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最終章 2 フェニックスハイランドはきっと貸し切り

今日は記念日

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「なぁ、ミライ。ちょっといいか?」

 オムツおじさん失踪事件も無事に解決し。

 俺はリビングのソファで背伸びをした後、マダムさんが来て中断していた昼食づくり(もう夕食の時間になってしまった)を再開させたミライに声をかけた。

「はい。なんでしょうか……って」

 ぐつぐつ音を立てている鍋の前にいたミライは片手間で返事をしていたが、突然火を止めてがばっと勢いよく振り返った。

「こういう時、いつもは私からなにか提案することになってるはずなのに……まさか今回は誠道さんが借金を増やしてきた?」

「確かに思い返せばそうかもしれないけどそうじゃねぇわ。ってか、ついさっきマダムさんから報酬を貰ったんだから借金は減るはずだろうが」

 しかもかなり額を。

 さすが、オムツおじさんを二億リスズで落札したマダムなだけある。

 俺には、オムツおじさんにそこまでの価値を見出せないけど、ま、自分にとってのガラクタが他人にとっての宝物ってケースはよくあることだしね。

「……え? 借金が、減る?」

 俺が謎の考え事をしていると、なぜかミライがきょとんと首を傾げた。

「いきなり意味のわからないこと言わないでくださいよ。追い詰められた政治家じゃないんですから」

「ミライはあの金をなにに使うつもりだ!」

 たしかに、窮地に陥った政治家は、「命とは生命です」みたいな感じで変なこと言いがちだけどさ。

「普通に借金を返せよ。ギャンブルで一攫千金とか考えてるならそれは」

「ギャンブルなんて、私はそんな無駄なことしませんよ」

 ため息をついたミライは、昼寝をする赤ちゃんに向けるような、慈しみたっぷりの笑顔を浮かべながらつづけた。

「あのお金は、私たちのためにきちんと使いますから」

「つまり借金を返済するってことだな。あーよかったよかった」

「だから、そんな無駄なことはしませんって。しかもただ返済するだけなんて、ギャンブルよりも無駄じゃないですか」

「そんなわけあるか! 本当に俺たちのためを思ってるなら、ちゃんと借金返せよ! 使うって言葉が選ばれた時点でなんか嫌な予感しかしてなかったけどさ!」

 さっきから意味のわからないことを言っているのは、追い詰められた政治家じゃなくてミライの方でしたっ!

「誠道さん、そこまで心配しなくても大丈夫です。ちゃんと私たちのために使用しますから」

「類義語にすればいいってわけじゃねぇぞ! そもそも私たちのためって言葉で曖昧にせず、きちんと借金を返すって宣言してくれないかな?」

「曖昧……ですか。私たち……曖昧な、曖昧…………」

 なぜか急に、含みのある言い方をしたミライは、ちょっとだけ不機嫌そうにプイっとそっぽを向いた。

「そもそも、オムツおじさんを見つけたのはこの私です。なので、マダムさんからの報酬をどう使うかの権限を持っているのはこの私です」

 意地を張る子供のような態度を見せたミライはそそくさと調理を再開し、じゃげぇもという名のジャガイモによく似た芋を切り始めた。

 くそぉ。

 こういうやり取りがしたかったわけじゃないのに。

 まあでも、お金の使い道を決めておくのは大事だからね。

 遺言がなかったばかりに、いや遺言が残されていたって、骨肉の遺産争いを繰り広げて関係がめちゃくちゃになる人たちなんてざらにいるわけだし。

 とかなんとか言ってあれこれ理由をつけようとするのは俺の悪い癖だ。

 ついさっきマーズからも言われただろう。

 ただ勇気がないだけだって。

 好きな子をデートに誘えない男が、いったいどうしたら告白なんてできるというのだろう。

 ってかじゃげぇもって、この世界には孫〇空でもいるのかよ!

「あの、さ、ミライ」

「……」

 ああそうですか無視ですか。

 でも肩がぴくってなったから、聞こえていないわけではないのだろう。

 俺のうるさすぎる心臓の音は、聞こえていないといいんだけどなぁ。

 さぁ、全世界の引きこもりのみんな、おらに勇気を分けてくれぇ!!!

「その、マダムさんからの報酬で、フェニックスハイランドを一日貸切る権利をもらっただろ?」

「……」

 ミライがじゃげぇもを切る音が、ちょっとだけ不規則になる。

「それで、そのぉ、もしよかったら二人で、その、でででで、でででで、デートっていうか、遊びにいかないかなぁっていう誘いっていうか、まあその、権利は使わないともったいないっていうか、そういうやつで……」

「ふふっ」

 可愛らしい笑い声が、ミライの方から聞こえてくる。

「何回言い直せば気がすむんですか。でででで、でででで、って、なにかが出てくるときの効果音かと思いましたよ」

 包丁を置いたミライが振り返る。

 その眩い笑顔に網膜を焼かれそうになっているのに、俺はミライの笑顔から目を逸らすことができなかった。

「でもすごく嬉しいです。私も、ぜひ誠道さんと一緒に遊びに行き……あっ」

 そこで言葉を止めたミライは、ちょっとだけ頬を赤らめて。

「デートに行きたいです。よろしくお願いしますね」

 わざわざそう言い直してきた。

「お、おう」

 なんか急に超絶怒涛系な勢いで恥ずかしくなって、俺はミライに背を向けて目を閉じた。

 胸に手を当て、皮膚を突き破ろうとせんばかりの勢いで膨れ上がる心臓を、なんとか抑え込む。

 さっきのミライの眩い笑顔が、頭から離れてくれない。

「よしっ、今日は誠道さんがデートに誘ってくれた記念で、いつもより豪華にしましょう。ゴブリンの睾丸をたくさん使いましょう!」

「いや、それは普通にやめてくれ」

「なんでですか? 料理しないくせに料理に文句言うなんて、一番やっちゃいけないことですよ」

「まともな食材を使うようになってからそのセリフは聞きたいなぁ」

「誠道さんがまともにデートに誘える日はくるんでしょうかねぇ、ふふふ」

「うるせぇ。あー、色々あって昼食べられなかったからお腹空いた。この際ゴブリンの睾丸でもいいよ、なんでも」

「素直じゃないんですから。料理上手な私のおかげでゴブリンの睾丸が大好きになったって言えばいいのに」

 ミライがいま言ったことが本当かどうかは、まあ、俺からはあえて言及しないでおくとして。

 ついにミライをデートに誘った。

 もう後戻りはできないぞ。

 フェニックスハイランドで、俺はミライに告白する。

 とりあえず、バラは百本用意すべき?

 白のタキシードを着て、ロールスロイス? リムジン? で迎えに行くべき?

 ああもうどうしたらいいのか急にわかんなくなってきた!

 え? ってか世の中のほとんどの人は、告白する時こんなに悩んでんの緊張してんの?

 もしかして、俺が恨み妬み嫉みを募らせるだけだった世のカップルたちって、本当はめちゃくちゃにすごい勇気を持ってるってことなの?

「誠道さんが睾丸をついに好きになってくれたなんて。つまり、今日という日は睾丸記念日ですね」

「今すぐ全世界のサラダに謝れー!!」
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