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第一章 異世界召喚
18. どうやら聖女サマは不死身のようです ②
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厨房に行くと、忙しそうに駆け回るピンク髪の少女と、長いコック帽を誇示したチョビ髭ボンジュールがいた。
「あ、コウハ!…と、リア様っ」
「ボンジュ~~ルゥゥ!!」
巻き舌でニカニカと歯を出すボンジュールは両手に皿を抱えている。
「もうすぐ呼びに行こうとしてたんだ。リア様大人しいね、何か用事?」
「おうっ!フアナ嬢にお聞きしていま~すよ!初めましてぇの、ボンジュ~ル!!」
なかなか騒がしい人物である。
結構、いやかなり鬱陶しい。
「後は食堂にお皿を並べるだけなのよ。ほら、これからいつでも話せるんだから、早く用意終わらせてよ!」
と、ボンジュールのケツを蹴飛ばすフアナは実に頼もしい。
叱り飛ばし方といい、ちょっと乱暴なところといい、俺限定でそんな事をしているのかと思っていたが、どうやら万人共通の扱い方らしくて安心した。
安心って言い方も変だけどよ。
「ミルク作んないとな。悪いけど、また湯を借りに来たぜ」
「リア様、ちゃんと飲んだ?あれ、ちょっと残してるね」
フアナは俺から哺乳瓶を受け取り、予め調理に使っていた湯でチャチャっと洗う。
リアを抱いて両手が塞がっていたから助かった。
この少女、正確に多少難はあるものの、よく気が付くいい子だと思う。
「飲ませ方とか初めてだかんな。俺もこいつも。でも頑張って飲んでたよ、必死にな。一週間ぶりのまともな飯とは云え、全部は胃に入らなかったみたいだ」
「ふぅん。丁度、料理に使ってたお湯があるよ。まだ熱いから沸かさなくても良さそう」
「おう、サンキューな」
「さんきゅ?」
リアを左腕全体に凭れるように抱き、空いた右手でミルクの粉を入れる。
800グラムの粉ミルク。
このままのペースだと、10日も持たずに底を尽く。
リアには悪いけど、俺は10日も滞在するつもりはないけどな。
しかし粉っつーもんは、一気に湯を入れると下で固まって、なかなかどうして溶かすのが難しいモンだ。
ココアを飲むときなんかも、いっつもそう思う。カップの底にへばり付いて溶けんわ、薄いわ、洗うときスポンジが真っ茶色に汚れるわでメンドクサイ。
哺乳瓶を上下に激しく振っても、実は溶けていなかったりする。
しかもミルクが猛烈に泡立って、いざ赤ん坊に飲ませる最初の一口は空気しか出てこない。
とりあえず、要検証だ。
「食堂まで案内するわよ。皆、先に揃ってる」
「え?あ、そうなのか」
「リア様も一緒にお食事ね。ご馳走が食べられなくて可哀想だけど。せっかくのお肉なのに」
ふふ、と笑う。
肉…か、リアの好物みたいな言い方だな。
前は肉を食べていた、とでも言っているような台詞だ。
「お肉は貴重なのよ。都会から来たあんたには分かんないだろうけど。マナの劣勢だから、家畜をやたらに屠殺するのはご法度」
「マナ?」
厨房を出て、ランタンに灯された灯りがほんわりと照らす石床をツカツカと、俺の前を行くフアナが振り返りつつ喋る。
食堂は俺の部屋とは逆方向。礼拝堂に入る最初の渡り廊下の先にあった。
「厨房からは離れているけどね。祭事の時なんかは人がたくさん集まるから、こっちにあった方が都合が良いのよ」
生活区に食堂がないのは、部外者をこれ以上先に立ち入らせないようにする為の工夫なのだろう。
「あんたが呑気に部屋で寝ている間、先に皆を集めて少し話をしていたの」
「そうなのか?って、覗いたのかよ」
「静かだったから、また鳥さんに攫われていませんか~ってエリザがしつこくって」
「エリザ?あの二人のどっちかか」
「そうよ。ま、それも含めて後で紹介するわ。さあ、着いたわよ。とりあえず先に食事しましょう?あたし、お腹ぺっこぺこ」
両開きの木枠の扉の前に立つ。
生活区とは違う、濃い色合いの扉。対外的でもあるからか、重く堅苦しい雰囲気である。
ガシャン――。
物々しい音と共にギギギと扉が開く。
中から明かりが溢れてくる。薄暗い廊下を歩いてきたから、部屋の明るさが際立って見えた。
「あ、ご到着のようですよ!」
「おやおやこれは、リア様もご一緒で」
食堂の入り口にはロマンスグレーの執事風のオッサン。スマートに一礼して、俺の背に手を当てる。
「ささ、皆さまお揃いですよ。長旅でお疲れでしょうし、まずは歓迎の儀として料理長の渾身の作をご堪能頂きましょうか」
「あ、ああ…」
部屋の中央、真っ白なテーブルクロスの上に所狭しと並べられた様々な料理。
中にいた、フアナを除いた6人分の興味津々な視線が、一気に俺に集中する。
ご馳走、ご馳走というものだから、煽られるだけ期待は高まって、クリスマスパーティーのような絢爛豪華な料理が目の前に広がっているもんだと思い込んでいた。
飲めや歌えの大騒ぎ。
歓迎会っていうくらいだし、料理長のボンジュールは文字通り、走り回って俺を喜ばせようと頑張ってくれたに違いない。
「…ありが、とう」
ついついガッカリと、目に見えて肩を落としてしまった俺を許してほしい。
だってそれは予想とは随分とかけ離れていたから。
テーブルの上、草しかない。
緑の葉っぱ。赤やオレンジの落ち葉。茶色の茎。ドングリの実。
脇には大きな寸胴鍋が3つ。銀色のワゴンの中に、小麦粉を固めたような不揃いの固形物が高そうな皿に盛られている。
促されるまま、席に着く。
リアを膝に乗せ、頭だけを支える。
テーブルに置いた箔乳色の哺乳瓶に、集まった人たちの珍獣でも見るような奇異な視線が更に注がれるのを感じている。
メインらしき、貴重だという肉料理がこれまた高そうな彫刻が施された大皿の真ん中にチマっと乗っている。
薄桃色の、ただの肉の切り身。
何の肉かは、分からない。
質素だった。
兎にも角にも、質素。
めちゃくちゃ、質素。
どこまでも、期待外れ。
そして、不味そう…。
しかしフアナを始め、ここに集まった人たちにとってはご馳走なのだろう。
お祈りもそこそこに食事会は急に始まり、彼らは満面の笑みで素朴な料理にがっつき出した。
「コウハさぁん!お代わりも、たぁくさんありま~すからね~!!」
「へ?あ、ども…」
草をひとつまみ、口の中に放り込んで。
想像した通りの、青臭いツンとする味を噛み締めながら、俺は心底、家に帰りたくなった。
「あ、コウハ!…と、リア様っ」
「ボンジュ~~ルゥゥ!!」
巻き舌でニカニカと歯を出すボンジュールは両手に皿を抱えている。
「もうすぐ呼びに行こうとしてたんだ。リア様大人しいね、何か用事?」
「おうっ!フアナ嬢にお聞きしていま~すよ!初めましてぇの、ボンジュ~ル!!」
なかなか騒がしい人物である。
結構、いやかなり鬱陶しい。
「後は食堂にお皿を並べるだけなのよ。ほら、これからいつでも話せるんだから、早く用意終わらせてよ!」
と、ボンジュールのケツを蹴飛ばすフアナは実に頼もしい。
叱り飛ばし方といい、ちょっと乱暴なところといい、俺限定でそんな事をしているのかと思っていたが、どうやら万人共通の扱い方らしくて安心した。
安心って言い方も変だけどよ。
「ミルク作んないとな。悪いけど、また湯を借りに来たぜ」
「リア様、ちゃんと飲んだ?あれ、ちょっと残してるね」
フアナは俺から哺乳瓶を受け取り、予め調理に使っていた湯でチャチャっと洗う。
リアを抱いて両手が塞がっていたから助かった。
この少女、正確に多少難はあるものの、よく気が付くいい子だと思う。
「飲ませ方とか初めてだかんな。俺もこいつも。でも頑張って飲んでたよ、必死にな。一週間ぶりのまともな飯とは云え、全部は胃に入らなかったみたいだ」
「ふぅん。丁度、料理に使ってたお湯があるよ。まだ熱いから沸かさなくても良さそう」
「おう、サンキューな」
「さんきゅ?」
リアを左腕全体に凭れるように抱き、空いた右手でミルクの粉を入れる。
800グラムの粉ミルク。
このままのペースだと、10日も持たずに底を尽く。
リアには悪いけど、俺は10日も滞在するつもりはないけどな。
しかし粉っつーもんは、一気に湯を入れると下で固まって、なかなかどうして溶かすのが難しいモンだ。
ココアを飲むときなんかも、いっつもそう思う。カップの底にへばり付いて溶けんわ、薄いわ、洗うときスポンジが真っ茶色に汚れるわでメンドクサイ。
哺乳瓶を上下に激しく振っても、実は溶けていなかったりする。
しかもミルクが猛烈に泡立って、いざ赤ん坊に飲ませる最初の一口は空気しか出てこない。
とりあえず、要検証だ。
「食堂まで案内するわよ。皆、先に揃ってる」
「え?あ、そうなのか」
「リア様も一緒にお食事ね。ご馳走が食べられなくて可哀想だけど。せっかくのお肉なのに」
ふふ、と笑う。
肉…か、リアの好物みたいな言い方だな。
前は肉を食べていた、とでも言っているような台詞だ。
「お肉は貴重なのよ。都会から来たあんたには分かんないだろうけど。マナの劣勢だから、家畜をやたらに屠殺するのはご法度」
「マナ?」
厨房を出て、ランタンに灯された灯りがほんわりと照らす石床をツカツカと、俺の前を行くフアナが振り返りつつ喋る。
食堂は俺の部屋とは逆方向。礼拝堂に入る最初の渡り廊下の先にあった。
「厨房からは離れているけどね。祭事の時なんかは人がたくさん集まるから、こっちにあった方が都合が良いのよ」
生活区に食堂がないのは、部外者をこれ以上先に立ち入らせないようにする為の工夫なのだろう。
「あんたが呑気に部屋で寝ている間、先に皆を集めて少し話をしていたの」
「そうなのか?って、覗いたのかよ」
「静かだったから、また鳥さんに攫われていませんか~ってエリザがしつこくって」
「エリザ?あの二人のどっちかか」
「そうよ。ま、それも含めて後で紹介するわ。さあ、着いたわよ。とりあえず先に食事しましょう?あたし、お腹ぺっこぺこ」
両開きの木枠の扉の前に立つ。
生活区とは違う、濃い色合いの扉。対外的でもあるからか、重く堅苦しい雰囲気である。
ガシャン――。
物々しい音と共にギギギと扉が開く。
中から明かりが溢れてくる。薄暗い廊下を歩いてきたから、部屋の明るさが際立って見えた。
「あ、ご到着のようですよ!」
「おやおやこれは、リア様もご一緒で」
食堂の入り口にはロマンスグレーの執事風のオッサン。スマートに一礼して、俺の背に手を当てる。
「ささ、皆さまお揃いですよ。長旅でお疲れでしょうし、まずは歓迎の儀として料理長の渾身の作をご堪能頂きましょうか」
「あ、ああ…」
部屋の中央、真っ白なテーブルクロスの上に所狭しと並べられた様々な料理。
中にいた、フアナを除いた6人分の興味津々な視線が、一気に俺に集中する。
ご馳走、ご馳走というものだから、煽られるだけ期待は高まって、クリスマスパーティーのような絢爛豪華な料理が目の前に広がっているもんだと思い込んでいた。
飲めや歌えの大騒ぎ。
歓迎会っていうくらいだし、料理長のボンジュールは文字通り、走り回って俺を喜ばせようと頑張ってくれたに違いない。
「…ありが、とう」
ついついガッカリと、目に見えて肩を落としてしまった俺を許してほしい。
だってそれは予想とは随分とかけ離れていたから。
テーブルの上、草しかない。
緑の葉っぱ。赤やオレンジの落ち葉。茶色の茎。ドングリの実。
脇には大きな寸胴鍋が3つ。銀色のワゴンの中に、小麦粉を固めたような不揃いの固形物が高そうな皿に盛られている。
促されるまま、席に着く。
リアを膝に乗せ、頭だけを支える。
テーブルに置いた箔乳色の哺乳瓶に、集まった人たちの珍獣でも見るような奇異な視線が更に注がれるのを感じている。
メインらしき、貴重だという肉料理がこれまた高そうな彫刻が施された大皿の真ん中にチマっと乗っている。
薄桃色の、ただの肉の切り身。
何の肉かは、分からない。
質素だった。
兎にも角にも、質素。
めちゃくちゃ、質素。
どこまでも、期待外れ。
そして、不味そう…。
しかしフアナを始め、ここに集まった人たちにとってはご馳走なのだろう。
お祈りもそこそこに食事会は急に始まり、彼らは満面の笑みで素朴な料理にがっつき出した。
「コウハさぁん!お代わりも、たぁくさんありま~すからね~!!」
「へ?あ、ども…」
草をひとつまみ、口の中に放り込んで。
想像した通りの、青臭いツンとする味を噛み締めながら、俺は心底、家に帰りたくなった。
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