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俺と彼女の、せいしをかけた戦い

おかしな二人、おかしな私【臨視点】

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「言われた通りちゃんと渡したわよ」

 私は階段の踊り場で帆乃に電話をかけている。

「うん、ありがとう。臨」
「ってかあんたらいい加減連絡先くらい交換しなさいよ」
「それは……ごめん。なんか、タイミングがなくて」
 
 帆乃の苦笑いが聞こえてくる。ああ、だめだ。声色が変だ。金曜日、中華料理屋で食事をしていたときの帆乃はこんなじゃなかったのに。

「まあいいわ。あなたが男子にポンポン連絡先を聞けるようになるわけないし」
「……ははは。返す言葉がないです」
「でもそんなあなたがいきなりどうしたの? 次がラストチャンスの気持ちでのぞむって」

 土曜日の朝、わざわざ私の家まで来て、

『次がラストチャンスの気持ちでのぞむから、作戦に対するアドバイスが欲しい』

 と負ければ引退の大勝負に挑むスポーツ選手みたいな顔で相談された。そんな顔をするくらい、帆乃は絶対に宮田下くんとエッチがしたい、子供が欲しいってことなのだろう。

「えっとね。その……いつまでも私のわがままのために宮田下くんの時間を奪うのは違うかなって。だから今日、大勝負をかけようかなって」
「そういうこと。ま、頑張んなさいよ」
「ほんとにありがとね。臨」
「いいって別に」

 帆乃との電話を終えた後、私はスマホを力いっぱい握りしめていた。

 どうして私は怒ってるんだろう。

 自分に関係のないことで、冷静さを失っているんだろう。

「帆乃……」

 親友の名前を噛みしめるように呟く。

 なぜ帆乃が急に本気になったのか。

 どうして宮田下と付き合いたいじゃなくて、いますぐ宮田下とエッチがしたいなのか。

 ついに帆乃の口から語られることはなかった。

 私から見れば、もうすでに宮田下は帆乃に惚れている。

 つき合うことさえできれば、時間はかかるかもしれないがエッチくらいできるだろう。

 恋愛素人が、どうしていろんな順序をすっ飛ばそうとするのか。

 恋人関係かそうじゃないかで、エッチへのハードルは違ってくると思うのだけど。

 帆乃が家族に憧れていていち早くお母さんになりたいと思っているから、が理由だと言われれば、まあ納得しなくもない。

 だけど、なんとなく違和感がある。

 宮田下がすぐに肉体関係を求めるような女は嫌いだと公言しているなら、彼のタイプに合わせてそういう女子を演じるのがやっぱり筋なはずだ。

 エッチは後回しにしてつき合うことを優先し、ゆっくりと宮田下の考えを解きほぐしていった方がいい。

 その方が結婚という目的の達成可能性は高いはず。

 なんなら純情を演じるだけで宮田下の方から告白してきた可能性だってあった。

「バカ田下もバカ田下だよ」

 私は壁に背中を預けて舌打ちをする。

 帆乃もかなりおかしいが、宮田下だって負けず劣らずおかしい。

 あんなに魅力的でエロい身体つきの帆乃が目の前にいて襲わないなんて、本当に男なのだろうか。

 そういう雰囲気が出来上がっていないわけではないのに。

 童貞だからその雰囲気がわからない、エッチにまで持っていく技術がないなんて陳腐な理由じゃないと、私は思っている。

 ま、そんな二人だからこそ、ここまで面倒臭いことなっているのだろうけど。

 私は身体の中にたまっていた不満を吐き出すように空気をゆっくりと吐き出してから、思い切り壁を蹴った。
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