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第二章 子育て奮闘中

38. ミルクを作ってみよう ⑤

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「心当たりがある」と連れて行かれた先は、山の裾の野原を利用した、縦に長い牧場だった。

 山頂の神殿から伸びた何処までも続く長い石階段を、まだ降り切っていない山の中腹部分にそれはあった。
 ここまで降りるだけでも優に10分は掛かったのに、地面は遥か下の彼方である。
 どんだけ高い山なのだ。この山道をバズは毎日村から通っているらしいのだから恐れ入る。

「降りたらすぐ村だけどね」

 落下防止用の柵の周りに生える雑草目当てに、十数匹のヤギがメエメエと鳴いている。
 奥の方は牛か、マダラ模様の動物がたくさん見える。

「ここは凄いのよ。牧場は山をぐるっと一周してね、色んな動物がいるの。村の貴重な収入源だから、ここで働いている人も多いんだから」

「人っ子一人見えやしねぇけど」

「当たり前でしょ。牧場に人を放牧してどうすんの。働いている人は家畜舎の掃除とか餌作りとか、見えない所で働いてんのよ」

 牧場への侵入者が急に現れたにも拘らず、様々な動物たちはのんびり草をハムハムしている。
 俺は更に歩かされ、素朴な牧場とは裏腹に、やけにでかくて派手な屋敷の前に連れて行かれた。

 見た目は丸太のロッジだが、至る所に金銀に光る装飾品が付いている。あからさまな輝きは田舎には無粋の代物で、そこに住む主人の顕示欲を垣間見た気がした。
 その屋敷を取り囲むように、大量の樽が犇めき合っている。フアナが言うには、全て《王都》へ輸入する畜産物なのだそうだ。

「《王都》には行って帰るだけでも2週間は掛かるから頻繁じゃないけどね。搬入日は村総出で大忙しになるの」

 多くて3か月に一回、村の男全員を荷物持ちにして《王都》へ行商に行く。村が生きるか死ぬかは、この行商に掛かっていると言っても過言ではないそうだ。
 そして村には女子供だけが残され、長旅に行く夫の帰りを待つ。その期間、治安に不安が無いようにと、戦える力を持つ聖女の巫女らが村の巡回に当たる。
 だから村人たちは巫女を含め、神殿を頼りにしているのだとか。
 用心棒や村の手伝いを請け負う代わりに、日々の生活の面倒を見て貰っているという寸法なんだろう。

「でもはそうじゃないんだよね~」

 フアナは笑っている。
 眉尻を下げながら、であるが。

「どういう事だ?」

「この牧場は村のお金そのものよ。村の働き口でもあり、収入源でもあるからね。だからここのご主人はお金にとってもシビアなの。私達でさえ、お金じゃないと取引してくれない。便宜は図って貰ってんだけどね」

「難癖付けてくるとか?」

「ただ、お金に執着してんのよ。一代だけの牧場主だとしても、お金があればあるほど老後はいい暮らしができるもの」

「あ、そっか…この世界じゃ、職業は決められてんだっけか」

 アゼルに於いて、王族以外に世襲制は認められていない。貴族であろうと、どれだけ財を成そうと一代限りなのが面白い。
 それぞれ適性に合わせた職を勝手に定め、後は放置する無責任な王政府だが、途中で好き勝手に転職するのは自由だし、どう金を稼いで使おうとも関知しない。一貫して自己責任を王民に遂して、それで国が成り立ってんのは凄いと思う。

 子どもや子孫なんてものはないから残す財産は必要なく、自分の老後の事だけを考えて民は生きている。人の心配をしないでいい分、ある意味ラクな生き方だろう。

「手前手前で勝手に生きる世界、か…」

「そうよ。あたし達はこれが当たり前だから、今更どうとも思わないけどね。じゃあ、行きましょ」

 妙にゴテゴテした牧場らしからぬ堅固な扉を開け、俺とフアナは牧場主の屋敷へ足を踏み入れる。

 話を聴く限り、相当な守銭奴みたいだから足元を掬われないようにしないとな。

 そう意気込んで、主人と対面に臨むのである。
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