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第一章 異世界召喚

27. 俺氏、ついに怒る ①

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「なんだ、それ。お前ら、俺を馬鹿にしてんのか?」

「コウハ?」

 は…笑っちまうよ。呆れて者も言えねえな。なんでこいつらは、さっきからこんな呑気に茶を啜っている?
 クソ不味い葉っぱを俺に食わせ、面倒よろしく赤ん坊を勝手に押し付けて。

 異世界?異次元?
 そんなもん、どっちでもいい。どうだっていい。

「ふざけるのも大概にしろよ。…早く元の世界に戻しやがれ」

「ちょっ!」

 聖女?魔族?マナ?
 そんなの知った事じゃない。俺には関係ない。

 勇者?戦争?魔王?究極魔法?
 勝手にやっていればいい。こいつらの事情なんて知るか。

 大人しく訊いていれば、何もかも滅茶苦茶だってこいつらは気付かないのか?
 異世界ってのは、こうもアホな連中しか揃っていないのか。

「コウハ、なにいきなり怒ってんの」

「は!これが怒ってるように見えるんだったら、お前の頭は正常だ」

「あんた…!」

 和やかな雰囲気が一瞬で静まり返る。
 いきり立つ俺に、怒りを露わにするフアナ。双方の間に殺伐とした空気が流れる。
 空気の読めねえハゲのオッサンすら神妙な顔つきになっているんだから、早くこうすれば良かったのだ。

 そうせざるを得ないと思い込んで半日ほど赤ん坊の面倒を見てやったけど、この身体の本来の持ち主ならともかく、俺は全くの無関係。
 こいつらに従う理由は、最初から無かったのだ。

 それを俺が戸惑いで思考が著しくアッパッパーになっているのをいい事に、理由も訊かず連れてきやがって。

「俺の知りたい事、分かるっていうからここにいるんだけど?」

「あ…」

「騙したな、とは言わねえよ。あんたらに悪意が無いのは何となくだけど、それは感じる」

 だが、悪意が無いのと善意を押し付けられるのは別である。

「結局何にも分かんねえじゃん。俺が、こいつを世話する理由が何一つ」

「それは女神の加護が…」

「あ?加護ってか?」

 テーブルの上にあったケーキナイフを手に取る。

 デザートにと、ホールで二つも出されたクッキーは、ほとんど俺が食い尽くした。クッキーなのにホールケーキみたいに出てきた時は驚いたけど。
 俺はしこたま腹が減っていたし、クソ不味い葉っぱよりかは遥かにマシで、食ってみたら思いの外美味かったのだ。
 甘いものはそれほど得意ではないが、ジョリジョリとした触感はカステラについてるザラメのようで、それなのにめたらやったら甘さを主張しない。
 仄かに香る柑橘系が、食欲も刺激した。

 俺はいちいち皿に取るのも面倒臭くて、行儀悪くナイフで削っては、そのまま口に放り込んでいたのである。

 ナイフの刃は鋭くない。だが、目一杯力を入れれば皮膚なんて簡単に切れる。

「ああ!コウハ様!おやめ下さいませ!!」

 アルフレッドの静止の声は頻拍している。ここに来て初めて見る焦った仕草。

 俺は構わずナイフの先端を、俺の喉元に突き立てた。


 ガキン!!


 金属のいびつな音がした。

「……」

 カラカラと、刃先が床に落ちて何処かへと滑っていく。
 息を呑む神殿の面々に向かって、俺は自嘲する。折れたナイフの柄を、彼らに見せつけて。

「加護っつーのは、これだろ?」

 俺の首は無傷であった。
 刃は俺の皮膚に到達するその瞬間に、見えない膜に力を相殺され無効化された。それでも勢いを消さなかったから、ナイフの方が負けてしまったのだ。

 要するに、俺は怪我を負わない。
 物理的な攻撃が、効かない。

「その通りですわ」

 一部始終をじっと見ていたパルミラが立ち上がる。
 気怠く髪をかき上げ、俺を真剣な目で見つめた。

「これこそ我が師、聖女の加護の力―――『絶対防御オールクリア』です。彼女自身にも備わっている神の力ですわ」

 聖女は創造神の導き手。厳密にいえば、人間でも魔族でもない存在。
 この世界アゼルの上位種とも云える聖女に、攻撃など通用しない。

 俺がこの世界に初めて降り立った時、わたあめみたいな獣に攻撃されても痛みを感じず、一方的に攻撃されても無傷だったのはその力が適用されていたからである。

 聖女の巫女たちはこうも言った。
 その力を…加護を得ているからこそ、聖女に認められた証。
 何も関係ない人間に、聖女は力など与えない。

「赤子になりし聖女は余りにも無力。それを育てるのはシッターの役目。いわば一心同体で在らねばならないからこそ、聖女はその力をあなたにも与えたのですわ」

「だからって、俺がこいつを育てる理由にはなんねぇよ。中の奴ユミルなんだろ、本来は」

 快晴の空のような、透き通った美しい水色の髪と瞳。カツラや染色では、こんな色など表せないだろう。
 俺じゃない、俺。
 俺ととても良く似た顔立ちをしている、それでも俺じゃないこの身体の持ち主の名はユミル。

 聖女が加護を与えた人間は、ユミルなのだ。

「ユミルの身体にいる俺。そのユミルの意識は何処にある?俺の身体にいるのか?だとするなら、俺の身体は一体何処にある!」

 ドン!と、テーブルを叩いた。

 聖女の巫女を名乗る若者三人は、俺がキレだしてからずっと固まっている。
 エリザなど、今にも泣きそうに怯えている。
 俺を小馬鹿にしたような口を利くエミールは目を伏せ、沈黙したままだ。
 人の言う事なんかちっとも聞いちゃいねえ気の強いフアナまでもが、耐えるように俯いていた。

 最初からそうすれば良かったのだ。
 高校生くらいのガキ相手に、三十路になりかけの俺が本気で喧嘩をするのは大人気ないと自制していたのがいけなかった。調子に乗らせたのは俺の曖昧な態度が原因でもあるから、それは反省しよう。

「俺は知らん。ユミルって奴の安否や俺の身体の居場所だって、何だかんだでちっとも分からねぇんだろ?だったら最初からそう言えよ。ま、言っても協力するとは言わんがね」

 せっかくねーちゃんの為に買った赤ちゃんグッズも使っちまった。
 スマホにマニュアルを保存しといて良かった~…なんて、こんなの俺が出しゃばる案件じゃねぇんだよ。
 俺はお人好しだが、理に適わない事はしない主義だ。

 乱暴に椅子を引き、俺は立ち上がる。
 和やかな食事会は、最悪の空気に包まれた。

「コウハ、何処行くの…?」

 おずおずとフアナも立ち上がる。

「悪い、もう話したくねぇ」

「…グスっ」

 ついにエリザは泣き出した。鼻を啜り、大きな瞳からは涙がボタボタと落ちている。
 泣きたいのはこっちの方だ。俺こそ完全アウェイなのに、人の気も知らないで泣いたってどうにもならない。

「申し訳ありません、コウハ様」

 アルフレッドが食堂の扉の前に背筋を正して立つ。老齢ともいえる年頃。その佇まいはスマートで美しい。

「私どもはコウハ様の御心に沿わず、随分と急いていたようです。私がもしあなた様の世界に飛ばされたと考えれば、私は冷静ではいられないでしょう。肝の据わったあなた様の強さに、私どもは甘えておりました。謹んで、お詫びを申し上げます」

「いや、あんたに謝られても困るんだけど…」

 見渡すと、いつの間にか全員立ち上がっていて、俺にこうべを垂れ下げていた。

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