上 下
171 / 360
第4章 1 いざ猫族の里へ

白銀世界

しおりを挟む
「っていまは呼び方なんかどうでもいい。ここは俺に任せて。インヴィジブ――」

「その必要はないわ」

 【無敵の人間インヴィジブル・パーソン】を発動させようとした俺の前にマーズが立ちはだかる。

「こんな、マンティコアという名前を持つ、そこかとなくえっちな魔物。私一人で十分よ」

「文章を並び替えんな! 意味が大きく異なってるじゃねぇか!」

「え? マンティコアという文字を並び替えたらエッチな意味になる?」

「誰もそんなこと言ってねぇぞ!」

 もういいや。

 マンティコア問題については、これ以上は触れないからね。

「でもさ、マーズさん。本当に一人で大丈夫なのかよ」

「私を誰だと思っているの? 私は氷の大魔法使い、マーズ・シィよ」

 自慢げに笑ったマーズがマンティコアに向き直り、ゆっくりと近づいていく。

 マンティコアは不気味な唸り声を上げてマーズに飛びかかった。

 ……危ないっ! 

「ごめんなさい、そこはかとなくえっちなマンティコアさん。【白銀世界アブソリュート・ゼロ】」

 飛びかかってきたマンティコアに向けて、マーズが手を伸ばす。

 マンティコアの大きな爪がマーズの伸ばした手を引きさ――くことはなく、マーズに触れたところからピキピキと凍りついていく。

「……す、すげぇ」

 氷で覆われたマンティコアがドサリと地面に落ちる。

 マーズがその巨大な塊にデコピンをすると、氷はマンティコアの体もろとも粉々に砕け散った。

 さすが、氷の大魔法使いといったところか。

 冷静に考えたらさ、俺たち、こんなすげぇ人を相手にしていたんだな。

 あと、マンティコアは死ぬ間際にただのエロ大魔神になりました。

「これくらい当然ね」

 振り返ったマーズは胸を張っていたが、すぐに顎を手でさすって首をひねり。

「でも、一般人ならまだしも、普通に考えてマンティコアごときに冒険者が何人もやられるかしら」

 いや、あなたが強すぎて普通の基準が狂っているだけではないですか?

 大魔法使いが大魔法使い基準で物事を考えたらいけませんよ。

「……あ、お母さん!」

 心の中でそう思っていると、コハクちゃんが急に叫んだ。

 マンティコアがいた場所の後ろ、岩場の影から猫族の女の人が恐る恐るといった様子でこちらをのぞいていた。

 年齢は人間で言うと三十代後半くらい。

 コハクちゃんのように露出の高い服は着ておらず、年相応の黒のワンピースを着ている。

 しっぽとか耳とかはしっかりとついている。

 コハクちゃんとは違って黒色だ。

「えっ? コハク?」

 娘の声を聞いたコハクちゃんのお母さんが、岩場からバッと飛び出してくる。

「お母さん! 心配かけてごめんなさい!」

 コハクちゃんがお母さんに飛びつく。

 それを受け止めたコハクちゃんのお母さんは、

「コハク、心配したのよ」

 と娘を抱きしめ、その優しそうな顔に涙を浮かべていた。

「でも、コハク。ここにはそこはかとなくえっちな魔物、マンティコアがいたでしょう」

「その通り名って常識だったんかい!」

 思わずコハクちゃんのお母さんにツッコんでしまった。

 つまり、マンティコアはただのすけべ?

「そこはかとなくえっちな魔物、マンティコアなら、私をここまで連れてきてくれた誠道さんたちが倒してくれたの」

 コハクちゃんが俺たちを振り返りながら言うと、コハクちゃんのお母さんは目を丸くした。

「え? そこはかとなくえっちな魔物、マンティコアが倒されたって、本当なの?」

「あっ! そこはかとなくえっちな魔物、マンティコアを倒したのはマーズさんだったから、誠道さんは関係なかった」

「こちらの方がそこはかとなくえっちな魔物、マンティコアを……」

 コハクちゃんのお母さんは驚嘆の眼差しでマーズを見ている。

 ってか、毎回マンティコアのことを、そこはかとなくえっちな魔物って呼ばなくてもいいんだよ。

 絶対面倒くさいよね?

 コハクちゃんのお母さんが、俺たちに深々と頭を下げる。

「この度は、娘を助けていただきありがとうございました。ごほっ、ごほっ!」

「お母さん大丈夫? そもそもどうしてこんなところにいるの? 病気なんだから寝てなきゃ」

「だって、コハクがいなくなって、いてもたってもいられなくて、探さないとって」

「お母さん…………ごめんなさい」

「いいのよ。だって無事に帰ってきてくれたんだから」

 コハクちゃんのお母さんは苦しそうに笑いながら、娘の頭を撫でている。

 コハクちゃんは、そんなお母さんを支えながら。

「みなさん。うちまでお母さんを運ぶの、手伝ってもらってもいいですか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

『購入無双』 復讐を誓う底辺冒険者は、やがてこの世界の邪悪なる王になる

チョーカ-
ファンタジー
 底辺冒険者であるジェル・クロウは、ダンジョンの奥地で仲間たちに置き去りにされた。  暗闇の中、意識も薄れていく最中に声が聞こえた。 『力が欲しいか? 欲しいなら供物を捧げよ』  ジェルは最後の力を振り絞り、懐から財布を投げ込みと 『ご利用ありがとうございます。商品をお選びください』  それは、いにしえの魔道具『自動販売機』  推すめされる商品は、伝説の武器やチート能力だった。  力を得た少年は復讐……そして、さらなる闇へ堕ちていく ※本作は一部 Midjourneyにより制作したイラストを挿絵として使用しています。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~

名無し
ファンタジー
 突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。  自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。  もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。  だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。  グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。  人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。

処理中です...