私の"記憶"がご迷惑をおかけして 〜異世界の巫女は流転する〜 (冒険者編)

第１章・泉の龍は電気鯰の夢を見るのか？

毒龍戦

夜が明ける。
朝日に向かって、団員達を乗せた馬車が走る。
皆それぞれ、信じる神に祈りを捧げる。

村人達は皆揃って護送車に乗り込み、近くの集落に一時避難している 。
後顧の憂いはない。

この数日の大量輸送で、山頂まで道が出来た。
毒龍に目立った動きはない。
だが、団員達は周囲の監視を怠らない。
ピリピリした中に、一隅だけ何故か長閑な空気が漂う。

ミコトだ。

車輪が石を食む度、ミコトの軽い体が宙に浮く。
それを押さえるために、嫌々ミコトはパウロの膝の上に載せられているのだ。
さながら小動物の様に、半目で大人しい。
隣の団員が撫でたそうにしている。
ヤメテさしあげろ。

毒龍の巨体が、枯れ木の間から漏れて見える。
結界に覆われてはいるが、みちみちとトグロの軋む音が聞こえてくる。

見上げる上空に、禍々しい毒煙を纏った龍。
大木5つ分程の巨体は、何度見ても見る者を圧倒する。


目が合った、とミコトは思った。

龍の瞳は空虚なウロそのものだ。

光はなく、哀しみに覆われ、瞳の底に嗜虐の焔を揺らめかせて。

龍は咆哮を上げた。
怒りと悲しみの咆哮を。

大気が叫び、風が結界を破らんと渦巻く。
すぐさま術者に援護が入る。

大盾の騎士は術者の前に立ち、盾を構えながら防御の陣を張る。
大剣の騎士は大剣で地面を穿ち、それに背中を持たせかけ、術者を背後から支える。
皆、一丸となって結界を保持する。

騎士団長はミコトの前で大盾を構え。
パウロは借りてきた大剣に背中を預けてミコトが飛ばされないように抱え込む。

ミコトはパウロの膝の上に仁王立ちになり、その強い眼で、龍を睨み付けた。


ビリビリと結界が軋む。
龍の竜巻に揺さぶられる。





ミコトは2系統の魔法を操る力がある。

一つは、生き物に流れる血の巡りを使い、身体を強化したり、障りを取り除く力。
職業:巫女としての固有魔法"血潮"。


もう一つは、この世界には存在しない物を作り出す力。ミコトにしかない、異世界の女神に授けられた"異能力"。
種族:異世界人としての固有魔法"創造"。

これらの魔法はこの世界には存在しない系列の魔法だ。それを具現化するためには、この世界に存在する魔法の加護が必要になる。


ミコトは想像する。
皆を助ける為のモノを。

ミコトは創造する。
最も必要なモノを。


そして  それは  結実する




「Condotto di scarico ！」



地鳴りが鳴り響く。
動揺する騎士団達。
しかし結界は揺るがない。

揺れ動くのは龍が造りし大穴。
龍の真下のその大穴から………




聳え立つ土管が現れた。
そして龍の起こした風を欠き消すような轟音が鳴り響く。



現れたのは



巨大な排気ダクトだった。

創造魔法と時空魔法のハイブリッド。
吸い込まれた障気は異空間に吐き出された。


みるみる吸い込まれる竜巻に、巻き込まれる毒煙。

毒煙の影にいた龍が、その姿を露にする。


「Scoprireシラベル！」

続けてミコトが叫ぶ。
巨大な魔方陣が龍の真下に現れた。
こちらは血潮魔法と時空魔法だ。

さながらＣＴスキャンのように、龍の体内を調べ尽くす。


龍の心臓は毒の鱗に覆われている。

その上をもう一層。真珠色の鱗が覆っている。

龍を退治するためには、この2層の鱗を壊さねばならない。



龍と目が合った。

もう龍は、咆哮を上げてはいなかった。

凪いだ瞳で語りかけてくる。

もういいと。

彼の岸辺へと。

愛する者の待つ地へと、送ってほしいと。





ミコトは祈る。
龍の平穏を。

ミコトは求める。
ソレを叶える魔法を。




「Il tuono di angelo天使の雷！」



創造魔法と、"土の気"の魔法で天気を操る魔法「天空」が融合した。
空を覆い隠していた分厚い雲の切れ間から一条の光が刺す。俗に言う"天使の階段"だ。


光が龍を包み込む。

龍は光の下で、遠い空の彼方を仰いだ。




轟音と共に、強い光が龍を貫いた。




色が消えた。

音が消えた。




衝撃に踞った団員達にまず戻ってきたのは、鳥の囀りだった。

次第に世界が色付く。






残されたのは


一粒の蛇紋石サーペンティンのカケラだけ…………


このカケラこそ、ミコトの"欠けた記憶"。


ミコトはそのカケラを、そっと手のひらに乗せた。


カケラはまるで雪の結晶のように、ふわりと融けて、馴染んで消えた。


小龍の哀しみの証は、こうして消えてしまった。