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第一章 異世界召喚
16. じっくり一緒に学んでいけばいいんだよ ②
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追い立てられるように厨房から出された俺は、確かにフアナがいなければすんなり湯を手に入れる事さえ叶わなくて未だにマゴついていたはずだから素直に礼を言う。
うまいことベビーシッター役に仕立て上げられ、まんまとその役目をこなす羽目になってしまって腹立たしくもあるが、乳飲み子をこのまま放って出て行くのも気が引ける。
「食事が出来たら呼び行くわ。そこでさっきも言った通り、みんなに紹介してあげる」
「ああ、助かるわ」
「あんたの欲しい情報、あたしの予想通りなら、そこで分かると思う」
「え?」
「だからとりあえずは、リア様の傍にいてくんないかな。お願い、あたし達は、あんた以上に知らないのよ」
フアナの思わせぶりな態度はここまでだった。
それから有無も言わさず厨房の扉は閉じられ、俺は部屋に戻らざるを得なくなってしまったからである。
俺の知りたい情報、か。
フアナは何を知っているのか。
出会った時の気の強さ、あの威張った感じはしなかった。むしろ素直でてきぱきと働き、好印象すらある。
それぞれの、役目。
知る必要のない、情報。
「ああ、もう分かんねぇ!!!」
フアナの言う通り、今は従う他無かった。
時が来れば、この不可解な事象も全て知り得るのだ。一人五月蠅く意気込んでも仕方なかろう。
ガチャガチャ。
部屋に戻る。
一応鳥を警戒して、窓は閉めておいた。
姿見に映るこの姿も、俺なのに俺でない理由も説明がつくなら、待ってやろうではないか。
低いテーブルの上、赤ん坊―――リアは目を覚ましていた。
もごもごと手足をばらばらに、もどかしそうに動かしている。
何処を見ているか分からない蒼い瞳。
俺が近くに寄っても無反応である。
(どうやって飲ませるんだ…)
ソファは埋もれてバランスを崩すから、机の上にケツを乗っける。
スマホを見ながら、リアを抱き上げて左手の肘辺りに頭を乗せ、左手の掌で身体を固定する。
簡単そうに見えて、これが意外とうまくいかない。
なんせ赤ん坊はどこもかしこもふにゃふにゃしているからだ。
一番怖いのは、ガックガクの首なんだけど。
俺にされるがままのリアは大人しい。
哺乳瓶の口元、空気穴を上にしてまずはちょんちょんと先を当てた。
これをすると反射で口を開けるのだとテキストには書いてある。
2滴ほど小さな唇にミルクを落としてあげると、いきなり口がぐわあと開いた。
「よっしゃ!」
カポリと先っちょを口の中に押し込むと、リアの瞳が大きく見開いた。
視線は定まっていない。俺を見たかと思えば、何もない空間を見たりと忙しく動く。
産まれたての赤ん坊は、母親からの母乳を飲むのが下手くそな子もいるらしい。
上手く吸えないなんてのは当たり前なんだそうだ。
そりゃずっと胎内で自動的に栄養が補充されていたのだから、赤ん坊だって初めての行動なのだ。初っ端から完璧に出来る人間なんていやしないのだ。
だけどこれに悩む母親も多いと聞く。
自分の飲ませ方が悪いのか、どうして飲んでくれないのか。禿げるほど悩む人もいる。
出産したばかりで情緒不安定なところに、この問題が襲ってくるから呑気ではいられない。
リアも哺乳瓶を銜えるのは初めてだ。
舌の奥で先を挟み、乳を吸うように力を込めないとミルクは出てこない。
「諦めんなよ、一週間ぶり…初めてのまともな飯だぞ」
だからすぐに先っちょを離して諦める。
俺が先を摘まんでミルクを出してやると、思い出したかのようにまた口を開ける。
懸命に飲もうとはしているが、なかなかどうして上手くいかずもどかしい。
これは、母親も、赤ん坊も練習してから上手くなるものらしい。
四苦八苦しながら飲ませ続ける事30分。
赤ん坊を支える左手はいい加減疲れていて、痺れも出始めている。
赤ん坊の口の周りは溢れたミルクまみれである。
でも最初とは違って、戸惑いながらも先を吸うコツを、何となく掴みかけているようでもあった。
哺乳瓶から、ジュージューとミルクが吸い込まれていく音がするからな。
たった80ml。
もうすっかりミルクは冷めてしまっている。
それでも懸命に飲もうとする意志は強く、これぞ人が「生きる」ための本能なんだなと他人事のように思った。
それから暫くして、哺乳瓶の残りが僅かとなったところで、リアは反応しなくなった。
俺もリアも、周りもぬるぬるである。
飲みながら疲れてしまったのだろう。泣きはしなかったが、途中で眠ってしまったのだ。
「初めての割には、上々じゃね」
リアの頭を撫でる。
お情け程度に頭にくっ付いている、ほわほわの金髪を指に絡める。
小さな、とても小さな頭。触るととても、熱い。
「はあ…」
意識して、溜息を吐いた。
陽はまだ高い。
ぽかぽか陽気に、疲れた俺。
目まぐるしく過ぎた時間に、慣れない事をして、何もかもどうでもいいくらい疲れを感じている。
左腕には眠る赤ん坊。体温は高く、芯から心地良い。
頭からはおひさまのような、独特の匂いがする。
手にまとわりついたミルクの滓も、ほんわりと香って思考をマヒさせる。
「やべ、眠いかも」
夢の中で眠るなんて、可笑しいだろ。
そう思ったのも束の間だった。
辛うじてリアをまた絨毯の上に置くだけの余力はあった。
「くそ…起きたら真相解明しちゃる…」
俺はそのままズブズブに埋もれるソファに身体を沈み込ませて、完全に理性を飛ばしてしまうのであった。
ああ、そうだ。
寝入る前に一言だけ。
《今日の俺の子育て理論》
親も赤ん坊も初めてだらけ。最初っから上手くいくことなんて絶対にない。ちょっとずつ練習して、ちょっとずつ上手くいくようになってんだから、気に揉む必要なんてねえからな!!
人生、勉強。死ぬまで、勉強。
ま、そういうこった。
じゃ、おやすみ。
うまいことベビーシッター役に仕立て上げられ、まんまとその役目をこなす羽目になってしまって腹立たしくもあるが、乳飲み子をこのまま放って出て行くのも気が引ける。
「食事が出来たら呼び行くわ。そこでさっきも言った通り、みんなに紹介してあげる」
「ああ、助かるわ」
「あんたの欲しい情報、あたしの予想通りなら、そこで分かると思う」
「え?」
「だからとりあえずは、リア様の傍にいてくんないかな。お願い、あたし達は、あんた以上に知らないのよ」
フアナの思わせぶりな態度はここまでだった。
それから有無も言わさず厨房の扉は閉じられ、俺は部屋に戻らざるを得なくなってしまったからである。
俺の知りたい情報、か。
フアナは何を知っているのか。
出会った時の気の強さ、あの威張った感じはしなかった。むしろ素直でてきぱきと働き、好印象すらある。
それぞれの、役目。
知る必要のない、情報。
「ああ、もう分かんねぇ!!!」
フアナの言う通り、今は従う他無かった。
時が来れば、この不可解な事象も全て知り得るのだ。一人五月蠅く意気込んでも仕方なかろう。
ガチャガチャ。
部屋に戻る。
一応鳥を警戒して、窓は閉めておいた。
姿見に映るこの姿も、俺なのに俺でない理由も説明がつくなら、待ってやろうではないか。
低いテーブルの上、赤ん坊―――リアは目を覚ましていた。
もごもごと手足をばらばらに、もどかしそうに動かしている。
何処を見ているか分からない蒼い瞳。
俺が近くに寄っても無反応である。
(どうやって飲ませるんだ…)
ソファは埋もれてバランスを崩すから、机の上にケツを乗っける。
スマホを見ながら、リアを抱き上げて左手の肘辺りに頭を乗せ、左手の掌で身体を固定する。
簡単そうに見えて、これが意外とうまくいかない。
なんせ赤ん坊はどこもかしこもふにゃふにゃしているからだ。
一番怖いのは、ガックガクの首なんだけど。
俺にされるがままのリアは大人しい。
哺乳瓶の口元、空気穴を上にしてまずはちょんちょんと先を当てた。
これをすると反射で口を開けるのだとテキストには書いてある。
2滴ほど小さな唇にミルクを落としてあげると、いきなり口がぐわあと開いた。
「よっしゃ!」
カポリと先っちょを口の中に押し込むと、リアの瞳が大きく見開いた。
視線は定まっていない。俺を見たかと思えば、何もない空間を見たりと忙しく動く。
産まれたての赤ん坊は、母親からの母乳を飲むのが下手くそな子もいるらしい。
上手く吸えないなんてのは当たり前なんだそうだ。
そりゃずっと胎内で自動的に栄養が補充されていたのだから、赤ん坊だって初めての行動なのだ。初っ端から完璧に出来る人間なんていやしないのだ。
だけどこれに悩む母親も多いと聞く。
自分の飲ませ方が悪いのか、どうして飲んでくれないのか。禿げるほど悩む人もいる。
出産したばかりで情緒不安定なところに、この問題が襲ってくるから呑気ではいられない。
リアも哺乳瓶を銜えるのは初めてだ。
舌の奥で先を挟み、乳を吸うように力を込めないとミルクは出てこない。
「諦めんなよ、一週間ぶり…初めてのまともな飯だぞ」
だからすぐに先っちょを離して諦める。
俺が先を摘まんでミルクを出してやると、思い出したかのようにまた口を開ける。
懸命に飲もうとはしているが、なかなかどうして上手くいかずもどかしい。
これは、母親も、赤ん坊も練習してから上手くなるものらしい。
四苦八苦しながら飲ませ続ける事30分。
赤ん坊を支える左手はいい加減疲れていて、痺れも出始めている。
赤ん坊の口の周りは溢れたミルクまみれである。
でも最初とは違って、戸惑いながらも先を吸うコツを、何となく掴みかけているようでもあった。
哺乳瓶から、ジュージューとミルクが吸い込まれていく音がするからな。
たった80ml。
もうすっかりミルクは冷めてしまっている。
それでも懸命に飲もうとする意志は強く、これぞ人が「生きる」ための本能なんだなと他人事のように思った。
それから暫くして、哺乳瓶の残りが僅かとなったところで、リアは反応しなくなった。
俺もリアも、周りもぬるぬるである。
飲みながら疲れてしまったのだろう。泣きはしなかったが、途中で眠ってしまったのだ。
「初めての割には、上々じゃね」
リアの頭を撫でる。
お情け程度に頭にくっ付いている、ほわほわの金髪を指に絡める。
小さな、とても小さな頭。触るととても、熱い。
「はあ…」
意識して、溜息を吐いた。
陽はまだ高い。
ぽかぽか陽気に、疲れた俺。
目まぐるしく過ぎた時間に、慣れない事をして、何もかもどうでもいいくらい疲れを感じている。
左腕には眠る赤ん坊。体温は高く、芯から心地良い。
頭からはおひさまのような、独特の匂いがする。
手にまとわりついたミルクの滓も、ほんわりと香って思考をマヒさせる。
「やべ、眠いかも」
夢の中で眠るなんて、可笑しいだろ。
そう思ったのも束の間だった。
辛うじてリアをまた絨毯の上に置くだけの余力はあった。
「くそ…起きたら真相解明しちゃる…」
俺はそのままズブズブに埋もれるソファに身体を沈み込ませて、完全に理性を飛ばしてしまうのであった。
ああ、そうだ。
寝入る前に一言だけ。
《今日の俺の子育て理論》
親も赤ん坊も初めてだらけ。最初っから上手くいくことなんて絶対にない。ちょっとずつ練習して、ちょっとずつ上手くいくようになってんだから、気に揉む必要なんてねえからな!!
人生、勉強。死ぬまで、勉強。
ま、そういうこった。
じゃ、おやすみ。
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