」
「それじゃ、だめなんだ」
そう言い出すってことは、梨本さんはどうやら知らないみたいだ。
吉良坂さんがどうしてこんなにも子供にこだわるのか。
親友なのに教えてもらえなくて、ざまあみろ。
これまで俺を散々もてあそびやがって、ふざけんな。
でも、これから吉良坂さんの真実を告げるのは、意地の悪い仕返しなんかじゃない。
俺の正当性をさらに強固なものにするためだ。
「吉良坂さんには、おじい様とやらが決めた結婚相手がいるんだ。それで、それを覆すには身籠るしかないって、俺の精子を求めてた。でも、俺にはその精子がない。作れない。そういうことだ」
「なに、それ」
梨本さんが目を見開いて、よろよろと交代する。
「私、そんなの知らない。聞いてない!」
取り乱す梨本さん。親友に隠しごとをされていた。たったそれだけでこんなに取り乱すなんて、ほんとに梨本さんは吉良坂さんのことを大事に思ってんだな。
「最初から俺たちは相容れなかったんだ。スタートラインに立つことのない二人なんだ。繋がることが無理な二人だったんだ」
「だからなによそれ! 私、そんな大事なこと聞いてない。許嫁ってこと? 知らない。聞いてない」
その後も、「知らない。聞いてない」を梨本さんは繰り返し続けていた。
もしかしたら、俺がここにいることすらもう忘れているかもしれない。
俺は、混乱状態の梨本さんを残して屋上から立ち去った。
俺が求めていた慰めを梨本さんから与えてもらったはずなのに、俺の正当性が証明されたはずなのに、なぜだかうまく歩けない。
梨本さんが問い返してくる。
いやいや、頭のいいお前ならわかるだろ。
ってか言葉通りの意味だから、馬鹿にでもわかるはずだろ?
でもまあ……ははっ。そうだろそうだろ。そりゃそうだ。誰もこんな可能性を考えない。
俺は呆然としている梨本さんを見て、特殊な優越感を覚えていた。
これだよこれ。
この安堵感こそを俺はずっと求めていたのだ。
「なんだよそのアホみたいな顔は。唯我独尊女らしくもない」
俺は、俺の境遇をなにも知らない他人から無責任な糾弾を受け、それに対して「仕方なかったんだ!」と正論を返したかった。
その行為でいまの自分を、吉良坂さんを絶望させてしまった自分を慰めたかった。
正当化したかった。
「産まれつきそうなんだ。俺は子供がどうやったって作れない身体なんだ。精巣はあるけど精子を作り出せない。ほかに類を見ない症例だってよ」
その診断を受けたときの、両親の反応を思い出す。
あれは俺が中学生のときだったか。
同級生たちのオナニー自慢を聞いて心配になり、恥ずかしさを押し殺して父親に相談した。
すぐに病院に連れていかれ、医師から絶望を告げられた。
――銀くんは子供を産むことができません。私も初めて見ました。
こんな身体に産んじゃってごめんね、と泣いていた母さんの姿はいまも忘れない。
「でも」
梨本さんが言い返してくる。
すまんが、これも想定内だ。
「別に子供がいなくたって帆乃はあんたと! いまは新しい家族の形なんていっぱいあるし!」
「それは全部選べる側の人間が言い出したことだろ!」
声を張り上げているのに、心の中にいる自分はひどく冷静で、ひどく醜い顔で笑っている。
いままでため込んできた鬱憤を晴らすのにちょうどいい場面が来たと、脳が次々に言葉を生成し、口から吐き出せと命令してくる。
「俺は子供を作れない。それしか選べないんだ」
ああ、ほんと最低だな。
この境遇も、俺自身も。
「新し家族の形だ? ふざけんな! 世間には残ってるじゃねぇか。一生独身を貫く人を特殊だとか可哀そうだと蔑む文化が! 結婚しないことを新しい価値観だなんて差別するネット記事が! 結婚した芸能人に『お子さんの予定は?』なんて当然のような顔して聞く記者が!」
でも、どうすることもできないのだから、仕方がない。
「出来ちゃった婚の概念だって、子供と結婚が繋がってる証拠だろ! 新しい家族の形なんて、好きなように家族の形を選べる人間が言ってるだけだ! 自分は普通じゃありません、あえて特殊を選んだ特別な人間だって自慢したいだけなんだ! 最初からそれしか選べなかった人の気持なんか考えもしてないんだ!」
吐き出しきってはいないが、もういいだろう。
全力で走った後みたいに息が上がっていた。
いつの間にか、梨本さんの手は俺から離れていた。
「ごめんなさい。いまのは私の失言だった。考えが足りてなかった」
気まずそうに謝罪してくる梨本さん。そうだ。俺が悪いんじゃない。仕方なかったんだ。吉良坂さんのことを第一に考えてる梨本臨が非を認めてるんだから、俺はなにも悪くないんだ。
「でも、それでも帆乃はあんたのことが……。子どもの存在なんかどうでも」
「それじゃ、だめなんだ」
そう言い出すってことは、梨本さんはどうやら知らないみたいだ。
吉良坂さんがどうしてこんなにも子供にこだわるのか。
親友なのに教えてもらえなくて、ざまあみろ。
これまで俺を散々もてあそびやがって、ふざけんな。
でも、これから吉良坂さんの真実を告げるのは、意地の悪い仕返しなんかじゃない。
俺の正当性をさらに強固なものにするためだ。
「吉良坂さんには、おじい様とやらが決めた結婚相手がいるんだ。それで、それを覆すには身籠るしかないって、俺の精子を求めてた。でも、俺にはその精子がない。作れない。そういうことだ」
「なに、それ」
梨本さんが目を見開いて、よろよろと交代する。
「私、そんなの知らない。聞いてない!」
取り乱す梨本さん。親友に隠しごとをされていた。たったそれだけでこんなに取り乱すなんて、ほんとに梨本さんは吉良坂さんのことを大事に思ってんだな。
「最初から俺たちは相容れなかったんだ。スタートラインに立つことのない二人なんだ。繋がることが無理な二人だったんだ」
「だからなによそれ! 私、そんな大事なこと聞いてない。許嫁ってこと? 知らない。聞いてない」
その後も、「知らない。聞いてない」を梨本さんは繰り返し続けていた。
もしかしたら、俺がここにいることすらもう忘れているかもしれない。
俺は、混乱状態の梨本さんを残して屋上から立ち去った。
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