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第2話 取られる

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「神崎さん、ちょっとちょっと。」

 その日のバイトを終え更衣室に向かう途中、店長に呼び止められた。

「神崎さん。ほら、今月の給与明細」

 手渡された茶色い封筒を受け取り、私は店長の顔を見た。

「あ、店長、前々からお伝えしていましたが、来月の7月から9月までバイトを休ませてください」

「ああ、介護体験だったな。頑張ってこいよ」

 しばらく寂しくなるなと言い残して、店長は現場に戻っていった。私は受け取った封筒を開けて、給与明細を確認した。わかってはいるが毎度見て、ため息をついてしまう。

「今月は積み立て税で8000円ももってかれてる…」



 数年前、国の偉い人が『高校生に介護体験をさせよう』と言い出した。超高齢化社会を迎えた現代、働き盛りの若者だけでは介護の人手不足を補えなくなったのだ。もちろん当時は賛否両論だった。賛成側の意見として『就職してから若者がお年寄りへの対応に困らないように学習することができる。企業としても研修費を抑えられる。』、『核家族化により今の若者は、お年寄りとの接点がない。そのため、人生経験豊富なお年寄りとふれあう機会を構築することで、充実した人生を送れる。』などなど偉い人たちがそれぞれの立場から精いっぱいメリットを語った。いろんなことを言っていたが、要は若者にボランティアで介護をさせようということだった。

 反対側の意見として『脱ゆとり教育、体育祭、受験など高校生のカリキュラムはすでにパンク状態である。これ以上、他のことに時間を割くのは現実的に不可能。』といった建設的な意見も飛び交った。


 しかし、介護の担い手不足を解消しようとする国の意思のもと、助成金をばらまかれた。高校の経営者にしてみれば、少子化で子供がいなくなったから学生集めは年々激化している。そんななかで、国の政策は都合がよかったのだろう。金がもらえるとわかれば、われ先にと多くの高校がカリキュラムに介護体験実習を組み込んだ。その助成金でさえ元をたどれば私のバイト代でもあるというのに…

 これにともない、校則も変化してきた。ブラック校則で有名だった『茶髪を黒染めに強要』も『茶髪はお年寄りが怖がる危険があるから』という大義名分のもと合法となった。これまで時代と共に自己表現とされてきたことが次から次へと禁止になっていった。すべてはお年寄りのためだった。


 意識の高い高校生たちが「奨学金とバイト代で授業料を賄っている。介護をしている時間はない」と必死に署名活動を行った。当時はニュースでも取り上げられた。SNSを利用して、五万人分の署名をかき集め、文部科学省に提出した。しかし、文部科学省は『自分達が歳をとったときにありがたみがわかるから』と一蹴した。

 このことで高校生たちは戦う威力を失った。そこまでしてもダメだったから何をしても無駄だという風潮が厚い雲のように高校生たちの心を覆った。今では不満を漏らすだけで精一杯だ。あげくに、介護体験を今しかできない貴重な体験とも言い出す輩まで現れた。


 新制度が始まれば国の予算が問題になるはずだ。しかし、元からの計画だったのか、国は高校生に介護をさせるだけではあきたらず、新たに『積み立て税』なるものを作った。この税金は若いときに国に対して所得の一部を積み立てておき、年を取って働けなくなった際に支給されるというものだった。名前こそ違えど、国民年金そのものだった。

 新しい税金制度ができようものなら、たいていデモ活動が起こるだろう。だが、積み立て税では「 若いときに国に対して所得の一部を積み立てておく 」が前提の税金なので『再雇用の老人たちからは徴収しない』という公約が掲げられた。そのため、老人たちは満足し、若者はもはや反対運動を起こす気力すらわかなかった。


 このままでは老人達に潰される。自分がババアになるまで奴隷のように働かされる。きっと私が老人になったころには、年金の支給額は80歳からとなっているだろう。70過ぎまで健康で働けるなんて幸せなことだと宗教染みたことを言われるのだ。なんとしてでも今まで取られてきた分、ジジイとババアからむしりとってやりたいが、そんな方法思いつきもしなかった。
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