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第一章 異世界召喚
32. 驚異の子育て政策 ②
しおりを挟むそれは、大胆な行いだった。
妊娠出産、そして子育てや教育に至る子供の全てを、国が一括管理する事だったのである。
「俺の世界でも似たような話があるぞ。東欧のどっかの共和国がやったやつで、結局破綻して大失敗になった。そのツケも回収できず、その国では貧困化が泥沼化してるって話だ」
「そうなのですね。ですが今のところ、この政策に不便は感じませんわ。それが施行されて、もう250年以上になりますから」
「250年!?」
国は妊娠を奨励したけれど、強制はしなかった。
子は国の宝とし、妊娠出産に褒美を与えるようにしたら、それを目当てに出生率は上がったという。
その際、親に責任は一切生じない。出産に関わる費用は無料な上、妊婦は産み月から出産まで《王都》で手厚い保護を受ける。
子育てには金と時間がかかる。
日々の食事にも事欠く平民には大きな負担だろう。
その懸念を、国が緩和した。
産めば金が貰える。妊娠中の働けない期間も国がフォローする。
子育てによるストレスも無く、教育も施さず、成長過程を気にすることもなければ、子供の食い扶持を稼がなくてもよい。
母性なんてクソくらえ。産めば産みっ放しなのに、それが奨励される。
俺からしてみれば考えられない施策だ。
「その費用はどこで賄うんだ?なんでもタダってワケにはいかんだろ」
「税金が高いのさ、この国は。実はな、魔族側に逃げてる人間もいるんだよ。あんま大きな口では言えねえがな!魔族には人間を雇用してんのもいる。そうやって肥沃な土地に出稼ぎに行ってる奴らもいらぁ」
「本末転倒だな、マジで」
妊婦は出産すると直ぐに帰宅していい。子育ては義務ではないからである。
産まれた時点でその赤子は国の所有物となり、国により育てられる。母親の権利は元々から存在しない。
平等に育ち、平等に教育を受け、適正によって今後の人生を定められる。義務教育を終えたのちは職業を与えられ、いきなり社会に放り出されるのだそうだ。
しかしそこに至るまでに散々思想教育を受けているし、周りの大人たちもその思想を常識として叩き込まれている。産まれた時からそうであるからこそ、大きな混乱にはならないのだという。
「オレっちにはガキは4人もいるが、それが誰でどんな奴で、名前が何なのかも知らねえ。オレっちは金を貰うだけだし、こうして神殿で働けるだけ困ってねえからな!わっはっは!!」
「……信じらんねぇな。それが、赤ん坊を…子育てを知らない理由、か」
子育て政策は国の根本。
子を育てる職に就ける者は、例外なくエリート扱いされる。
「要は、国公認の孤児院って感じか。それもバカでかい施設」
「子は孤独ではありませんわ。確かに親の顔を知らずに育ちます。ですが、周りには同じ境遇の子しかいないのです。この世界ではもはや当たり前となっている事に、孤独を感じる事もないのです」
「じゃああんたもオッサンも。フアナもエミールもエリザも、みんなそうやって産まれ、育ってきたのか」
「ええ。ですから赤ん坊を見る機会は、シッター協会に務めていなければ有り得ないのです。わたくし達が子に無関心だとあなたは仰いますが、無関心なのではなく知る必要がないと、そう教育されているからなのですわよ」
「なるほど、それで…」
思想教育はある意味厄介なものだ。中には人の論理観すら失わせてしまうものもあるだろう。
しかし、この世界に住まない部外者の俺がとやかく文句を言える筋合いはないのである。
パルミラ達から見れば、俺の世界こそ、子育てを親に強制させる変な世界なのだ。
異文化交流の難しさはそこにある。
これに宗教や教育、法律などが絡むともっと面倒な話となる。
郷に入っては郷に従えという言葉もあるが、そういう問題ではない事も多々ある。
偏に人は、万物共通ではない。
「コウハ様、ご理解頂けたかしら?」
「ああ、あんたらがわざと虐待してる訳じゃねえって事がな」
「無理もねえさ、ガッハッハ!!」
物が溢れているのに殺風景で殺伐としていた部屋は、その模様をガラリと変えた。
部屋を入って左手側の奥に全て纏めたのだ。
「ホントは全部無くしたいんだけどな」
「お師様がお気づきになられたら、きっと驚きますわね」
「やっぱここはこいつの部屋か」
机も棚も何もかも積み上げた。お陰でだだっ広い空間ができた。
家具を気にして動く手間もないし、大っぴらに使用できるだろう。
「なぁ、ユミルはシッターだと言ってたよな。子育てのスペシャリストって」
「子に関する機関は、王直属の専門機関となりますわ。国の礎を育てる大事なお仕事ですもの。特に優秀な方が選ばれるとお聞きしています」
「見た感じ、この身体はまだ10代だ。そんな頃から仕事をさせられるのか?」
「この世界の成人は15歳ですの。施設で適性を見極められるのです」
子どもは平等に教育を受ける。それはさっきも言ったけど、中には得手不得手もあるし天才と凡人を一緒くたに教育するのは、どちらにとっても勿体無い事だ。
子は年齢を重ねる度に細かくクラス分けされ、その子の特性に見合った教育を受けるのだそうだ。
こっちの世界でもあるだろ?偏差値の高い国立大学と、どっかその辺のボンクラ私学ってやつが。
たった一つ例外があるのだとしたら、それは王族らしい。
唯一、血族で連なるのが王様一族。貴族や有力者の子息であったとしても、平民と同じ扱いとは恐れ入る。
「子は親を知りません。知らない方が良いからですわ。親の職業で優劣をつけてしまえば、教育に平等性がなくなり、この施策は崩壊するのです。貴族とは云えど、王の奴隷。それも一つの職業として、一代で変わるものなのですよ」
「ま、大抵はおマンマを作る農民だ!オレっちもこんな辺鄙な片田舎で米を耕せと言われたけどな」
「それがなんで神殿の下働きをやってんだよ」
「そりゃあ、縁さ。カカァ娶って平和に暮らしてても、人生何があるか分からん!途中で職を変えるのは自由だからな。国は成人するまでは過保護にしやがるが、そっから先は野放しだ」
「ふうん…大変なんだな」
パルミラの豊満な胸に抱かれて温もったのか、リアの震えは収まっている。
顔面蒼白でいかにもヤバそうな感じだったが、少しだけ表情が穏やかだ。硬く瞑った目は腫れぼったい棒になり、小さなしゃっくりをしている。
といっても何も改善されちゃいねえから、油断は出来ないけどな。
「各自の仕事については、あの子達にお聞きすると宜しいですわよ。聖女の巫女も、選ばれた特別な職業です。わたくしよりも詳しく教えて下さるでしょう」
「…ま、そこまで俺がいるとは限らないけどな」
俺の呟きに、返事が返ってくる事はなかった。
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