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三. セトの章

17. 将軍の思惑

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「それはそうと、不可思議な事案が起きていると言っておった、な」

「虫…ですね。何の原因か分からず、《中央》に依頼しようと思っていたのです。まさか閣下自らがお越しくださるとは思ってもみませんでしたが」


 メイドに銘茶と菓子を用意させた。

 意趣を凝らして砂漠で採れたサボテンを砕いて、香りのよい香草を混ぜた僕特製のハーブティである。

 サボテンは万能の植物だ。
 肌に塗れば抜群の保湿効果が得られるし、繊維質がたくさん含まれているから食べると便通も良くなる。栄養抜群で瑞々しくて美味い。ちょっと砂漠に出向けば危険な奥に入らずともそこら中に自生しているから、僕のお気に入りの食材だ。

 茶請けはサボテンの果肉入りのパウンドケーキである。
 天然の甘みと爽やかさが同時に味わえる逸品だ。


 一度茶を挟む事で先ほどの圧は消え、話はようやく本題に入った。

 将軍は豪快にケーキに齧り付き、事のあらましを語る父の話を楽しそうに聞き入っている。


「事業も進まず、職人は怖がって離れてしまう始末。まだ郊外だからよいものの、虫は何処にでも現れる。我々も如何しようもないのですよ。《中央》はたくさんの人が集まります。こういう類いをご存知ではないか、何か手立てがあるかと思っていたところでした」
「ふむ」
「閣下?何がそんなに可笑しいので?」

 将軍が余りにも笑みを絶やさないものだから流石に不謹慎すぎる。
 彼にとって町の一大事など他人事なのだろうが、僕らは当事者なのだ。

 それにこれはお遊びではない。虫けらごときに手を拱いている僕らを嘲笑うのなら勝手にすればいい。
 だけどすでに死人が出ているのだ。

「手立て、か」
「え?」
「すでに解決への手立てはと思っておったが、我の勘違い、か?」
「へ?まさか。外に相談したのは今日が初めてですぞ」
「……」


 この人は―――危険だ。

 遜るしか能のない父はちっとも気付いていない。

 この男の、そう発言した言葉の裏に隠された真意を。


「まあ、よい。我とてヒトが困っているのを放ってはおけぬ。如何なる理由があろうと、騎士はヒトを見捨てぬ」
「有難きお言葉。ですが、閣下。父はそう申しておりますが、もうよいのです」

 慌てて父に成り代わり、口を挟む。

 もう虫などどうでもいい。
 とにかく早く、この男にこれ以上喋らせてはいけないと思ったのだ。


「僕たちもまだ調査段階。《中央》の方々のお手を煩わせる前に、僕らが贔屓にしている専門家などに実は聞いているのです。せっかくお越しくださったのに申し訳ありません。何か分かりましたら、必ずお知らせしますから」

 だから今すぐにでも、帰れ。

「ほう…?早急に解決したいと、そちの父は言っておったではないか」
「それは…」

 早く、早く帰らせろ。

 言葉尻を勝手に歪曲させて僕らを揺さぶらないでほしい。

 これ以上突っ込まれてしまえば、僕ならばともかく、父は確実に『ボロ』が出る。


「実は我が騎士団も、虫の一件、独自に調べさせておったの、だ」
「え!?」
「安心するがいい。嗅ぎ回る真似はせぬ。しかし、それなりに調べさせた」
「それで…何が…」

「分からぬ」

「は?」
「分からぬと、申しておる」

 ああもう、一喜一憂が面倒臭い!

 将軍のこのいちいち思わせぶりな態度は一体何なのだ。
 そんなやり方で、僕が墓穴を掘るとでも思っていたとすればそれはお門違いである。

 その手には乗らない。
 僕はこの10年。巧く立ち回ってきたのだ。それこそ全てのものを手玉に取る自信だってある。


 将軍は明らかに僕らの様子を窺っている。

 《中央》に決して弱音を見せない僕らを疎んじているのは間違いないだろう。それに僕の血筋を鑑みると、邪見に出来ないのも将軍には面倒くさい一手に違いない。


 僕らが独自のルートを保有していて、《中央》の庇護下に一度も預からない理由を、町ぐるみで災厄を免れ、この世界で一番幸せで潤沢な理由を、将軍自身も図りかねているのだ。

 だからこうしてまどろっこしく会話から真意を探るしかない。


「実は心当たりは幾つかあるのです」
「ほう?」
「災厄の副作用かと考えました。地形も気候も、マナの流れも災厄で世界は変わってしまった。ヒトはもとより、自然界は大打撃だ。虫は自然物の一つ。10年の歳月が少しずつ少しずつ、虫の生態を変えてしまったのではないかと」
「考え得る、な。だが貴殿の町に災厄の爪痕はのではない、か?それは、可笑しいな?」

 全てに揚げ足を取るのは、真実を知っているか、それともただのカマかけか。

 将軍は太い唇の端をにいと上げ、僕を真っ直ぐに見つめている。


 さて、どうでる?
 僕が、どうすればこの場は収まる?


「怒れる神」

「は?」

 ツンと心臓が針で刺されたような感覚。

「神の仕業とは、考えられぬ、か?」
怒れる神グレフの?はは、そんな…まさか」
「ふははは。、であるか」
「……」

 それこそあり得ない。絶対に、それだけはない。

 ああ、断言できる。
 この町に、人が恐れる【怒れる神】は手出しをしない。


 10年前、僕はをしたからである。

 勿論、誰にも知られずに。
 父でさえもほんの触りを知っている程度で、その詳細は僕だけの秘密となっている。


 だからなぜだと思う。

 何故だ、なぜ?なんで、どうして?


 何故この男は、それをピンポイントで突いてくるのだ。

 どうしてその事実を、知っている!?


「小さき当主よ、顔色が悪い、ぞ」
「い、いえ…」

 もう目も当てられない。
 ポーカーフェイスを気取っていた僕が、完全にしてやられてしまった。

 やましいと思っていたワケではないが、しかし心の何処かで「やましさ」が「焦り」と感じていたのかもしれない。
 それを将軍に、僕はまんまと突かれてしまった。


 僕が墓穴を掘ってしまった。
 もう将軍は、全てを知っているのだろう。

 僕の取引する相手の事を。

 僕がヒトと神とで天秤にかけ、常にうまいところだけを独り占めしていた事実を。



 僕の真実は――――…



「良い」

「へ?」
「問わぬ」
「は?それはどういう…」

 意味なのか。

 ぽかんと彼を見上げる僕を、将軍はやはり面白そうに見ているだけだ。


「言ったであろう。如何なる理由があろうとも、騎士はヒトを放ってはおかぬ、と。それに我とて気になるのだ。虫が人間を、悪意という明確な意思を持って殺す話は未だかつて聞いた事がない。虫は侮れぬ、ぞ?至る場所、箇所、隙間に存在する。土の下や空の上にも。これはこの町だけの問題ではない。《中央》に被害が起きない可能性は、決してゼロではないの、だ」
「は、はい…」

 あれ?
 このまま真実を追求され、僕は成す術もなく全てを吐露して一巻の終わりになると思ったのに。

 高鳴った心臓は今にも飛び出しそうだったのに、拍子抜けして吐き気がしてきた。
 将軍の興味は、僕と繋がる【あれ】ではなく、虫そのものにあったようである。


 本当にそうなのか。
 また僕を翻弄する気か。

 もう、何が何だか分からなくなってきた。


「しかし騎士は戦うのは得意でも、調査となると少々不得手で、な」
「そんな、滅相も…」
「そこで、だ」

 父のへつらいなど聞いちゃいない。
 将軍はグイと前に乗り出す。

「お主はやたらと“紡ぎの塔”を知りたがっておった、な」
「いえ、別にそういうワケでは…。等しく4つのギルドが気になっていたのは事実ですが。ですが将軍の仰る通りかもしれませんね。僕らの町に魔法使いは居らず、町が創立した当時から頼らない生活をしていたので。どうにも胡散臭いというのが本音で…」
「胡散臭い、か」
「そんな人たちに僕の町の市場を探られるのが個人的に嫌だっただけです。大人気ないとは自分でも思いますが、正直、存在自体分かりかねるといったところです」


 これは僕の本音である。

 原理として魔法がこの世界に在り、人間がその力を使える事は常識として知っているし、マナをその身に宿しているならば、多数の手順を正しく踏みさえすれば誰でも使用できるのも知っている。

 だけど何故か嫌なのだ。
 どうしてか、魔法使いは信用ならないのだ。

 いつからそう思っていたのかもう忘れてしまったけれど。
 だから特別に目の敵にしてしまう。奴らが僕自身に何をしでかしたワケでもないのに。


「だが、調査はお手の物なのだ、よ」
「え?」

「“紡ぎの塔まほうつかいはこういった事象を好んで調べる。実際に神が絡んだ幾つもの不可解な事件の真相を暴き、解決した実績も数知れぬの、だ。存外侮れない組織だと、我は認識しておる」
「閣下がそう仰るのであれば、彼は使える人達なのでしょう。しかし閣下は先刻その者に対して困り果てておられると、言っていたのを覚えています。侮れないが故に、なかなか曲者揃いの集団であるともお見受けいたしますが?」
「ふふ、そう申した、か」
「……」

「そこで、だ。これは提案なのだが」
「…と、申しますと?」
「“紡ぎ”の…いや、我が懇意にしておる者に、此度の一件、任せてみてはどうだろう、か」
「将軍が、懇意?」

 ふいに酒場で出会った酔っぱらいの貴族騎士達の戯言を思い出す。

 あれはそう見せていて僕の油断を誘い、のちに将軍に全て報告していた油断ならない連中だった事が分かって腹立たしいのが先に来るんだけど。
 そいつらが敢えて将軍の情報を流していたのだとしたら、初めから将軍はそうするつもりだったんだった。

 将軍が常々、教会と“紡ぎの塔”に入れあげていると。そして近衛兵すらお咎めもせず、深夜に度々占い師を呼びつけていると。
 そしてこの会話から僕はその占い師とやらを思い出す。

 全ては最初から、将軍に仕組まれていた流れ。先見の才が秀で過ぎている。
 怖いぐらいにだ。


「その通り、ぞ。その“占い師”だ」
「……」


 やはり、ね。


「ふふ。将軍も人が悪い。すでに僕らを見通しておられるのなら、試す真似はせずそう仰ってください。これでは僕らはただの猿です。あなたのてのひらで回るしかない無能な猿だ」

「もうご存知なのでしょう?僕らが《中央》を探り、如何に有利に必死に立ち回ろうとしているかを」
「セト!」
「父さん、このお方の前で隠し通す事は不可能だよ。先見の明だけではない。見くびっていたわけではありませんが、流石でございます」


 まだだ。僕はこの勝負、まだ負けていない。

 将軍は、僕の裏側に気付いていない。

 僕が挙動不審に陥ったのは、『町をギルドに捕られたくない故に、人手を使って探らせた事がバレてしまってどうしましょう』であり、本当の部分は未だ暴かれていないのだ。


「ふむ」
「確かに僕らは《中央》を探らせておりました。この町に滞在する騎士の方々に酒を奢ったり女を見繕ったり様々な手を使って。人も派遣しました。それこそ大勢です。しかしそれはしいてはこの町の為。僕らは《中央》に比べると小さく、戦える力もない。力ずくで従属させるのは容易いからです」

 意識して悲しい表情を出しながら父に目配せをする。

「そうですな」

 僕の意図が通じ、父も参戦してきた。


「我々には、我らの文化、やり方があります。そして失礼ながら《中央》には廃れてしまった貴族としての誇りも。ワシらは最後の貴族として、領土を明け渡すわけにはいかない。王と領土と民を、貴族の義務を護りたいが故でございます」
「僕らは《中央》を敵とは思っていません。しかしギルドを知る事は、僕らの存続を知る事に繋がります。隠れてコソコソしていたのは事実ですから、閣下が先ほどから含みある言葉を仰るものですから面食らってしまって、お見苦しい姿をお見せしてしまいました」

「息子も必死なのです、閣下。我が町を愛するゆえの行動。ワシもその手に噛んでおりましたから、二人同時に謝りましょう」
「ええ。将軍が不快な思いをしたのは申し訳なく思っています」

 矢継ぎ早に一気に喋ると将軍は瞠目し、次の瞬間にはカラカラと大声で笑った。

「ふははははは!そうである、か。なに、我は気にしておらぬ。我が身を護りたいと思うのは普通の事、ぞ」
「…はは」


 僕らが「猿」を認めたから、将軍はもうこれ以上は突っ込めない。

 それに少しも疑ってはいない様子だ。僕の裏側の真実を、僕は守り抜くことができたのだ。


 ああ、怖かった!
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