48 / 54
第二章 子育て奮闘中
48. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ⑦
しおりを挟む「安心なさい、コウハ。あたし達は強いわよ。そんじょそこらの魔物なんて、寄せ付けもしないわ」
すくっと立ち上がるフアナの手には、槍が握られている。
巫女達は自由にその得物を出し入れできる。聖女に与えられた特別な加護の一つで、亜空間に武器を格納しているのだとか。仕組みは分からないが、念じれば武器が手元に現れるのだという。
「ちょうど良かった。草むしりを見せてあげる」
「草むしり…?」
双子はにまにまと笑っている。
フアナの、やけに頼もしく感じるその背を見上げる。か細い身体なのに、そこから漲る力は絶大だ。
聖女の加護は、武器そのものの重さには関与していない。つまり、フアナもこの呑気な双子たちも、自力で得物を振り回している事になる。
上手く重心を操れば、意外と長さ、重さの問題はクリアできるものだ。それを戦場で使えるか否かは別問題だけども。
彼女らは天性のセンスで得物を自由に扱っている。それこそ彼女らが「巫女」として見出された最大の理由なのだろう。
「あたし、毎日草むしりしてるの。身体を動かさないと調子狂っちゃって」
「なんだ…あれ…」
遥か前方、俺たちがいる原っぱの先から何やら不気味な葉っぱが大量に蠢いているのが見えた。
神殿を戴く山頂とは云え、その広さは膨大だ。神殿の周りは草がぼうぼうに生えた草原地帯であるが、その奥は深い木々が生い茂り、鬱蒼とした森が広がっている。
「その名の通り、草ですよ」
「パインの、葉…じゃねえか」
ただの草ではない。その森の奥から、パイナップルの大群が押し寄せている。
ツンツンとした硬い葉を頭のてっぺんに乗せて、でこぼこした身体を揺らしながらウゴウゴと俺たちの方に近づいてくる。
どう歩いているかは知らないが、動くたびにでこぼこの模様が波打っていて、まるで蛇の鱗のようでもあった。
はっきり言って、気色悪い。
魔物が、現れた。
「神殿の平和はフアナに守られてると言ってもいいくらいだよ。ほんと、この魔物は毎日毎日しつこくてね。ヤギを飼い始めたら、途端に数も増えちゃったんだよ」
「魔物…なのか?」
ここに来て最初にわたあめと遭遇して以来、なんてのほほんとした世界なんだと思っていた。
魔物なんてそれほど脅威でもなかろうと、勝手に思っていた節もあった。
俺は甘かった。敵意を剥き出しにした魔物は、本能的な人の恐怖心を駆り立てる。俺は徐々に間を詰めてくる葉を見ただけで身体が竦んでしまった。手負いの野良犬が身を守ろうと威嚇するかのように、子を産んだばかりの母猫が気を立てて襲い掛かる準備をしているかのように、めちゃくちゃ怖い生き物だった。
「敵意じゃないよ、コウハ」
「え?」
「アレは僕らを食べようとしているんだよ。だから―――」
俺たちに向けられているのは、紛れもない殺意。
ゾクリと冷や汗を流す。
普通に生きていて、他の何かからあからさまな殺意を向けられる事など、早々にない経験である。
窪んだ実のあたりに、目玉らしきものがギョロギョロと邪悪な光を発していて、カッパリと側面に空いた穴からは鋭い牙、ダラダラ垂れる涎が地面に水溜まりを作っている。
一匹一匹はそれほど大きくない。スーパーで売っているパイナップルよりも、一回りほど大きいくらいだ。
だが、数が異常だ。
「あの森の奥に、ナップルスの巣があるんです。麓まで降りてきたら大変だから、旅に出る前に巣の掃除をしなきゃねって話していたんですよ」
「ほら、ここは聖女の加護のお陰で比較的平和だからさ。フアナは退屈でしょうがないって言うから敢えて巣を放置してたんだよね。そうしたら、ナップルスが調子乗っちゃって毎日現れるようになっちゃった」
「フアナ一人で大丈夫なのか…あの量だぞ…?」
ナップルスとかいう魔物は、眼前に仁王立ちするフアナを食べ物と認識し、狙いを定めている。
じりじりと間合いが縮まる。もう、槍の切っ先が届くところまで奴らは来ている。
「勿論です!ナップルスは毎日フアナに狩られてるくせに学習能力がなくって。ああして目の前の獲物にしか興味を抱かないんですよ。まあ、ちょっと団体さんでやってくるのが面倒なんですけど」
「僕はともかく、エリザの武器は小回りが利かないからね。僕はリーチが足りないのがネックかな」
「だから、あたしなのよ!ふん!!」
ビュッ――――!!
フアナの鼻息一つで、先頭のパイナップルが吹っ飛んでいった。
否、槍の一振りだった。
「いくわ」
フアナは大きく深呼吸して、魔物の中心に飛び込む。
そしてその中心を軸にして、凄まじいスピードで回転し始めた。
戦闘の始まりである。
ゴオオオオォォォォ!!!
槍筒の端の方を持ち、ハンマー投げの要領でグルグルと回る。
空気が無理やり歪められ、ナップルスは突如沸いた風の渦に足を取られている。
ギギギグ!!
グギヤャ!!!!???
ギィィイィイ!!
しかし魔物も負けていない。
戦闘とは、所詮は数が物を言う。手数の多さが勝敗を決めることも多い。起死回生の一発勝負は、殆どが運任せである。戦でも鉄砲部隊より足軽部隊の方が多いのは、相手の懐に飛び込んで死角を奪い、確実に命を絶った方が確実だからだ。兵士が捨て駒になるのは、どうしても仕方がない事である。
ナップルスの攻撃はまさにこれだ。初手をフアナに握られた後も怯まずに、どんどん間合いを詰めていく。
フアナは360度回転して一見隙が無いように見えるが、実は上下からの攻撃には対処できない。回っている慣性に引っ張られて急に止まる事はおろか、次手へのラグが一番の問題だ。
それに回転の度合いによっては、三半規管をやられて自分自身が目を回してしまう。
「やべえぞ、パインの数が多い!!」
しかし双子は動かない。
のんびりと腕を頭の後ろに組んで、傍観を決め込んでいる。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました
竹桜
ファンタジー
自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。
転生後の生活は順調そのものだった。
だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。
その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。
これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。
社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル
14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった
とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり
奥さんも少女もいなくなっていた
若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました
いや~自炊をしていてよかったです
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる