54 / 54
第二章 子育て奮闘中
54. 「2」という数字 ⑤
しおりを挟む「こしょこしょこしょこしょこしょ」
「う…ん…」
身体中を擽られる。
小さな小さな手が、俺の親指をぎゅっと掴むのに精いっぱいなもみじのおててが、俺の身体のあちこちを這う。
力無い指先は俺の皮膚の一番上を掠るだけで、それがやけにくすぐったい。
「こしょこしょこしょこしょ」
悪戯好きのする可愛い声で、身を捩る俺の反応を愉しんでいるようだ。
「俺はお前の所為で眠れていないんだ。せめて夢の中だけでも子育てを忘れさせてくれ」
俺は夢を自覚している。
首も据わっていないリアが自由に歩き回るなんて事はあり得ないし、あんな風に喋る事だって出来やしないのだ。
泣くか眠るかミルクを飲むかの三択しかない赤ん坊は、毎日が暇すぎて堪らんだろうなと一人でぼんやり考えていると、ポカリと頭を叩かれた。
「いって!だから寝させてくれって」
その辺にいるであろう、リアの小さな金髪頭を手探りで探したが、手は宙を掻くばかり。
汗と涎臭くて、意外といい匂いのしないリアのふわふわ頭が急に恋しくなって床をバンバンと叩いて探していると、指先が何かに触った。
「……髪?」
リアのとは全く違う。
明らかにしっかりとした髪質、手にサラサラと滑るその感触に不審を覚えて、俺は頑なに瞑っていた寝ぼけ眼を開いた。
「やっと目を開けてくれたか、異世界の客人よ」
「……」
「なんじゃ、その顔は?阿呆面が更に阿呆になっておるぞ」
「……は?」
ガバリ!!!
そんな擬音語と共に、俺は跳び起きた。
「は?は?」
目をくしゅくしゅっと擦る。何度も瞬きして、焦点が復活するのを待って、それから、えっと…どうしたんだっけ?ああ、目の前に立つ不審人物に、俺の安眠を邪魔しに来た奴に存在理由を問うんだった。
だが、どうしてか瞬時に理解してしまった。それが誰であるのかを、俺は何も明かされていないのに、一人で納得したんだ。
俺の眼前に、女が立っていた。
数日前から俺の夢に現れていた、輪郭のぼんやりとしていたあの女だ。
だけど今までと全く違うのは、その姿がはっきりと見えていることである。
綺麗な女だった。
腰まである長い癖っ毛は豪奢な金髪で、溢れんばかりの光沢が華々しく輝いている。
肌は陶器のように白く、作り物かと思うほど真っ新だ。傷もホクロも毛も、その肌には似合わない。
全体的に細い身体はボリューム不足が否めず、色気のイの字も無いが、その造りは大人の女である。
特筆すべきは女の顔だろう。
不自然なくらい整った顔は美人としか言いようがなく、フアナとはまた違った意味での美しさがあった。
例えるなら、フアナは小動物的な可愛さなのだが、この女はまさに圧巻。美麗の限りを尽くした派手目の顔は自信気に笑っていて、それがまた迫力があって圧倒される。
何よりその吸い込まれそうな深い蒼の瞳に心を奪われる。
そして俺はその瞳を、その色を知っている。
女は笑う。
いや、これはリアだ。俺が今まで四六時中付き合ってきた赤ん坊のあいつ。
雰囲気はだいぶ違うが、根本が同じだと頭が認識している。
「あんた…リア、だな」
「ご名答。2週間ばかりも傍にいて、気付かなんだは哀しいぞ。それにお主とは繋がっておるからな、一発で分かるじゃろ」
「やっぱりそうか」
「なんじゃ、驚かんのか。それはそれでつまらんのう…。本来の妾を見て、もっとうぎゃあ!とか、わああああ!!とか、腰を抜かすのを期待していたのに残念じゃ」
女―――リアはちっとも残念そうな顔をせずにしゃがみ込み、上半身だけを起こした俺と目線の高さを合わせてまた笑った。
美人が惜しげもなくくれる笑顔の破壊力は健全な男にとってはズキュンと心にくるものがあるが、残念ながらこいつの正体があのションベンもクソも垂れ流しの赤ん坊だと思えばそんな気になるはずもなく、家族の情愛に似たような気持ちで彼女を見ていると、リアは少しだけムッとした顔をして、また俺をコツリと叩くのだ。
「絶世の美女が語り掛けておるのに無反応とは…これまた悲しいのう」
「悪いが、夢の中は何でも有りな世界だ。アンタに無理やり召喚された世界よりずっと、俺に優しい世界だよ。だからアンタが誰だろうと驚きはしない。それより前に、アンタは俺の前にしつこく現れていただろうが」
「……ふむ。思ったよりも、お主は肝が据わっておるんだな。これはいい!」
「は?」
リアは立ち上がる。
彼女の着ていた旅装束のマントが、ふわりと俺の顔に引っかかる。
それを鬱陶しそうにはたいて、女は髪をかき上げた。
「アンタ、一体何しに来た。夢の中くんだりまで、俺を困らせるつもりか?」
「まさか、妾はお主とこうして話す機会を待っていただけじゃ」
「え?」
そして彼女は一度だけ恭しくマントの裾を持ってお辞儀をする。
「妾はクリスティアーネ・ティセリウス。この姿ではお初にお目にかかる。さて、この2週間の文句をぶちまけるがよい。妾はその為に、お主に逢いに来たのじゃよ」
ニコリと笑う絶世の美女の、深淵の瞳の蒼はちっとも笑っていなくて、俺は夢の中だというのに一筋の汗が背中を伝っていくのを感じるのであった。
0
お気に入りに追加
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました
竹桜
ファンタジー
自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。
転生後の生活は順調そのものだった。
だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。
その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。
これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる