赤ちゃんに異世界召喚されちゃった俺!子育てに奮闘しながら聖女様とその巫女たちと、赤ん坊連れて魔王を倒しに行ってきます!

蔵之介

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第一章 異世界召喚

17. どうやら聖女サマは不死身のようです ①

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「ほわっ…ほわっ…ほわ……」

 意識の遠くに、赤ん坊の泣き声がする。
 鼻にかかったような、か細くて庇護欲を掻き立てられる声。

 ねーちゃん、赤ちゃん産まれたんだっけか。
 愉しみにしたいからって、産まれるまで性別が解んなかったけど、どっちが産まれたんだろう。

 男の子だったら一緒にたくさん遊んであげよう。
 女の子だったらめちゃくちゃ可愛がってあげよう。
 ねーちゃんがきっかけで、仕事人間だった俺は人生を見直して、人らしく生きようと思ったのだ。
 人一倍、感慨深くなるのも当然である。

(ああ、眠い)

「ほんわ…ほんわ…」

 泣いてるよ、ねーちゃん。
 そいつ、お腹が空いているのかも、な。

 だってあれから随分経った気がするんだ。それに80mlしか飲んでない。
 赤ん坊ってのは、頻繁に腹を空かせる生き物なんだろ?

「ほわっ!!ほわっ!!ほゎわっ!!!」

「!!」

 耳元、はっきりとした声。
 一気に覚醒し、ガバリと起き上がる。
 しかし、ふわふわ過ぎるソファに完全に埋もれてしまっている俺は、殆ど身動きが取れない。

 横目で声のする方向を見やると、ソファの真横に備えたローテーブルの上、赤ん坊が手足をわたわたと動かしていて、なんとへりの端っこまで移動していたのである。

「うわっ、マジかよ!!」

 身体の半分以上は縁から出ていて、危なっかしいというよりは、ほぼ落ちかかっているも同然だった。
 ローテーブルは俺の膝ぐらいまでの高さとはいえ、赤ん坊からしたら自分の背丈ほどもある。
 大人でさえもベッドから落ちたら痛いのだ。どこもふにゃふにゃの赤ん坊が落ちたらひとたまりもないだろう。

 ソファに埋もれてもが付いていても抜けられず、手をこまねいていても仕方ないので勢いをつけてソファごと回転。何とか脱出に成功する。

 が、その時立てた、ガタンと大きな音に赤ん坊――リアが驚いて泣き声が大きくなった。

「あわわわわっ、ま、待って!」

 そしてついに辛うじてテーブルに乗っていた肩が外れ、リアはひっくり返って硬い石床に落ちていく。

 間に合わない!
 俺の馬鹿!何で寝入っちまってたんだ!

 1秒にも満たない一瞬で、最悪の結末を想像する。
 リアの、小さな身体が床に打ち付けられる、そんなにぶい音を覚悟して瞠目していた俺であったが、いつまでもその音は聞こえない。

「……?」

 ただ、リアの泣き声、中断せずに聴こえるのみである。
 俺は這ってテーブルに急ぎ、リアの元へ。

「は?」

 ここに来て、何度「は?」と言ったのか、数えるのも阿呆らしい。それくらい、俺は面食らい過ぎた。

 激しくは無い泣き声。
 相変わらず手足を縮こませながら、アワアワと動いているリア。
 天井を見つめ、涙も流さず、猿みたいなしわしわの顔を更にしわくちゃにさせながら。

 その背を、数センチ。
 ――――浮かせて。

 人間ってのは、あんまりにも驚くと反応すらしなくなんのな。
 現実と仮想の狭間で考えを停止させる。
 もれなく俺もそんな感じで、浮いたリアを見る事しか出来なかった。

 夢か現か。
 どちらにせよ、タチが悪い。

「はは…そういう事かよ…」

 鳥に攫われて行方不明になっても、こいつ自体を少女らが心配していなかったワケも。
 一週間も碌にミルクをやらずとも、死なないからと無頓着だったフアナの態度も。

 そして、俺がわたあめに食いつかれて怪我一つ負わなかったのも、頬を幾ら抓ろうが痛くなかったのも。

 女神の加護を、俺が得ていると言ったフアナ達の会話を反芻して導き出された答え。

 浮いたリアを両手で抱き上げて、胸元の高い位置へ。
 そして、パっと手を離した。

 俺はとんでもない事をしている。
 テーブルとは比べ物にならない、わざともっと高い場所からこいつを落としたんだから。
 非難なら後でいくらでも受けてやる。
 でも、多分非難されるような結果にはならない。

 重力に従ってストンと落ちていく無力な赤子。
 打ちどころが悪ければ、最悪死ぬ。

「……」

「ほえっ、ほえっ、ほえっ…」

 やはりというか、結果はもう分かっていたんだけど。

 リアは床に叩きつけられる事はなく、先程と同様に、衝突一歩手前で浮いたのだ。
 そこに見えないプロテクトがあるかのように。

(異世界…)

 これでも学生時代からゲームや漫画に興じてきた身である。
 家族には内緒だが、就職するまではサークルに入って薄い本なんかも作ってきた。
 このような世界に偏見は無く、ジャンルとしてのMMORPGは大好きだ。叶うならばそんな世界に、一度でいいか行ってみたかった。

 だけどよ。それは叶わない夢だからいいのであって、モノホンを頼んだ覚えは過去一度も全く金輪際ねぇ!!!!

 それになんだ。
 仮にガチで俺が異世界召喚を食らっていたとして、このさはなんだ。

 こういうのはやべえ召喚しとかに呼び出されて、王様とか偉い奴から魔王を倒せ云々と、めまぐるしくも素敵麗し、希望と夢に溢れた冒険譚になるんじゃねえのか?
 んで、会う奴みんな股が緩くて、俺は何故か最強で、ハーレムなんてものも形成しちゃったりして、ウハウハ♡になるんじゃねえのかよ!

 それが赤ん坊の世話係とか。
 は!全く笑えねえよ!

 わたあめ如きに棒切れで戦って、殆どダメージ与えてなかったんだぞ?
 どこが最強なんだ。

 偉いやつ?ハーレム?
 ド田舎の神殿で、ミルクやって終わりだよ!
 確かに可愛い子はいたけども!フアナ以外に接点ねえよ!ハナっから放置だよ、初日からフラグ立ててナンボだろうが、どんなクソゲーだよコンチクショウ!!

「っつか、マジなのかよ…」

 頭を抱えてみるがどうしようもない。
 泣き続けるリアを抱き上げ、首を支えながら縦抱きにぎゅっとしてみる。

 適当に布を巻かれただけの、扱いがぞんざいな赤ん坊。その首元が黄色く汚れている。

(ゲップさせるのを忘れてたな…)

 口元にもミルクの滓が伝った跡がある。
 細部に気が回っていないし、気付こうともしなかった。

(こいつは不思議なヤツだけど…でも何もできねえ赤ん坊なのは違いないのに)

 フアナが言っていた。
 俺の知りたい情報、皆の紹介の時に分かるかもって。
 だったら教えて貰おうじゃねえか。

 お前らのこと、この赤ん坊のこと。
 ホントに此処が夢じゃなくて現実で。俺の知っている世界とどう違うのか、そして俺は戻れるのか。
 何のために俺は此処にいて、これから俺がすべきことを。
 隠し事一切無しで、納得するまで説明してもらう。
 これは、絶対だ。

 汗とミルクと生臭さが入り混じった不思議な匂い。
 それは確かに臭いものなんだけど、ぎゅっと抱きしめたその存在からは不快な感情は無く、寧ろ心細い気持ちがその暖かさに絆され、救われる気がした。

 ピピピピッ、ピピピピッ

 スマホのアラームが鳴っている。
 余りの眠さに意識を失う前、なんとか気力を振り絞ってこれだけは設定していたのだ。

「もう3時間経ってんだな…リア、飯食うか?」

 寝入って3時間。
 長閑なポカポカ陽気は何処へやら。今は黄色い西日が窓を照らしている。

「……」

 リアは泣き止んでいる。
 俺の目をじっと見て、小さなピンクの舌をテロテロと出し入れしている。

 底にミルクが少し残った哺乳瓶とスマホをポケットに突っ込み、リアを抱いたまま部屋を出る。
 俺の水色の髪は相変わらずで、これも説明が付くことを祈るのみであった。
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