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第2章 2 男として、俺は先にいくよ

どんだけ好きなんだよ

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 すぐに飛び起きて、ミライから離れる。

 親指は真っ赤に染まっていた。

 血じゃなくてインクで。

 ミライが俺の指を押しつけていたのは、おっぱいじゃなくて朱肉だった。

「なにって」

 ミライは俺の態度の急変の意味がわかっていないのか、呆然としている。

「借金借用書に本人印を」

「だからなにやってんだよ!」

 ミライの横を見ると、すでに何十枚と紙が積まれていた。

 失明中の十分間、ずっとやられてたんだからそりゃそうだよね。

 他人に借金を背負わせるなんて、『人がゴミのよう』じゃなくて『ゴミのような人』じゃん。

「勝手に借金させるとか正気の沙汰じゃねぇぞ! 葬式にだけきて遺産をむさぼる親族よりたち悪いからな!」

「それは違います!」

 ミライにきっぱりと否定される。

 いや……違う要素がなにかあった?

「借金借用書だけじゃなく、スイン水の契約書もあります!」

「ミライはどんだけスイン水好きなんだよ!」

「でも誠道さんは言いました! 好きなようにしてくださいと! 非常に情けない言葉で!」

「それについては思い出さないで!」

 もはや黒歴史だから!

 あの情けなさは、俺の勘違いが生んだ化け物だから。

「どうしてですか? ひとつになりたいって、一緒になりたいって、誠道さんだって言ってたじゃないですか! ひどいです。私を弄ぶだけ弄んで」

「勘違いしてたからだよ! いや勘違いさせるようなことをお前がしてたからだよ!」

「もしかして、こんなことしなくても、そもそも借金は二人のものって、そういうことですか?」

「都合のいい解釈しすぎだろ」

「でも、まだこんなにあるんですよ?」

 ミライが持ってきていた鞄の中身を見せつけてくる。

 そこにはまだまだびっしりと紙が詰まっていた。

「俺にどんだけ借金させるつもりだったんだよ!」

 そんじょそこらの闇金会社よりヤバいことしてるよこのメイド。

「お願いします。私は、誠道さんと同じになりたいのです」

 ミライが目に涙を浮かべて、俺に縋りつくようにして懇願してくる。

「私はすべてを共有したいのです。一緒がいいのです。ですから、誠道さんが借金すれば、私たちは借金を背負うもの同士、ずっと一緒です!」

「そんなんで一緒になりたくねぇわ!」

 借金という言葉がなければ、ものすごくいいセリフ、恋愛映画のクライマックスばりのシーンなんだけどなぁ。

「誠道さん。お願いします」

「どれだけ頼まれたって無駄だ」

 俺は女の涙に負けず、きっぱりと断る。

「そもそも、『私は誠道さんと同じになりたい』から俺に借金させるのっておかしいからな。ミライが借金をすべて返済することが『私は誠道さんと同じになりたい』なんだよ」

 俺は借金なんてしてないんだから。

「じゃあ、誠道さんは私と同じになりたがっているんです!」

「俺が借金したがってるみたいに言うんじゃねぇ!」

「え? 違うんですか?」

「ここまでのやり取りをどう解釈したらその結論に至るんだよ!」

「誠道さんもやったじゃないですか。イツモフさん直伝のポジティブシンキングですよ」

「あれはただの希望的観測。実用性皆無なんだよ!」

「もう、ああ言えばこう言う。とにかく! そんなつまらない理論はどうでもいいので、私と同じ額の借金をして、私と同じ気持ちを味わうことで、私とひとつになりましょうよ」

「そのトンデモ理論を理解できる頭を俺は持ってないから、俺とお前が一緒の気持ちになることはないの」

「どうしてわかってくれないんですか。一緒に借金して一緒に気持ちよくなりましょうよ」

「俺も同じ気持ちだよ」 

 ……って、待てよおい!

「一緒に気持ちよくなりたいって、お前ついに借金することに気持ちよさ感じはじめたのかよ! やっぱり今すぐ依存症治しにいかなきゃ!」

「まったくもう、誠道さんのいくじなし」

 ミライは胸の前で人差し指同士をツンツンさせている。

「さっきまであんなにやる気に満ちあふれていたのに。いざとなったら躊躇して。私は覚悟していたんですよ」

 あのねミライさん。

 そうやって恥じらったって、やる気とかいう言葉使われたって、もう全然エロくもなんともないからね。

 だって全部借金の話だから。

「借金することを躊躇わなくなったら終わりだから!」

「ちっ!」

 この人、今舌打ちしたよ!

 ってことは確信犯だよ!

「しょうがないですねぇ。わかりました。じゃあこれまでに押してもらった分で我慢します!」

「全部、破棄だよ!」

「そんな、せめてスイン水だけはぁ」

「だからどんだけスイン水好きなんだよ!」
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