上 下
152 / 360
第3章 4 決意と謝罪の性感帯

プライドなんて

しおりを挟む
 ミライは預かった。
 返してほしくば、今すぐグランダラ南の森の中にある井戸の中に飛び込め。


 その手紙は、朝ご飯をテーブルに並び終えた直後に送りつけられてきた。

 気がついたら俺の頭の上に乗っていたのだ。

 こんなことができるのは魔法使いのマーズくらいだろう。

 俺はすぐに俺の家に泊まっていた聖ちゃんと、朝帰りしてきたネコさんを起こして手紙を見せた。

「まさか、こんな行動を起こすにゃんて」

 ネコさんが顔を顰める。

「ミライを探しにいかなかった俺の失態だ」

 昨日、ミライは帰ってこなかったが、俺は探しにいかなかった。

 喧嘩をしてしまって帰りづらいのだろう、ミライなら喧嘩にかこつけて高級ホテルに借金で止まるだろう、と高をくくっていたのだ。

 リビングが重苦しい空気に包まれていく。

「誠道。我のせいで、本当に申しわけにゃい」

 ネコさんはマーズが寄こした手紙をぐしゃっと握りしめる。

「いや、ネコさんのせいでは」

「恥を承知で、お前らに頼みがあるにゃ!」

 顔を真っ赤にして叫んだネコさんが、いきなり膝をついて、土下座をした。

「いきなりっ! ちょっと、ネコさんっ!」

「えっ? ネコさん? どうしたんですか?」

 俺も聖ちゃんも突然の出来事に対応できない。

 あわあわとネコさんに向けて手を伸ばしたり、顔を見合わせたりするだけ。

「我はマーズたんを助けたいのにゃ。マーズたんに本当の自分を取り戻してほしいのにゃ」

 その力強い声に、体の奥底から震えが湧き上がってきた。

 土下座なんかせずに顔をあげてください、と言うべきなのだろう。

 でも、俺はネコさんの土下座にどうしようもなく見惚れていた。

「本来なら我が一人で片をつけにゃならんことにゃが、我では本気のマーズたんを抑えることすらできん。にゃから、すまんがお前らにも協力してほしいのにゃ」

 ネコさんは愛する人を救うため、なんのためらいもなく土下座ができた。

「我はいま猫族の姿を借りている。本当の我の姿ではない。この姿で話しかけても、マーズたんは信じてくれないかもしれん。我と話したところで、マーズたんの暴走行為が止まる保証はない」

 それはすごく格好いい行動に思えた。

「マーズたんは本当に強い。氷の大魔法使いで、リッチーで、魔王軍の四天王にもなったような素敵な女性にゃ。にゃがこれだけは誓って言う。マーズたんは人を殺してはおらん。我を生き返らせる方法を調査するために魔王に近づいただけなのにゃ。いまは悲しみがゆえに、人質をとるにゃんてバカげたことをしておるから信じられないかもしれんが、マーズたんは人間の敵ではないのにゃ。本来は、心優しいドMの、どこにでもいる普通の大魔法使いの女の子なのにゃ」

 ネコさんのマーズを思う気持ちがひしひしと伝わってくる。

 マーズ・シィを救いたくて、そのためにはどうするのが最善か。

 その一心でネコさんは動いている。

 自分の安っぽいプライドなんか、最愛の人のためなら喜んで捨てられるのだ。

 ……ただ、普通の大魔法使いはどこにでもいないと思うよ。

 普通の女の子みたいに言わないでね。

 ドMの時点で普通じゃないし。

「頼む。我と一緒に来てほしいのにゃ。我にマーズと話をする機会を与えてほしいのにゃ」

 そうか。

 だから俺は、ネコさんが土下座する姿を俺は格好いいと思ったのだ。

 俺だって、ミライを助けたい。

 そのためにはどうするのが最善か。

 大切な人を助けるためなら、プライドも、過去の傷も、関係ない。

「ネコさん。顔をあげてください」

 俺はようやくその言葉が言えた。

 ネコさんみたいになりたいと思った。

「俺だってミライを攫われているんです。それに、これは俺宛の手紙。頼まれなくたって俺はいきますよ」

「誠道、恩に着る」

 顔を上げたネコさんの目には涙がたまっていた。

「だから、本来頼むのは俺の方なんですよ」

 俺はネコさんの肩に手を置いたあと、ネコさんがやったように土下座をした。

「俺から二人にもお願いしたい。ミライを一緒に助けてほしい」

「ちょっと、誠道さんまでっ!」

 土下座しているからわからないが、あわあわしている聖ちゃんの姿が頭に浮かんだ。

「俺は一度マーズに負けてる。だから俺一人じゃ絶対に勝てない。みんなに協力してもらえなきゃ、ミライを助けられない」

「誠道、お前は……すごい男じゃのう」

 ネコさんが俺の前でしゃがんで、俺の頭を撫でてくれる。

「本当に、ミライとかいう女は幸せ者にゃ。こんな格好いいドMと出会えたにゃんて」

 ま、我には到底及ばんがの。

 高らかに笑いながらそう言ったネコさんが立ち上がり。

「誠道よ、これが我の返事にゃ!」

 そして、俺は土下座している頭を踏まれた。

「我は喜んでお前に協力させてもらうのにゃ!」


 …………。


「だから俺はドMじゃないって!」

 土下座したまま叫ぶ。

 頭を上げようとしたのだが、ものすごい力で踏まれていて上げられない。

「なるほど、そういうことですか」

 聖ちゃんはいったいなにを察したんですか?

「だったら私も、そういう趣味はありませんが、喜んで協力させていただきます」

 聖ちゃんも俺の頭に足を乗せてくる。

「誠道さんは引きこもりですけど、こういうところだけは尊敬できます。ただの引きこもりですけど」

「うん、わざわざ二回も言う必要あったかな?」

「頭を踏んであげたご褒美に、その……もしよろしければ睾丸を」

「取らせるわけねぇだろ!」

 そう叫んだところで、ようやく二人は足をあげてくれた。

 俺はすぐに立ち上がって、ネコさんと聖ちゃんと目配せしてから、小さくうなずき合った。

 ……ただ、俺にはまだ協力を仰ぐべき相手が残っている。

 イツモフさんは、まだお金も貯め切っていないだろうから連れてはいけない。

 でも、あいつなら。

 あいつらなら。

 以前の俺だったら、弱みを見せたくなくて、力を借りたくなくて、絶対に助けを求めなかっただろう相手を呼ぶため、俺はリビングの棚の中にしまっていたある物を取り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

死を約束されたデスゲームの悪役令嬢に転生したので、登場人物を皆殺しにして生き残りを目指すことにした ~なのにヒロインがグイグイと迫ってきて~

アトハ
ファンタジー
 私(ティアナ)は、6人で互いに勝利条件の達成を目指して争う『デスゲーム』の悪役令嬢に転生してしまう。勝利条件は【自分以外の全プレイヤーの死亡】という、他の参加者とは決して相容れないものだった。 「生き残るためには、登場人物を皆殺しにするしかない」  私はそう決意する。幸いにしてここは、私が前世で遊んだゲームの世界だ。前世の知識を使って有利に立ち回れる上に、ゲームでラスボスとして君臨していたため、圧倒的な戦闘力を誇っている。  こうして決意を固めたものの―― 「ティアナちゃん! 助けてくれてありがとう」  ひょんな偶然から、私は殺されかけているヒロインを助けることになる。ヒロインは私のことをすっかり信じきってしまい、グイグイと距離を縮めようとする。 (せいぜい利用させてもらいましょう。こんな能天気な女、いつでも殺せるわ)  そんな判断のもと、私はヒロインと共に行動することに。共に過ごすうちに「登場人物を皆殺しにする」という決意と裏腹に、私はヒロインを大切に思う自らの気持ちに気が付いてしまう。  自らが生き残るためには、ヒロインも殺さねばならない。葛藤する私は、やがて1つの答えにたどり着く。 ※ ほかサイトにも投稿中です

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

スカートの中、…見たいの?

サドラ
大衆娯楽
どうしてこうなったのかは、説明を省かせていただきます。文脈とかも適当です。官能の表現に身を委ねました。 「僕」と「彼女」が二人っきりでいる。僕の指は彼女をなぞり始め…

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。

緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...