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猫コスプレをかけた戦い

匿名性は最高だぜっ!

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「どうして宮田下様も帆乃様も口をぽかんと開けておられるのですか? 当然でしょう。宮田下様に帆乃様をなんでもしていい権利なんか渡したら、なにをしでかすか。きっとお嬢様にエッチなことばかりするよう強制して、最後には性奴隷にして海外へ売りさば」
「しないから! 俺がそんなことできるわけないだろ!」

 俺が否定すると、草飼さんは冷めた目を俺に向けてから、ごほんと咳ばらいをした。

「というわけで」

 なにが、というわけで、なんだよ!

「最終的に帆乃様に命令するのは、常識と礼節を弁えております私、草飼になったというわけでございます!」
「それなら安心だねってなるわけあるか! この中で一番狂ってるのはあんただろ! あんたに任せるのが一番危険だよ!」
「なにを言っておっしゃいますか。私は歴とした帆乃様のメイド。これを機に普段こき使われている鬱憤を晴らそうなどとは微塵も思っておりません」
「はい本性でましたー。オブラートに包む気もありませんでしたー」

 俺はなにがなんだかわかっていないという感じで草飼さんを見つめる吉良坂さんの肩に手を置く。

「吉良坂さん、絶対に草飼さんの言うことは聞いちゃだめだからね」
「だけど草飼は正真正銘のメイド。だったらその指示を仰いだ方が」
「吉良坂さんがさっきメイドのメの字もわかってないって言ってたんだよ?」
「はっ、そうでした」
「精子かけ論……ではなく水掛け論中申しわけございませんが、帆乃様はすでに私の手の中に落ちております」

 不敵な笑みを浮かべた草飼さんが、吉良坂さんの腕についている銀のリングを指さす。

 あ、精子かけ論には触れないよ。

 そういう論文があるのだとしたら、それを書いた教授はエロ大学エロ学部の首席ですね。

「実は帆乃様は、そのリングによって私の言ったことをなんでも実行してしまう身体になっているのです。脳波をなんやかんやして操るそうです。そしてそのリングは、五回言うことを聞くまで決して外れない仕組みになっております」

 へー、なるほどー。そんなすごい機械があるのかぁ……って。

「ちなみに草飼さん。つかぬことをお伺いしますが、そのリングを作ったのは」
「はい。当然、梨本臨様でございます!」
「やっぱりね!」
 
 そうだと思ったよ!

 組んではいけない二人が手を組んでしまったぁ!

 ってか梨本さんってほんとに吉良坂さんの親友なんだよね?

 この後、俺は吉良坂さんを守るため草飼さんに必死で抗弁した。

 それにより、俺と草飼さんが五枚の紙に指令を書いて箱の中に入れ、それをランダムに五枚引くという方式に落ち着いた。

 ほんと、ここまで持っていった俺を褒めてほしいよ。

 じゃなきゃ吉良坂さんがなにされるかわかんないもんね。

 草飼さんの命令なんてきっとどエロいことばかりだろうから、吉良坂さん恥ずか死ぬよ。

 ……あれ、どエロい命令?

 なんか俺、余計なことした…………なわけないよね!

 男として当然の責務を果たしたんだ!

 この試合に勝って勝負に負けた感の正体は何故?

「ねぇ、宮田下くんは私になにをしてほしいって書いたの?」

 いつのまにか隣に立っていた吉良坂さんに耳打ちされる。

「そ、それは、色々だよ」
「後でこっそり教えてくれたら、私、それ全部やってあげるよ?」
「そんなのいいって」
「いちゃついてるところ悪いですが、早速私から紙を引かせていただきます」
「いちゃついてない!」

 そんなこんなで、草飼さんが箱に手を入れて紙を一枚取り出す。

 ちなみに、この役目は草飼さんと俺が順番にやることになっている。

 草飼さんだけに引かせるなんて危険だからね。

 草飼さんの紙だけに細工がされてあったら、ランダムとは呼ばなくなる。

 そう。

 これはランダムに引くからいいのだ。

 しかも匿名だから誰が書いたかわからない。

 だからこそ俺がどんな命令を書いても、それは草飼さんが書いたんだって責任を押しつけることができる。

 まあひどい命令なんか書いてないけどね。神に誓ってしてないけどね。ほ、ほんとだよ? 無難な指令を書いておいたから。一番エロいので、また膝枕してほしいなぁって書いたくらい。別にまたおっぱいを枕にしたいなんて書いてないんだからね!

 吉良坂さんが俺専用の枕で、身体のどこを枕にしてもいいと言ってきてたとしても!

「あ、そういえば」

 草飼さんが箱の中をガサガサさせながら、にやりと笑う。

「これ匿名性ですけど、二人しか入れてないんで筆跡でどちらかバレますね」

 しまったぁああ! そこまで考えてなかったああああ俺のバカああああ頼む無難なの引かれて引かれて引かれてっ!

 胸の前で手を組んで神に祈る。

 草飼さんが箱の中から一枚紙を取り出した……って、えええ! 俺の紙より一回りでかい! こんなのもはやランダムでもなんでもないよ!

「では最初の指令は」

 草飼さんの唇が一瞬その動きを止める。

 ごめんなさい吉良坂さん。

 あなたにどエロいことをしてもらわないといけないかもしれません。

 俺はまったく全然これっぽっちも望んでいないのですが、草飼さんが選んだので仕方ないことなのです。

 さぁ!

 俺はいったいなにを見ることができるのか!

「『ご主人様においしい紅茶を入れてあげる』です」

 あ、あれぇ? なんか普通だし、めっちゃメイドっぽい指令。

「なんですか宮田下様。そんな『え、普通じゃん、がっくり』みたいな顔をして」

 草飼さんが不敵に笑う。

「い、いやぁ、あははははは」
「帆乃様にはメイドとして振る舞ってもらうので、こういう指令になるのは必然かと」
「そ、そうですよねぇ」

 はめられた!

 これは俺の書いた指令の方がヤバいまであるぞ!

 顔から血の気が引いていくの意味を、俺は身をもって思い知った。
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