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第二章 子育て奮闘中

43. 聖女の巫女とは何する人ぞ? ②

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 最後の三つ目は、上記に付随するものだった。
 神殿の連中に対し、旅に対する最大限の協力を求める事と、神殿の巫女の3人は、俺の旅路に追従する事、この二点である。
 これも願ってもないものだ。「旅は道連れ世は情け」とはまさにこの事。大いに頼らせて貰おうではないか。

 ただ一つ誤算があるとすれば、赤ん坊のリアを一緒に連れて来いと記されていた事であるのだが。

 そうと決まればと、たちまち張り切りだした神殿の皆々様方。
 全員がパア!と顔を輝かせて、そわそわと明らかに落ち着きがなくなってきた。
 旅に付いてくる3人の巫女だけじゃない。ここに集まった、全員だ。

「わあ、やったよ!!旅だよ、エリザ!!お仕事なのに、《王都》に遊びに行けるね!!」

 開口一番、普段は飄々として俺を女装させるのに余念のない男の娘エミールが、普段着のミニスカートを翻してやけに子供っぽくはしゃいだ。

「うふふ!私も嬉しいです!学校の先生に会えるでしょうか…ああっ、流行りのスイーツもチェックしないといけないわ!」

 そのエミールに感化された生真面目優等生エリザが、年相応の女子高生のように振舞いだす。

「あんた達ねぇ…あくまでコウハのお供なんだから…。でも、都会も悪くないわね。毎日毎日なんてうんざりしてたもん!」

 最初はまともそうな事を言っていたフアナだったが、もう駄目だ。エリザと並んで大きな瞳をキラキラさせてやがる。
 後述するが、「草むしり」というのはその通りの意味で捉えてはいけない。
 彼女はこんな狭い田舎ではなく、広い荒野で走り回っている方が性に合っている。「草むしり」に飽き飽きして物足りなくなっていた彼女にとって神殿を飛び出す事は、これ以上ないほどの開放感だったに違いない。

「巫女の3人と、リアと俺か…。旅先でミルクを調達すんのも厳しいし、ヤギがいてくれて助かったぜ」

「なんと!!ムゥとメェを持ち出すならば、わたくし~も!!!」

 次に立ち上がったのは、ボンジュールことジョアンのおっさんである。

「あんたは神殿の料理人だろうが」

「だからこそで~すよ、コウハさぁん!!わたくしは聖女様の料理人ンン~なのです!聖女様に関わる全ての食を預かる身、ムゥもメェもわたくしがいなければ良い乳はだしませんよ!!」

 この1週間、聖女ご本人様であらせられるリアのミルク作りをひとっつもやらなくて、なにが聖女の料理人だ、この野郎。初めて聞くぞ、その肩書き。

 このおっさん、俺とフアナが二頭のヤギを持って帰ってきたその日から、その愛くるしさに完全に心を奪われてしまい、以来片時も離れようとしない溺愛っぷりを見せつけていた。
 もうゾッコン中のゾッコンで、暇さえあればヤギを放牧している裏庭に出没している。
 毎朝の乳搾りも自分がやると言って聞かないから勝手にやらせているが、ついには一緒に寝るとまで言い出して流石に止めた経緯があるほど、その可愛がり方が異常なのだ。
 殆どの世話もおっさんがやるので、おっさん以外が乳を搾ってもあまり出してくれないし、大人しくもしてくれない。隙を見せれば髪の毛をハミハミしてくるし、ヤギもすっかりおっさんに懐いているから始末に悪い。

 だから正直、旅におっさんが付いてくるのは有難かった。
 旅の間の食事の準備と、ヤギの世話をしなくて良くなるからである。

「お待ちくださいませ。私も参りましょう」

「はぁ?」

 次に挙手したのはアルフレッドこと、聖女の執事アルだった。
 彼は物腰柔らかく、しかも有無をも言わせない眼力を従えて、恭しくお辞儀をしながら言うのだ。

「私は聖女様の執事。聖女様のいるところつまり、私の居場所なのです」

「はあ…」

「不慣れな旅路に細々とした世話役は必要でしょう。私は赤子をお育てした経験はありませんが、貴女様方のお世話は心得ております。元冒険者のこの身、存分にお使いくださいませ!」

 アルは俺たちに同行する気満々だった。この初老の男の何に火を点けてしまったのか、唯一遠足に行くのではないと理解しているはずの大人がすっかり乗り気なものだから、俺は何も言えずただ頷くしかない。

「…じゃあ、あんたも、か」

 神殿の住人はあと2人。夕食前に帰宅するバズはひとまず置いておいて、残るは聖女リアの自称愛弟子パルミラだ。

「わ、わたくしは…」

 おっと。こいつこそ我先に付いてきそうだと思っていたが、予想外に消極的な態度であった。
 皆がリアの周りで仲良く円陣を組む中、一人情けない顔でおろおろしている。最初は他の面々と同じ顔して喜んでいたのに、ハタと思い直して以来こんな調子だ。
 彼女が項垂れると長いサラサラの髪が背中に落ちて散らばる。綺麗だが、おいおいスープの皿に髪の毛入ってんぞ!

「わたくしは、《王都》を出た身ですから…その、あまりよろしくないと申しますか…」

「ええい、パルミラ殿、はっきり致しませぬか!」

 アルの気負いが変な方向に向かっている。そんなアルに加勢せんと、3人の巫女達も動き出した。

「旅にはパルミラさんの魔法が必要になると思うんだよね」

 と、エミール。

「うんうん。火を興したり、明かりを点けたりするにも助かるし。今はリア様がこんな姿になっちゃってるから、魔法は貴女しか使えないもの。是非お願いしたいわ」

 これはフアナだ。

「私達の近接攻撃だけでは心許ないです。コウハ様とリア様を確実にお守りするには、パルミラさんの魔法が必要ですよ!それに以前パルミラさん仰ってたじゃないですか、《王都》のとっておきのスイーツ店に案内してくださるって」

 エリザが手をグーにして力説する。
 パルミラは困った顔を更に困らせて、これ以上眉が下がらない。元々垂れ目の瞳が、どうしようかと揺れている。

「ああ、もう面倒だ!お前らただ《王都》に旅行に行きたいだけじゃねぇか。事情は知らねえけど、聞いてる限りあんたは都会の街に詳しそうだ。田舎者が都会で迷わないように、冷静に引率してくれる人が必要なんだけどよ?」

 ついつい俺も加勢する。
 本当は行きたい。だけど冷静であろうと繕うプライドがすんなり首を縦に振ってくれない。
 常に気怠く、世を達観する物言いで皆の一歩後ろにいるパルミラは、異世界に来る前の俺からしたら年下の可愛い女の子で、実はこんなメンドクサイ察してちゃんは幾らでもいて珍しくない。
 後押しすれば転ぶ。その対処法を俺は知っている。前の彼女もこんな感じの性格だったからだ。

「そ、そこまで仰られるのなら、致し方ありませんわね。わたくしの魔法がお役に立つのでしたら、《王都》までお供させていただきますわ」

 ふふふ、パルミラ攻略しせり!!

「やったぁ!」

「これで皆さんもご一緒ですね」

「気心の知れた仲間だから、長旅も辛くないね」

「パルミラさんがいらしたら、心強いで~す!」

「おやおや、皆さま子供みたいにはしゃがれて。あくまでコウハ様とリア様の護衛であることをお忘れなきよう」

 今にもスキップしかねないじーさんが何を言うんだ。

「…完全に愉しんでるな、あんたら。ま、悲壮感漂わせながら旅するよりはよっぽどマシだけど」

 ファンタジーの異世界とくれば、旅は醍醐味の一つ。
 その道中での様々なイベントや戦闘、行く先々で出会う人との触れ合い、フラグ、ムフフな展開を期待するのはゲーム世界に慣れ親しんだ現代人として当然の事だ。
 四六時中神殿に籠りっぱなしで、言葉の通じない赤ん坊と二人きりで悶々と過ごさなくてもいいのだと考えただけでも、ワクワクが止まらなかった。

「よろしく頼むな、みんな!」




 こうして一枚の手紙から始まった《王都》行きで、物語が大きく動き出すのを俺は期待する。
 老若男女の大所帯を引き連れての2週間の旅路。その果てに、俺はきっと元の世界への帰り道を得るだろう。

 …ちょっとノリが強すぎる感があるのが不安でもあるのだが。

 それでも今ここに、異世界の醍醐味を俺は得たのである。
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