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最終章 3 ミライへ

守るべきものがあるから

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「ミライっ、マーズっ、大丈夫……か?」

 上半身を起こしながら、少し離れたところで横たわるミライとマーズに呼びかける。

 二人は折り重なるようにして倒れており――当然のようにマーズが下敷きになっているのは本当にすごいと思います!

「この程度で倒れていたらドMの名が廃るわ。もっと攻撃が欲しいくらいよ」

 ミライの下敷きになっているマーズが、にやにやしながら返事をくれる。

 強がってはいるが、かなりのダメージを食らっているのは明白だ。

 俺たちの壁になってくれたために、より大きなダメージを受けたのだろう。

 そして――ミライはなにも言ってくれない。

「ミライ? おい、ミライ?」

「大丈夫、息はあるわ。気絶しているだけみたい」

 代わりにマーズが返事をしてくれた。

 俺の想像以上に、ミライはこれまでの戦闘でダメージを受けていたみたいだ。

「ああっ、気絶したミライさんの体ってこんなに重いのね! いい! この状況はすごくいいわ!」

 マーズはまだ強がっているが、かなりのダメージを食らっているのは明白か?

 こんな状況でもドMを発揮できるってある意味すごいのでは?

「っんぁっ! ミライさんの体が重いって言った瞬間に肘で背骨をぐりぐりとされた気がするっ! ああっ、最高のご褒美だわっ!」

 それはドMの変態だけが感じられる錯覚ではないでしょうか?

 だって、さっきミライは気絶してるって言ったからね?

 ……と、こんな時でもドM妄想力を発揮しているマーズは置いといて。

 現状、戦える状態にあるのは俺だけ。

 ミライは気絶中で、マーズもダメージを食らって動けない(ということにしておこう)。

 まあ、俺だってダメージは食らっているが、当たり所の関係なのかミライやマーズより体へのダメージは少ない。

 痛む体に鞭打ってなんとか立ち上がり、アテウを睨みつける。

「ほぉ、まだ立ち上がるか」

 アテウの見下した笑い声が響き渡る。

「どうだ? 仲間に攻撃される気分は?」

「ムカついてるよ。悪趣味なことを考えるお前にな」

 アテウに言い返すが、下卑た笑いで返されるだけ。

「ちなみに私は少し興奮してしまったわ!」

「マーズは黙ってろ! 普通にヤバい状況なんだから!」

 もう!

 マーズがいるせいで、シリアスになり切れないんだよ!

「ほぉ、まだツッコむ余裕があるか。そんなボロボロの状態で強がられても滑稽なだけだぞ」

 アテウは少しだけ感心したように呟き。

「その女と同じく、ドMだと認めて攻撃されることを素直に悦べ」

「そっちの意味の強がるかよ! 俺はてっきりボロボロの状態でも立ち向かおうとしてることを言ってるのかと思ったよ」

「そういうことにしてもいいぞ」

「そういうことにしかならないんだよなぁ!」

「わかったわかった。ボロボロの状態でも立ち向かってくるなんて、コッケイナダケダゾ」

「最後が棒読みだった気がするんだが……本当に強がりかどうか、試してみるか?」

 不敵に笑ってみたものの、正直、ただのはったりだ。

 こんなボロボロの状態で勝てるわけがない。

 だけど逃げるわけにはいかないし、自分から戦いを辞めるわけにもいかない。

 俺は、最後の力を振り絞って【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】化する。

「おとなしく倒れていればいいものを」

 笑い声をすっと収めたアテウが、ゲンシドラゴンの方に手を伸ばす。

 ゲンシドラゴンは空へ咆哮してから、俺たちの方に歩きはじめた。

 操られているコハクちゃんたちは、みんな動きを止めている。

「さて、今度はこいつと戦ってもらおうか。友達と戦うよりは本気が出せるだろう。倒れたままのそいつらも守らないといけないからな」

 アテウが、ミライとマーズを指さしながら笑う。

 俺は空虚な強気を保つために、あえてアテウを煽ることにした。

「ドラゴンだけで大丈夫なのか? こっちは全員まとめて相手にするつもりだったんだが」

「なに、もっといたぶって楽しみたいだけだ」

「その油断が命取りになるぞ」

「それが当てはまるのは強者同士の戦いだけだ。これまでは友達相手だと言いわけができたが、どうせお前は本気を出しても負ける運命だ。仲間も守れず、自分の弱さに絶望するしかない」

「やってみなきゃわかんねえよ!」

 叫びつつ、ゲンシドラゴンへ走って近づく。

 ミライたちから離れた場所で戦わないと、意図せぬところで巻き添えになったら目も当てられない。

「【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎上翔砲えんじょうしょうほう】!」

 軽く飛び上がって、炎龍を纏わせた拳を漆黒龍の腹に向かって打ち込もうとする。

 しかし、漆黒龍はでかい図体のくせして以外に素早く、簡単によけられてしまった。

 勢い余ってバランスを崩している俺の元に黒光りする爪が振り下ろされるが、なんとか体勢を立て直し、炎龍を纏わせた拳で迎え撃つ。

「――くっ」

 余力たっぷりのゲンシドラゴンと満身創痍の俺。

 どちらが優勢かは明白だった。

 拳に纏わせた炎龍が消えかかっているのを察した俺は、後方にジャンプして距離を取ろうとするが。

「しまっ……がっぁっ!」

 着地の間際に、ゲンシドラゴンが振り回した巨大な尻尾による攻撃を脇腹に受けてしまう。

 吹っ飛ばされた俺の元に黒炎のブレスが襲い掛かる。

「【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎舞龍夢エンブレム】」

 巨大な炎龍を顕現させてブレスを迎え撃つ。

 持てるすべての力を込めた結果、なんとかブレスを相殺することに成功したが――ゲンシドラゴンの頭上に巨大な暗黒エネルギーの塊が発生していた。

 不気味に輝くそれは、まるで世界中の悪意をすべて集めたかのような漆黒で、いまもなお大きく膨れ上がっている。

 ああ、アン〇カさんはあの黒をどんな黒と表現するんだろう、白は二百色、黒は三百色あんねんな……じゃなくて。

「マジ、かよ」

 ゲンシドラゴンが咆哮した直後、その巨大な暗黒エネルギーが俺に向かって直進しはじめた

 速度自体は遅いが、倒れたまま動けない俺は躱すことができない。

 尻尾の直撃を食らった脇腹からは流血しているし、肋骨が何本か折れているのか、息を吸い込むたびに腹部に激痛が走る。

 しかもゲンシドラゴンに油断はないようで、暗黒エネルギーの背後で、すでにブレスを出そうと準備している姿も目撃してしまった。

「……無理だ」

 どうやって巨大な暗黒エネルギーの直撃を防ごうかと考えていたが……俺は諦めてしまった。

 だって、仮に暗黒エネルギーの直撃を防げたとしても、その後のブレスを防ぐ手立てがないのだ。

 どうせやられる。

 そう考えてしまったばかりに、体から急に力が抜けていく。

 飛びそうになる意識に抵抗することなく、目を閉じて運命を受け入れようと。

「誠道さん!」

 気絶しているはずのミライの声が、諦めの沼に沈もうとする俺の元に届く。

 倒れたままのミライが、なにかを乞うような目でじっと俺を見ていた。

「……ミ、ライ」

 心臓がどくんと爆発するように鼓動した。

 閉じかけていた目をかっと見開く。

 ああ、そうだ。

 なにやってんだ俺は。

 なに勝手に諦めてんだ。

 俺が諦めたら、ミライはどうなる?

 マーズはどうなる?

 コハクちゃんや心出たちに、仲間殺しの罪を背負わせるつもりなのか。

 絶対に諦めていい場面じゃなかった。

 日本で引きこもっていた時とは違う。

 どれだけ絶望的な状況でも、勝てないとわかっていても、俺は勝たなければいけない。

 諦めてはいけない。

 俺の心の中には守るべき大切があるのだから。

 もう一度ちらりと振り返ると、先ほどの声は幻聴だったのか、ミライは目を閉じてぐったりとしていた。

「うあぁあああああ! 【炎鬼殺燃龍奥義ひきこもりゅうおうぎ炎舞龍夢エンブレム】ッ!」

 残りの力をすべて振り絞って超巨大な炎龍を顕現させ、暗黒エネルギーを迎え撃つ。

 倒れて動けないのに、力なんかもう残っていないのに、みんなを守りたいって思うだけで力が湧き上がってくる。

 こんな巨大な炎龍を出せるほどの力が残っていたなんて驚きだ。

 でもこの攻撃で相殺できるかどうか……いや、いまさらできなかった可能性を考えても仕方がない!

 この後のブレスを動けない体で、なにもできない状態でどう防ぐか。

 考えろ、考えろ、なんでもいいから考えるんだ!

「誠道くん! 一人で戦わせてごめんなさい!」

 その時、後方からマーズの声が飛んできた。
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