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第二章 子育て奮闘中
47. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ⑥
しおりを挟む魔法を発動するには、まず意識を集中して体内のマナを一点に集約し、「真霊晶石」と呼ばれる特別な触媒にその力を移す。それから大地に漂う五大元素の精霊への使役を強制する詠唱を唱えなければならない。
しかも、その現象が起こる仕組みを理解していないと駄目なのだそうだ。
「すまん、意味が分からん」
「例えば火の魔法を使いたいとするよね。火は熱と光の燃焼反応だ。熱に酸素と燃料が加わって炎が生み出される。炎は気化した燃料が燃焼して初めて目に見える現象で―――」
「ちょ、ちょっと待て待て!!仕組みって、そっちの方かよ!科学そのものじゃねえか!!」
「かがく?ああ、君たちの世界ではそう呼んでいるのか。僕たちの世界では、それを魔法学というんだよ。無から現象を生み出すんだ。物質の原理を知り得ないと摂理が乱れてしまう。魔法は万能だけど、誰でも使えるものじゃないんだ。まずこの魔法学の習得で、多くの人が躓くからね」
「ほえ~」
こりゃ驚いた。魔法ってのはチート機能みたいなもんで、何の気なしに呪文を唱えれば誰でも使える代物だと思っていた。
変なところで現実的というかなんというか。
「初歩魔法でも、何年も研究室に籠って勉強する必要がある。触媒の晶石も高くてね、滅多に市場に出回らないからおいそれと手も出ない。一般人が魔法を使うには、お金の面においてもすごく敷居が高いんだよ」
「そう。こんなに苦労しても、いざ敵を目の前にして発動まですごく時間がかかるの。集中している間は完全に無防備だしね。その間に、やられちゃう。敵はこっちの事情なんてお構いなしだから」
「威力は凄いんですけど、とにかく隙が大きすぎて戦闘では魔法を使うべきじゃない役立たずだって言われてるんです。でも、敵地の深部は魔法がないと太刀打ちできない。そこで私達のような。近接部隊が魔法使いのフォローをするんです。私達巫女が全員近接武器なのは、そういうことなんですよ」
「敵も魔法を使われるのは厄介に決まってる。だからまず最初にリア様を狙ってくる。あたし達は敵の目を逸らさせる囮。いつでも安全に魔法が発動できるように、聖女様のフォローに徹するのが役目。退くことは許されないし、防御する暇もない。猪突猛進で敵のターゲットをかく乱すればするほど、あたし達はお役に立てれるの。それ以上でもそれ以下でもないのよ」
俺は二の句が継げなかった。
だってこいつら、体よく聖女に利用されているだけじゃないか。
自分の意思で巫女をやっているんだろうが、囮と平然に言っているあたり、洗脳に近いレベルでおかしな事を言っている自覚はあるのか。
「あんたら見出されたって言ってたよな」
「うん、学校でね。適性と戦闘能力を見出されたんだよ。これってとっても光栄な事なんだ」
こいつらはどいつもこいつもお人好しで、生まれた時から疑う事を教わらずにそう叩き込まれていて、平然と囮としての身の上に矜持すら感じている。
大人たちの勝手な都合に巻き込まれているとも知らずに、質素な生活を強いられた挙句、待っているのが死地とは、あまりにも不憫でならない。
これが思想教育の弊害なのだ。それしか情報を与えられていないから、是非すら疑問に思わない。
「コウハ?どうしたの?眉間のとこ、皺…すごい」
「え?い、いや、あのさ…悪い。あんま異世界の悪口を言いたかないんだけど、そこら辺の農民との差っていうかさ、光栄な事なんだろうけど、それにしては貧乏で哀れっていうか痛々しい生活してるじゃん?村人には邪険に扱われてるしよ、背負った責務との差があんまりなんじゃないかと思ってさ…」
きょとんとする3人の視線が痛い。
俺のこのモヤモヤ感の意味すら伝わっていないだろう。
こいつらにとって、これは当たり前の世界。不思議に思うことすらない。
「リアと、話が出来れば良かったな…」
「コウハ?」
呑気に昼寝を楽しむ赤ん坊を眺める。
聖女はそれでいいのだろうか。女神の創ったこの世界が中途半端な欠陥品で、そんな女神の尻拭いに利用され、その聖女すらも完璧じゃないから、更にその下の人間を利用している不自然さを。
「コウハ様、私達は本当に光栄に思っているんですよ。能力を見出されたお陰で、本来は知り得るはずのない血の分けた半身と、共にいられる事が出来たのですから」
「それにフアナとも仲良しだしね。僕らは身体を動かすのが好きだし、この力が役に立てられて嬉しいと思っているんだよ」
「そうそう、あんたは余計な事を考えなくていいの。あたし達はそれなりに待遇されてるのよ?そりゃ今はちょっと信用なくされてるし、危険と隣り合わせだけど、責務を果たしてしまえばすぐにお役御免になる。一生働かなくてもいい待遇があたし達を待っているんだから!」
でも、死んでしまったら意味がない。
約束された未来なんて、仕組みそのものが破綻したこの世界で、そんなものが叶うはずがないに決まっている。
それを俺が指摘したところで、何が変わるわけではない。所詮、俺はよそ者、部外者なのだから。
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