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雪乃の、過去。(後編)―雪乃
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「私に比べれば、そんなのトラウマじゃない」
扉の向こうに向けて、凛として言い放つ。
「…………ごめんなさい、言いすぎたわ」
鍵を開けて外に出ようとして…………あれ、開かない。あかない、アカナイ、閉じ込められ…………
と、次の瞬間拍子抜けするぐらいスッと簡単に開く。
「ごめん、よっかかってた」
「…………やめて欲しいわね、そういうの。………………『また』閉じ込められたかと思ったじゃない」
「『また』…………?」
「…………とりあえず、部屋に帰りましょ」
部屋に戻ると、入れっぱなしの暖房のお陰でちょうどいい暖かさになってた。
「…………レモンティー、冷めちゃったね」
「別に構わないわよ」
と、カップの中身を一気飲みする。
「…………望乃夏、済まないけど…………気を落ち着けたいから、望乃夏のアールグレイを頼めるかしら。ああ、ミルクも砂糖も要らないから」
「………………ん、わかった。じゃあこれ借りるね」
と、ティーポットを持って給湯室に向かう望乃夏。………………これで、少しは時間稼ぎになったかしら。
さて、と。私は何度も深呼吸して、気を落ち着ける。………………大丈夫、私はもう、1人じゃない。
十何回目かの深呼吸が終わった時、望乃夏が戻ってくる。
「………………別に私の分だけでよかったのに」
「いいの。………………ボクも、雪乃の話を落ち着いて聞ける自信がないから」
なら、やめとけばいいのに…………
「でも、ボクにも雪乃の過去の重石を、一緒に背負わせてほしい」
「…………後悔、するわよ?」
「覚悟の上だよ」
…………ありがと、望乃夏。
望乃夏のいれてくれたアールグレイで口を湿らせた後、心を決めて話し始める。
「あれは、私が12歳になる直前の、小6の頃のことよ。その頃にはもう、身長が170に届きかけてたから同級生の中でも割と目立つ方だったわ…………私としてはそんなに目立ちたく無かったんだけど。でも目立つということは、言い換えれば妬まれるわけで…………女子グループの標的にされたの。それまでにも何度か嫌がらせはあったけど、『あの日』がトドメになったわね。………………『あの日』は昼頃から肌寒くなってきて、三時ぐらいには長袖が必要なぐらい寒かったわ。私は班清掃で体育倉庫の掃除をしてたんだけど…………その班には女子グループのメンバーが混ざってて、私が奥の方を掃除してる間に…………入口の鉄扉を閉めて、出ていったの。つまり、閉じ込められたわけね…………。当然私も扉が閉まる音に気づいて走ったけど、目の前で閉められたわ…………閉まる直前に、『バイバイ』と笑いながら言われて、ね。当然私も扉を叩いて誰かに気づいて貰おうとしたけど…………校舎から体育倉庫は離れていたし、それに私達が最後だったの。…………ダメだって分かった後は、どうにかして出られないか考えてたけれど…………寒くて、怖くて………………その、我慢出来なくなって………………望乃夏、やっぱり恥ずかしいから耳貸して」
ある程度は察したらしい望乃夏が、耳をこっちに向けてくる。そっと耳打ちすると、私も望乃夏も真っ赤になった。
…………言っちゃった、私の秘密。恥ずかしさで死んじゃいそうだけど、ほんの少し冷めたアールグレイを半分ほどあおって頭を冷ます。
「続きを話すわ。………………幸いなのかどうか分からないけど、ちょうどその日はロングスカートだったからちょっと足が濡れたぐらいだったんだけど…………私の心はズタボロになったわ。とりあえずライン引きの石灰を撒いて『後始末』して誤魔化したけど………………もう、このまま見つからなければいいなぁなんて考えて…………。日が落ちて真っ暗の中、どれだけの時間が過ぎたか覚えてないけど…………急に外が騒がしくなって、扉の鍵が開く音がして先生や両親、お巡りさんなんかが飛び込んできて――後から分かったけど、先生には私はもう帰ったとウソを言ってたけど、私が帰ってこないのを心配した両親が先生を通してその娘を問いつめたそうよ――。それが、私が星花女子に来た理由でもあり、そして、私の感情はその日にほとんど『殺された』の」
残り半分のアールグレイを一気に呷って、ティーポットから新しいのを注ごうと手を伸ばして…………その手を掴まれる。
「…………望乃夏?」
そのまま手を引かれて…………私は、望乃夏の腕の中に収まる。
「………………ごめん。軽々しく『ボクにもトラウマがある』なんて口にして………………。雪乃に比べたら、ボクのなんて…………ただの嫌な思い出だ…………」
「………………そんなの、比べてもしょうがないでしょ。私は私、望乃夏は望乃夏なんだから…………」
「でも…………………… 」
「それにもう、昔のことだし、大方吹っ切れたわよ。…………確かに、『一人』とか『暗いとこ』、『石灰の匂い』、『寒いとこ』がトリガーになってフラッシュバックすることはあるけど…………過去は過去だから。それに『あの日』が無かったら、私は星花に進んでなかったし、バレーも始めてたかどうかわからないし、何より………………望乃夏にも会えなかった。だから………………もう、どうでもいい」
「…………雪乃………………」
………………運命の悪戯ってやつかしらね。入口は残酷な門にしておいて、中身はこんないい日々になってるなんて。
「…………雪乃、約束しない?お互いに心とか身体が不安定になることがあるかもしれないけど…………そんな時は、こうやって2人で紅茶を飲みながら話し合うって」
「………………奇遇ね、私も同じことを考えてたわ」
さよなら、『あの日』の私。
私は、幸せになったわ。
扉の向こうに向けて、凛として言い放つ。
「…………ごめんなさい、言いすぎたわ」
鍵を開けて外に出ようとして…………あれ、開かない。あかない、アカナイ、閉じ込められ…………
と、次の瞬間拍子抜けするぐらいスッと簡単に開く。
「ごめん、よっかかってた」
「…………やめて欲しいわね、そういうの。………………『また』閉じ込められたかと思ったじゃない」
「『また』…………?」
「…………とりあえず、部屋に帰りましょ」
部屋に戻ると、入れっぱなしの暖房のお陰でちょうどいい暖かさになってた。
「…………レモンティー、冷めちゃったね」
「別に構わないわよ」
と、カップの中身を一気飲みする。
「…………望乃夏、済まないけど…………気を落ち着けたいから、望乃夏のアールグレイを頼めるかしら。ああ、ミルクも砂糖も要らないから」
「………………ん、わかった。じゃあこれ借りるね」
と、ティーポットを持って給湯室に向かう望乃夏。………………これで、少しは時間稼ぎになったかしら。
さて、と。私は何度も深呼吸して、気を落ち着ける。………………大丈夫、私はもう、1人じゃない。
十何回目かの深呼吸が終わった時、望乃夏が戻ってくる。
「………………別に私の分だけでよかったのに」
「いいの。………………ボクも、雪乃の話を落ち着いて聞ける自信がないから」
なら、やめとけばいいのに…………
「でも、ボクにも雪乃の過去の重石を、一緒に背負わせてほしい」
「…………後悔、するわよ?」
「覚悟の上だよ」
…………ありがと、望乃夏。
望乃夏のいれてくれたアールグレイで口を湿らせた後、心を決めて話し始める。
「あれは、私が12歳になる直前の、小6の頃のことよ。その頃にはもう、身長が170に届きかけてたから同級生の中でも割と目立つ方だったわ…………私としてはそんなに目立ちたく無かったんだけど。でも目立つということは、言い換えれば妬まれるわけで…………女子グループの標的にされたの。それまでにも何度か嫌がらせはあったけど、『あの日』がトドメになったわね。………………『あの日』は昼頃から肌寒くなってきて、三時ぐらいには長袖が必要なぐらい寒かったわ。私は班清掃で体育倉庫の掃除をしてたんだけど…………その班には女子グループのメンバーが混ざってて、私が奥の方を掃除してる間に…………入口の鉄扉を閉めて、出ていったの。つまり、閉じ込められたわけね…………。当然私も扉が閉まる音に気づいて走ったけど、目の前で閉められたわ…………閉まる直前に、『バイバイ』と笑いながら言われて、ね。当然私も扉を叩いて誰かに気づいて貰おうとしたけど…………校舎から体育倉庫は離れていたし、それに私達が最後だったの。…………ダメだって分かった後は、どうにかして出られないか考えてたけれど…………寒くて、怖くて………………その、我慢出来なくなって………………望乃夏、やっぱり恥ずかしいから耳貸して」
ある程度は察したらしい望乃夏が、耳をこっちに向けてくる。そっと耳打ちすると、私も望乃夏も真っ赤になった。
…………言っちゃった、私の秘密。恥ずかしさで死んじゃいそうだけど、ほんの少し冷めたアールグレイを半分ほどあおって頭を冷ます。
「続きを話すわ。………………幸いなのかどうか分からないけど、ちょうどその日はロングスカートだったからちょっと足が濡れたぐらいだったんだけど…………私の心はズタボロになったわ。とりあえずライン引きの石灰を撒いて『後始末』して誤魔化したけど………………もう、このまま見つからなければいいなぁなんて考えて…………。日が落ちて真っ暗の中、どれだけの時間が過ぎたか覚えてないけど…………急に外が騒がしくなって、扉の鍵が開く音がして先生や両親、お巡りさんなんかが飛び込んできて――後から分かったけど、先生には私はもう帰ったとウソを言ってたけど、私が帰ってこないのを心配した両親が先生を通してその娘を問いつめたそうよ――。それが、私が星花女子に来た理由でもあり、そして、私の感情はその日にほとんど『殺された』の」
残り半分のアールグレイを一気に呷って、ティーポットから新しいのを注ごうと手を伸ばして…………その手を掴まれる。
「…………望乃夏?」
そのまま手を引かれて…………私は、望乃夏の腕の中に収まる。
「………………ごめん。軽々しく『ボクにもトラウマがある』なんて口にして………………。雪乃に比べたら、ボクのなんて…………ただの嫌な思い出だ…………」
「………………そんなの、比べてもしょうがないでしょ。私は私、望乃夏は望乃夏なんだから…………」
「でも…………………… 」
「それにもう、昔のことだし、大方吹っ切れたわよ。…………確かに、『一人』とか『暗いとこ』、『石灰の匂い』、『寒いとこ』がトリガーになってフラッシュバックすることはあるけど…………過去は過去だから。それに『あの日』が無かったら、私は星花に進んでなかったし、バレーも始めてたかどうかわからないし、何より………………望乃夏にも会えなかった。だから………………もう、どうでもいい」
「…………雪乃………………」
………………運命の悪戯ってやつかしらね。入口は残酷な門にしておいて、中身はこんないい日々になってるなんて。
「…………雪乃、約束しない?お互いに心とか身体が不安定になることがあるかもしれないけど…………そんな時は、こうやって2人で紅茶を飲みながら話し合うって」
「………………奇遇ね、私も同じことを考えてたわ」
さよなら、『あの日』の私。
私は、幸せになったわ。
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