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第2章 3 夏祭りは浴衣で君と

りんご飴は甘くて赤い

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「ジツハフくんか。どうしたんだ?」

「これ」

 俺が聞くと、ジツハフくんは手に持っていたものを俺たちに差し出す。

「りんご飴。お姉ちゃんから」

「イツモフさんから?」

 俺はジツハフくんからりんご飴を受け取りつつ、イツモフさんのいる屋台を見る。

 彼女は先ほど見たときと変わらず、忙しなく動きまわっている。

「うん。それとこれも。一応、引き立て役になってくれてるお礼だって」

 もうひとつ、今度は巾着袋をもらう。

 その中にはなんと硬貨が詰まっていた。

「イツモフさんがお金を……なんだか不吉な予感がしますね」

 俺の後ろに立ったミライが、訝しげに巾着袋を覗きこんでくる。

「たしかに。あの金の亡者が、人にお金を渡すなんて」

「お姉ちゃんはね、本当に信頼している人にはお金をケチったりしないよ」

 純真無垢な笑顔を浮かべたジツハフくんに言われると、疑ってかかっている俺たちの方が悪い気がしてくる。

「お姉ちゃんはね、本当はすごく優しくて、すごく格好いいんだ」

「じゃあ、ありがたく受け取らせてもらうよ」

 巾着袋を持ち上げ、ジツハフくんに笑顔を返す。

 ミライも「ありがとうございます」と一礼した。

「うん! じゃあ、また遊んでね」

 ジツハフくんは隣の屋台に戻ってイツモフさんになにか言った後、「激安のユニコー……の角を食べていきませんかー?」と道ゆく人に声をかけはじめた。

「ほんと、健気だなぁ」

「お姉ちゃんのことを、すごく尊敬しているのですね」

「反抗期がきたら、イツモフさん発狂するな」

 そんなことを話しつつ、俺はりんご飴を齧る。

 甘ったるすぎて味覚が一瞬でバカになった。

 賑やかなお祭りの味がした。

「あ、ずるいです。私も食べます」

「え? 食べていいのかよ?」

「風情にやられたってことにしてください」

「なら、まあ」

 俺はミライに手渡すつもりでりんご飴を差し出したのだが、彼女はそれを受け取らず、りんご飴に顔を近づけ一口齧った。

 俺がかじったのとは逆側を。

 そのとき目に焼きついた彼女の口元も、閉じられた瞼も、細くて白いうなじも、二箇所だけがかけたりんご飴も、ものすごく美しかった。

 そして。

「おいしいですね。これ」

 口元に手を添えて微笑みながら言ったミライに、夏の魔法をかけられたような気がした。

「そうだな、甘いな」

「はい。ものすごく甘いです」

 さっきのりんご飴より、今の会話の方が、この場に漂っている空気の方が甘い気がするのは気のせいだろうか。

 浴衣姿のミライの笑顔の背後にぱちぱち弾ける花火が見えるのは、祭りの賑やかさが見せる幻だろうか。

 きっと、このりんご飴のおかげだ。

 祭りの日にだけ現れるりんご飴を俺は最後まで一人で食べ切ったことはない。

 甘ったるすぎて絶対に最後まで食べ切る前に飽きてしまう。

 だから、このもどかしい感情は、そんな謎のお菓子のせいにしておこう。

 ……ってか、そうだよ。

 今日は祭りだ。

 ここは祭りの会場なんだ。

 しりとりなんかいつだってできるだろ。

「なぁ、ミライ。客もこないし、こんなとこでじっとしてないでさ」

 改めて見ると、ミライの浴衣姿はとても眩しかった。

「俺たちも祭り、楽しむか」

「え?」

 ミライの頬がぽっと赤くなる。

「いいんですか?」

「まあ、せっかくミライが浴衣着てるんだし、もったいかなって」

 恥ずかしさを押し殺しながら伝えると、ミライは自分の体をじいっと見てから。

「はい! 私、いきたいです。金魚すくいしたいです」

「だったら早くいこう。お金はここにたっぷりあるから」

 俺はさっきジツハフくんからもらった巾着袋を、ミライに見せびらかすようにして持ち上げる。

「え、でも私たちが祭りに参加したのは借金返済が目的ですから、お金は少しでも節約して」

「いつもの散財っぷりをどこに隠してんだよ。それに今日は祭りだから気にしなくていいんだ。全部使っちゃおうぜ」

「ですが」

「祭りの客は、祭りでぼったくられないといけないんだろ?」

 俺がちょっとだけ胸を張りながら言うと、ミライは照れたように笑う。

「そうでしたね」

 その浮かれた笑顔は、賑やかな祭りの空気にぴったりだ。

「全く客がきてくれない屋台しか出せないなんて、私たちはかなりのバカですもんね」

「そういうこと。だから今日くらい、バカはバカらしくしようぜ」

「でしたら早くいきましょう。私、金魚すくいやったことないのでお手本――」

 はっとミライが口を両手で押さえ、ぺこりと頭を下げる。

「申しわけありません。引きこもりの誠道さんが金魚すくいなんてやったことありませんよね」

「なんで決めつける! ……ないけど」

「じゃあ誰かと祭りにいったことも」

「それもないけど」

 どうしても俺をバカにしないと気が済まないのかなぁ。

 せっかくちょっと趣深い空気になってたのにさぁ。

 ぶちこわしだよ。

 なんて思っていると。

「じゃあ」

 ミライは一度口を閉じて、ためらうように目を閉じる。

 それから、恥ずかしそうにはにかんだ。

「私もお祭りははじめてなので、一緒ですね」

 そんなことを言われると思っていなかったので、心がどうしようもなく熱くなる。

 俺が持っているりんご飴は、やっぱり真っ赤だ。

「誠道さん。はじめてのお祭り、一緒に楽しみましょうね」

「ああ」

 俺たちは、浮かれた人ごみの中に混ざっていく。

 ざわめきの一部になっていく。

 家の中に引きこもっていたとき、遠くから聞こえる祭りの音は、ほんのわずかな音でもうるさく感じた。

 けれど、こうして人ごみの真っただ中に繰り出してその一部になってしまえば、この騒がしさはものすごく心地よい音になる。

 俺の心を優しく揺さぶる。

「誠道さん! 金魚すくいありましたよ!」

「おい、走るなって。待てってミライ」

 金魚すくいの出店に吸い込まれていくミライを見ながら、俺はりんご飴を再び齧る。

 バカな客になるのも悪くはない。

 ジツハフくんからもらったリンゴ飴はものすごく甘かったけれど、なぜだが今日はその甘ったるさをはじめて最後まで堪能できそうだと、そう思った。

 ミライと一緒に溶け込んだお祭りの騒がしさを、最後まで堪能しつくしたいと、そう思った。
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