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第一章 異世界召喚

7. 見知らぬ地!わたあめと赤ん坊と戸惑う俺 ①

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 気付けば見知らぬ地に立っていた。

 リュックに大量の赤ちゃんグッズ。そして肩掛けのカバンに充電器とスマホを持ったままの状態で。

「へけっ、へけっ、へけっ」

 草葉の陰にしわくちゃの小っちゃな生き物と。

「グルルルッルウル!!!!」

 なんだかよく分からない、得体の知れない変な動物が、俺の脛に噛り付いていたのである。

「は…?」

 こんなにもはっきりと、独り言で「は?」と口に出したのは初めてだった。
 状況に理解が追い付かなくて、最初に思ったのがそんな呑気な事である。
 人は思った以上に想定外な出来事に対処できない。そんなの、漫画やTVの中だけの世界だ。

 ギシリと固まったまま、右へ左へ辛うじて視線だけが動く。
 背中に背負ったリュックがやけに重く感じた。

 どうしても視界に入るへけへけ言ってた赤ん坊は、なんか調子が変わって金切り声で泣き出しているし、

(つっか、なんでこんなところに捨ててあるんだ!?)

 親らしきものもいねぇ。

(いや、マジで捨て子?)

 脛をガジガジやってるこいつは凶悪な牙している割にちっとも痛くないし。

(なにこれなにこれ、ぬいぐるみ?)

 およそ図鑑で見たこともない、素っ頓狂な姿形をしている。

(わたあめに、牙と羽根が生えとる…)

 次に思ったのが、夢であるという事。

「いやいや、どう考えても現実的じゃねえだろ」

 目の前に泣き叫ぶ赤ん坊。
 俺しかいないその場所で、なんでか執拗に俺に噛みついているわたあめ。
 しかも全然痛くねぇ。
 さっきまであんなに曇ってたのに、頭上はカンカン照りで暑いくらいだ。
 強烈な日差しは木々に隠れて幾分か和らいでいるが、そもそも俺は店の駐車場にいたわけで、こんな避暑地の別荘地域のような、キレーなところは知らない!

 そこで俺の乗ってきた、母の軽自動車も消えていると分かる。

 いやいやいやいや、ないから。
 夢の中で夢と感じる白昼夢でも見てんのか。
 真昼間から幻覚を見てしまうほどに、俺は仕事に疲れていたとでもいうのか。
 ちょっとマジで病み過ぎだろ、起きたら病院とか行くべきかな。

 なんて、ぐるぐると頭の中で色々目まぐるしく考えていたのだが。

 俺の脛に噛り付いていたわたあめが、俺にちっともダメージなんて与えていないのだとようやく気が付いたのか。
 ふいに顎を外し、アホのように泣きまくる赤子に、そのターゲットを移しやがったのである。

「いやいやいやいやいや!!夢でもあり得ねぇって!!」

 わたあめの鋭い牙は、赤子の半分以上も長さがあって、あれに噛まれたらいくら何でも無事では済まないだろう。
 大怪我どころか、確実に死ぬ。

 夢といっても、悪夢の方だったのかよ。

 目覚めてしまえば何もかもなかった事になるだろうが、目の前で赤ん坊を惨殺された日にゃ、夢見が悪いどころじゃない。

 俺は素早く周囲を見渡し、木の下の落ち葉の中にあった棒切れを見つける。

「やいやいやい!!!」

 その間、俺に注意を向ける為、必死に大声を出して威嚇する。
 わたあめは俺と赤子を交互に見ては、モコモコした可愛らしい姿とは裏腹に、ぐるぐると野犬に近い唸り声を上げている。

 掴んだ棒切れは、か細いただの枝だった。
 だけど丸腰よりマシだ。
 枝の細い部分をわたあめに向ける。武道経験ゼロではあるが振り回す事くらいは出来る。

「グルル、グルルルルル…」

「ほえっ!ほえっ!ほえっ!」

 距離を取り、切っ先をわたあめにツンツン当てていると、赤ん坊の泣き声が大きくなった。

(なんだ?)

 ザワザワと木々が揺れる。
 地面の草が、その後ろに見える静かだった湖畔が、風もないのに騒めき出す。

「はんわぁ!はんわぁ!はんわぁ!!」

 まるで蝉の声だ。
 可愛いもんじゃない。相当、うるさい。

「はあはあ、はあはあ…」

 俺もいい加減息が切れてきた。
 老人達の御用達の中に、野良犬退治の依頼は無かった。だから対処の仕様が分からない。
 野良猫の餌付けは完璧なんだけど、と一瞬だけ想いを馳せる。

 騒めきはどんどん強くなり、俺とその周りだけすっかり大嵐だ。
 この赤ん坊が泣けば泣いた分、それは比例して大きくなっているようにも見えた。

 夢なのだ。なんでもありな世界。

 その時、丁度いい追い風が吹いた。

「ちゃああああんすぅぅぅ!!」

 俺の持つ枝と、勢いよく突き出した腕。俺の踏み足が良い感じに風に乗って、ついにわたあめの中身、つまりは奴の肉に刺さったのだ。

「ぐひゃっ!!」

 なんとも可愛げのない悲鳴がわたあめから上がる。
 俺はブニっとした肉の感触が気持ち悪くて、枝を放り投げてしまった。

「あ…」

 なんてことだ。唯一の武器を手放すなんて。
 頭を抱えながらも俺は赤子の方に走り、覆い被さるように腹の中に赤子を入れる。
 わたあめからの反撃を予想して身を固くしたが、その衝撃はいつまでも俺を襲う事はなく。

「ほんわぁ!ほんわぁ!」

 ひときわ強い風が吹き、落ち葉を巻き込んだ風の塊が、俺の微々たる攻撃に仰け反ったわたあめ諸共舞い上がる。

「すげぇ!!」

 そして、空高くそのまま何処かに吹き飛ばされていった。
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