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第一章 異世界召喚

11. 俺であって俺じゃない俺 ①

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「お、おいっ」

「ここがあなたのお部屋になりますから~」

 ニッコリと三つ編みの少女。どことなく清々した感が見受けられるのは決して俺の気のせいではないはずだ。

「あんたら誰―――」

「お食事の準備が出来ましたら、お呼び致します。その時にでも、皆に紹介させましょう。料理長が張り切っておりました故、今夜はご馳走ですよ」

 出会った時と変わらず、気色の悪い胡散臭い笑顔をロマンスグレーの下に張り付かせた執事らしき初老の男が言う。
 ご馳走の言葉に、ピンク髪が嬉しそうにぴょんと跳ねる。

「お、俺は何を…それにこの赤ん坊は――」

「この部屋の物は何でも使っていいからね。また鳥に襲われないように、窓辺に置くのだけは気を付けた方がいいよ」

「なんでもって…何もねぇじゃ―――」

「じゃ、行きましょ。あたし疲れちゃった。ぜんっぜん寝れてないもん」

「同じくです」

 ピンク髪が他の三人を促し、そそくさと退散していく。
 まるで臭い物に蓋をする。
 いや、面倒なものを他人に押しつけ、見なかった事にするような。
 仮にも俺はよりは良く知っているであろう、この腕の中の小さな赤ん坊を全く見もせずに。

 ガキの頃、皆でやるべき掃除当番を気の弱い一人に押し付けて、さっさと遊びに出やがったあの蔑んだような目を。

 こいつらは笑っているが、誰も俺の話を聞こうとしないどころか、赤ん坊の心配すら無い。

「こいつの母親は!」

 産まれて間もないのであれば、産後の母親が何処かにいるはずで。
 そういやこいつらは、母親の存在などちっとも俺に明かしていないのだった。
 心配じゃねえのか。産まれてすぐに鳥に攫われるなんて、普通だったら大ごとだぞ。
 それに赤ん坊ってのは良く知らねえけど、常に母親のおっぱいにしがみ付いているもんじゃないのか?

(ってかこいつ、ミルクとか飲んでんのか?)

 おしゃぶりの食いつき方が尋常じゃなかった。
 それに布を適当に巻いただけのオムツもどきも。
 抱っこした時にムアっときた体臭も。

 ――――って。

「いねえじゃん!!!」

 俺が思案の海に溺れている間に、これはしたりと居なくなりやがった。
 ご丁寧に音も立てず扉も閉めて、部屋の隅っこに俺のリュックをポツンと置いて。

「ああ、これで安泰よねー」

「こんなのやってられないよね。早く到着してくれて良かったね」

「私、今すぐにでも眠れそうですぅ」

 などと、扉の外で声が遠ざかっていく。

「無責任すぎんだろ…」

 俺の呟きは当然奴らに届くわけもなく。
 茫然自失に俺は肩を落とす事しか出来なかった。



 部屋を見渡す。

 20帖ほどの広さ。
 奥に馬鹿でかい机、年季の入ってそうな椅子。
 ドアを背にして左側は全て飾り棚で埋まっていて、ガラス戸の中に本や訳の分からん金属の小道具が押し込められている。

 右は全面が窓。
 一つ残らず開放されていて、カーテンなどの目隠しは無い。
 心地良い風と暖かい日差しがゆるりと入ってくる。
 こんな状況でもなければ、昼寝を貪るのも悪くはない、俺の心境とは真逆の平和さである。

 部屋の中央にソファと背の低いテーブル。
 ソファのクッションが効き過ぎて、座ると完全にケツが埋まった。
 こりゃダメだと赤ん坊はとりあえずテーブルの上に乗っけている。
 ふかふかに顔が埋もれて窒息するのを防ぐ為だ。

 硬いテーブルにそのまま置くのも可哀想だったから、無駄に豪華な絨毯を引っ張ってきて身体の下に敷いた。
 これで背中は痛くないだろう。

 部屋にあるのはこれだけだった。
 パッと見ただけだからもっと色々見つかるかもしれんが、赤ん坊を寝かせる部屋でない事は確かだろう。

 ベビーベッドも着替えもオムツも、いわゆる一般的な「赤ちゃんグッズ」と云われる物が何一つ無いのだから。

 誰かの、仕事をする部屋なのか。
 第一印象は応接間。ドラマなどでよく見る社長室のようでもある。

 少し埃があるから、暫くは使っていない部屋。
 だけど物置になるほど時間は経っていない。

 誰もいないからか、寝息も立てない赤子は静かで、部屋の外もシンとしている。時たま開けっ放しの窓から鳥の鳴き声が聞こえるだけで、俺は次第に落ち着きを取り戻し、冷静に頭が冷えていくのを感じている。

 夢―――にしては、「俺」という自我がはっきりし過ぎていて。
 時間経過も、場所移動も夢ならではの矛盾は無く、体感通りコトが進んでいる。

 そこでハッと気づく。

 俺の、持ち物だ。

 夢は何でもありな世界。だが、意識を失う前に持っていた荷物をそのまま夢の世界に具現化するってのは、なかなかのレアケースだ。

「持ち物チェックでもするか…」

 俺は腰を上げ、荷物を抱えて幅広の机の上に、一個一個並べていくのであった。
 極力、音を立てずに。


<所持品> 肩掛け鞄
 ・スマートフォン
 ・携帯充電器(電池式) 5つ←フル充電
 ・財布
 ・現金(7683円)
 ・クレジットカード 一枚
 ・免許証
 ・メモ帳、ボールペン
 ・家内安全の御守 一個

<買い物> リュックサック
 ・粉ミルク 2缶
 ・哺乳瓶 2本
 ・おしゃぶりの空ケース ←本体は赤ん坊が咥え中
 ・新生児用オムツ 1袋
 ・オムツ拭き 1袋
 ・赤ちゃんせんべい 1袋
 ・うさぎのモコモコ産着 1着
 ・入浴セット(海綿、ボディソープ)
 ・ガーゼ10枚

 こんなもんか。
 しかしこうして並べてみると、結構買ったつもりだったんだがそんなに数は無い。

 これだけで2万近くもしたんだがな。
 粉ミルクが一番高かったが、店員に言わせると完全ミルクで育てるとなると、二週間で1缶無くなる勢いらしい。
 まだ新生児のうちはいいが、月数が増えれば増えるほどミルクを飲む量も増えるから、買う頻度は必然と高くなるんだと。

 金がいくらあっても足りないな。

 少子化が進む原因として、やっぱり経済的に余裕がないからの理由で赤ん坊を作るのを断念する理由が含まれるのも何となく分かる気がする。
 国から手当ては貰えるが、オムツ代の足しにしかならない。

 本来ならこの他に、ベッドや布団、肌着や服、チャイルドシートやベビーカーなんてものも必要となる。
 ちょっとでも費用を浮かせる為にレンタルっつー手もあるが、結局初期費用に掛かる金は結構な額になるのは同じだろう。

「ねーちゃんも大変だよな…」

 初孫フィーバーに俺の親が色々買い揃えたらしいけど、それでも普段生活する上で必要なものは多くある。

 臨月を迎えたねーちゃんの今後を想像してみたが、それよりなによりまずは目の前の状況解決が先だと思い出した。
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