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第二章 子育て奮闘中

48. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ⑦

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「安心なさい、コウハ。あたし達は強いわよ。そんじょそこらの魔物なんて、寄せ付けもしないわ」

 すくっと立ち上がるフアナの手には、槍が握られている。
 巫女達は自由にその得物を出し入れできる。聖女に与えられた特別な加護の一つで、亜空間に武器を格納しているのだとか。仕組みは分からないが、念じれば武器が手元に現れるのだという。

「ちょうど良かった。を見せてあげる」

「草むしり…?」

 双子はにまにまと笑っている。
 フアナの、やけに頼もしく感じるその背を見上げる。か細い身体なのに、そこから漲る力は絶大だ。
 聖女の加護は、武器そのものの重さには関与していない。つまり、フアナもこの呑気な双子たちも、自力で得物を振り回している事になる。
 上手く重心を操れば、意外と長さ、重さの問題はクリアできるものだ。それを戦場で使えるか否かは別問題だけども。
 彼女らは天性のセンスで得物を自由に扱っている。それこそ彼女らが「巫女」として見出された最大の理由なのだろう。

「あたし、毎日草むしりしてるの。身体を動かさないと調子狂っちゃって」

「なんだ…あれ…」

 遥か前方、俺たちがいる原っぱの先から何やら不気味な葉っぱが大量に蠢いているのが見えた。
 神殿を戴く山頂とは云え、その広さは膨大だ。神殿の周りは草がぼうぼうに生えた草原地帯であるが、その奥は深い木々が生い茂り、鬱蒼とした森が広がっている。

「その名の通り、草ですよ」

「パインの、葉…じゃねえか」

 ただの草ではない。その森の奥から、パイナップルの大群が押し寄せている。
 ツンツンとした硬い葉を頭のてっぺんに乗せて、でこぼこした身体を揺らしながらウゴウゴと俺たちの方に近づいてくる。
 どう歩いているかは知らないが、動くたびにでこぼこの模様が波打っていて、まるで蛇の鱗のようでもあった。
 はっきり言って、気色悪い。

 魔物が、現れた。

「神殿の平和はフアナに守られてると言ってもいいくらいだよ。ほんと、この魔物は毎日毎日しつこくてね。ヤギを飼い始めたら、途端に数も増えちゃったんだよ」

「魔物…なのか?」

 ここに来て最初にわたあめと遭遇して以来、なんてのほほんとした世界なんだと思っていた。
 魔物なんてそれほど脅威でもなかろうと、勝手に思っていた節もあった。
 俺は甘かった。敵意を剥き出しにした魔物は、本能的な人の恐怖心を駆り立てる。俺は徐々に間を詰めてくる葉を見ただけで身体が竦んでしまった。手負いの野良犬が身を守ろうと威嚇するかのように、子を産んだばかりの母猫が気を立てて襲い掛かる準備をしているかのように、めちゃくちゃ怖い生き物だった。

「敵意じゃないよ、コウハ」

「え?」

「アレは僕らを食べようとしているんだよ。だから―――」

 俺たちに向けられているのは、紛れもない

 ゾクリと冷や汗を流す。
 普通に生きていて、他の何かからあからさまな殺意を向けられる事など、早々にない経験である。

 窪んだ実のあたりに、目玉らしきものがギョロギョロと邪悪な光を発していて、カッパリと側面に空いた穴からは鋭い牙、ダラダラ垂れる涎が地面に水溜まりを作っている。
 一匹一匹はそれほど大きくない。スーパーで売っているパイナップルよりも、一回りほど大きいくらいだ。
 だが、数が異常だ。

「あの森の奥に、ナップルスの巣があるんです。麓まで降りてきたら大変だから、旅に出る前に巣の掃除をしなきゃねって話していたんですよ」

「ほら、ここは聖女の加護のお陰で比較的平和だからさ。フアナは退屈でしょうがないって言うから敢えて巣を放置してたんだよね。そうしたら、ナップルスが調子乗っちゃって毎日現れるようになっちゃった」

「フアナ一人で大丈夫なのか…あの量だぞ…?」

 ナップルスとかいう魔物は、眼前に仁王立ちするフアナを食べ物と認識し、狙いを定めている。
 じりじりと間合いが縮まる。もう、槍の切っ先が届くところまで奴らは来ている。

「勿論です!ナップルスは毎日フアナに狩られてるくせに学習能力がなくって。ああして目の前の獲物にしか興味を抱かないんですよ。まあ、ちょっと団体さんでやってくるのが面倒なんですけど」

「僕はともかく、エリザの武器は小回りが利かないからね。僕はリーチが足りないのがネックかな」

「だから、あたしなのよ!ふん!!」


 ビュッ――――!!


 フアナの鼻息一つで、先頭のパイナップルが吹っ飛んでいった。
 否、槍の一振りだった。

「いくわ」

 フアナは大きく深呼吸して、魔物の中心に飛び込む。
 そしてその中心を軸にして、凄まじいスピードで回転し始めた。

 戦闘の始まりである。


 ゴオオオオォォォォ!!!

 槍筒の端の方を持ち、ハンマー投げの要領でグルグルと回る。
 空気が無理やり歪められ、ナップルスは突如沸いた風の渦に足を取られている。


 ギギギグ!!
 グギヤャ!!!!???
 ギィィイィイ!!


 しかし魔物も負けていない。
 戦闘とは、所詮は数が物を言う。手数の多さが勝敗を決めることも多い。起死回生の一発勝負は、殆どが運任せである。戦でも鉄砲部隊より足軽部隊の方が多いのは、相手の懐に飛び込んで死角を奪い、確実に命を絶った方が確実だからだ。兵士が捨て駒になるのは、どうしても仕方がない事である。
 ナップルスの攻撃はまさにこれだ。初手をフアナに握られた後も怯まずに、どんどん間合いを詰めていく。

 フアナは360度回転して一見隙が無いように見えるが、実は上下からの攻撃には対処できない。回っている慣性に引っ張られて急に止まる事はおろか、次手へのラグが一番の問題だ。
 それに回転の度合いによっては、三半規管をやられて自分自身が目を回してしまう。

「やべえぞ、パインの数が多い!!」

 しかし双子は動かない。
 のんびりと腕を頭の後ろに組んで、傍観を決め込んでいる。

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