上 下
61 / 360
第1章 7 異世界でも俺は引きこもりたい

誰かの期待

しおりを挟む
 気絶しているイツモフさんの横で、俺は動けずにいた。

 ミライが大度出たちに攫われた。

 そんなことはわかっている。

 攫ったミライを大度出たちがどうするかもわかっている。

 助けにいかなきゃ!

「全部わかってんだよぉ!」

 どうして俺の体は震えるだけで動かないんだ。

 立ち上がれないんだ。

 ミライのピンチなんだぞ!

「……そうだ、聖ちゃんに」

 無理だ。

 彼女は今、レッサーデーモンを倒しにいっている。

「くそぉ、動け動け動け動け」

 太もも、膝、ふくらはぎを何度もたたくが、足はちっとも動かない。

 自分を鼓舞する声だけが虚しく空気に溶けていく。

 体の表面は熱くなっているのに、心に勇気の熱が湧き上がってこない。

「どうしてだよぉ!」

「なにをそんなに苦悩しておるのじゃ?」

 いきなり声がしたと思ったら、気絶しているイツモフさんの上に、俺をこの世界に転生させてくれた女神様リスズが浮かんでいた。

「おぬしの現状は、わらわもしっかり把握しておる」

「頼む。お願いだ!」

 俺は女神様に土下座していた。

「女神様ならなんでもできるだろ? 助けられるだろ? 頼むよ! ミライが攫われたんだ」

「言われなくてもわかっておるのじゃ」

 女神リスズは自慢げに腕を組んだ。

「わらわは女神じゃ。すべて知っておるからこそ、わらわは今ここにきたのじゃ」

「え? じゃあ……」

 こんなにも誰かに感謝したことはない。

 女神様が助けてくれるのなら、大度出たちなんて、ひとひねりだ。

「もちろん。わらわに任せておけ」

 女神様は大きな胸をポンとたたいた。



「おぬしに新しいサポート人形を与えよう」



「……え」

 言葉が出てこなかった。

 新しい、サポート人形?

 それは、ミライを見捨てるってことか?

 まさかこの女神様、この緊急事態にわざわざ出しゃばってきて、俺の反応を見て遊ぼうとしているのか?

「どうした、そんなマヌケな顔をして。前にも説明したであろう。転生者に与えたサポートアイテムの所有権が移ったとわらわが判断した。それでお前に新しいものを与えると言っておるのじゃ」

「新しいって……ふざけんな!」

 女神様を睨みつける。

 そんな軽々と人の命を見捨てるような発言をするなんて、それが神様のやることかよ。

「なんじゃ、その目は」

 女神様の目に鋭さが宿る。

「感謝されることはあっても、怒鳴られるいわれはない。新しいものを用意すると言っておるのじゃぞ」

「ミライはものじゃねぇ。あいつは、この世にたったひとりの」

「ものではない? おかしなことを言うのう。あれはただのサポートアイテムじゃが」

「だからそうじゃない!」

「ああ、そうか」

 女神様は両手をポンと合わせてうんうんとうなずく。

「あいつの容姿を、初恋相手の容姿を失うのが嫌なのじゃな。安心しろ。わらわが渡す人形は、必ず初恋相手の容姿がトレースされるようにできておる。人間にとって、初恋相手は絶対に忘れることのできない特別な存在じゃからな。これでおぬしも安心であろう」

 ふざけんな、と言い返そうとした言葉が喉元で止まった。

 新しい人形を、それも鹿目さんの容姿をした人形を手に入れられる。

「そういえば、お前たちはしょっちゅう喧嘩もしていたようじゃから、新しい人形は鹿目未来の性格そっくりなものに変えてやろう」

 助けにいかなくても、初恋相手の鹿目さんとまた生活ができる。

 一生鹿目さんと、楽しく暮らしていける。

 それでも、いいのではないか。

「どうじゃ。これで不満はなくなったじゃろう」

 自慢げに言い放つ女神リスズ。

 たしかに、今のミライは、俺に筋トレさせようとしたり、ゴブリンやレッサーデーモンを倒させようとしたり、見返したくないんですかって言ってきたり、バイトさせたがったり、正直言って本当にウザかった。

 俺に期待ばかりする、現世にいるあいつらと同じだった。



 ――どうして? 宗孝むねたかくんは合格してるのにあなたは落ちるのよ! もういいわ。



 中学受験に失敗したときの、母親の言葉がよみがえる。

 俺がいつ受験をしたいって言ったかよ!

 勝手に期待して、勝手に失望して、勝手に諦めて、ふざけんな!



 ――うまくやれって言っただろ! なんでできてないんだ! もういい!



 中学校でバスケ部に入ったときもそうだ。

 必死でがんばってベンチメンバーに選ばれた。

 ファウルアウト者が続出して出場することになったときに、顧問から「先輩たちに任せて、流れだけ読んでうまくやればいいから」と言われた。

 流れを読むってなんだよ。

 うまくやるってなんだよ。

 そう思ったが、俺なりに必死でやった。

 試合に出してもらえるってことは期待されているってことだから。

 でもその試合に負け、顧問の先生に戦犯扱いされて怒鳴られた。

 勝手に期待して、勝手に被害者ぶって、勝手に失望された。

「そうだよ。ずっとずっとそうだった」

 人は勝手に期待して、勝手に幻滅して、勝手に糾弾して、勝手に被害者ぶる。

 そんなのはもう嫌なんだ。

 だから俺は人との関わりを断つために、勝手な期待を受けないために、引きこもりになったんじゃないのか。

「俺は……もう俺は、他人の期待なんか…………」

 でも。



 ――誠道さんの情けない姿なんかもう見飽きています。こんなことで、私は失望なんかしませんよ。

 

 ミライは、大度出たちに怯えていた惨めな俺を救ってくれて、そう言ってくれた。

 俺が弱音を吐くたび、嫌だって言うたび、手を替え品を替え、俺を立ち直らせようとしてくれた。

 筋トレさせようとしたり、ゴブリンやレッサーデーモンを倒させようとしたり、見返したくないんですかって言ってきたり、バイトさせたがったり、正直言って本当にウザかったけど、あいつは俺に変な期待ばっかりするけど、一度も俺に失望しなかった。

 期待しつづけてくれた。

 信頼しつづけてくれた。

 だからこそ。



「俺は、今のミライがいいんです」

 

 女神様に自信を持ってそう告げた。

「他の誰でもない。今のミライがいいんです」

 日本にいるときに恋した鹿目未来じゃなくて、支援するって言ったのにふざけたことしかしない、俺をいじることしかしない、どうしようもないほどにウザかわいいミライじゃなきゃ嫌なんだ。

「なにをバカげたことを。そんなに足を震わせておるやつが助けられるとでも?」

 女神様の言っていることは、残念ながら正しい。

 俺の足はまだ震えている。

 いったところで、絶対に無様に負けるだけだ。

「それにのう、攫われとるミライ本人が、助けてほしくないと望んでいるのじゃぞ」

「え?」

 体に宿っていた熱源の中心に風穴が空いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

2代目魔王と愉快な仲間たち

助兵衛
ファンタジー
魔物やら魔法やらが当たり前にある世界に、いつの間にか転がり込んでしまった主人公進藤和也。 成り行き、運命、八割悪ノリであれよあれよと担ぎ上げられ、和也は2代目魔王となってしまう…… しかし彼には、ちょっとした秘密があった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

田舎で師匠にボコされ続けた結果、気づいたら世界最強になっていました

七星点灯
ファンタジー
俺は屋上から飛び降りた。いつからか始まった、凄惨たるイジメの被害者だったから。 天国でゆっくり休もう。そう思って飛び降りたのだが── 俺は赤子に転生した。そしてとあるお爺さんに拾われるのだった。 ──数年後 自由に動けるようになった俺に対して、お爺さんは『指導』を行うようになる。 それは過酷で、辛くて、もしかしたらイジメられていた頃の方が楽だったかもと思ってしまうくらい。 だけど、俺は強くなりたかった。 イジメられて、それに負けて自殺した自分を変えたかった。 だから死にたくなっても踏ん張った。 俺は次第に、拾ってくれたおじいさんのことを『師匠』と呼ぶようになり、厳しい指導にも喰らいつけるようになってゆく。 ドラゴンとの戦いや、クロコダイルとの戦いは日常茶飯事だった。 ──更に数年後 師匠は死んだ。寿命だった。 結局俺は、師匠が生きているうちに、師匠に勝つことができなかった。 師匠は最後に、こんな言葉を遺した。 「──外の世界には、ワシより強い奴がうじゃうじゃいる。どれ、ワシが居なくなっても、お前はまだまだ強くなれるぞ」 俺はまだ、強くなれる! 外の世界には、師匠よりも強い人がうじゃうじゃいる! ──俺はその言葉を聞いて、外の世界へ出る決意を固めた。 だけど、この時の俺は知らなかった。 まさか師匠が、『かつて最強と呼ばれた冒険者』だったなんて。

処理中です...