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一章 異世界

11 僕はジーンと

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「アキラがいた世界でも将軍に沢山の奥さんがいたよね。あれと近いかな。私が死ぬとこの世界が困るから、子を成さねばならなくてね。ああ、不思議な顔をしている。この世界では男女平等に子を成せるんだよ。そこがアキラの世界と違うよね。中庭に幹がつるつるの木があるよね、知ってるかい?」

 僕は頷いた。確かにあって、男女二人が抱き合ってお祈りをしながら、色のついた細い布を巻いていたのを見ているから知っている。

「それが赤子の実がなる宿り木。私はラメタルに生まれた、まあ、ラメタル人としておこうか……。私は腹実を持つ者としか赤子を成せない。スニークはラメタル貴族で腹実……子宮とは違うけど赤子を育める実を体内に持っているから、私の伴侶となるべくこの屋敷に滞在していた」

 僕はどきりとして目を見開いた。僕がジーンの部屋にいるから嫌がらせをされたんだと分かって、嫌悪感が増した気がする。

「僕……嫌です」

 感情が噴き出してしまいそう。抑えられなくて、気づいたら口に出していた。

「僕、嫌です。ジーンはスニークさんを好きじゃないんですよね?まるで仕方なく義務的って感じがします。スニークさんも仕事なんですよね。そんなのおかしいです。そんな人をジーンに触って欲しくないです。僕……僕はどうしてこんな気持ちになるのか分からない」

 わけが分からなくなって、ただ思いつく言葉を吐き出した。もやもやする感情に混乱して、泣きたいくらいで、どうしよう、ジーン、どうしたらいいか分からない、助けてください、ジーン、と僕の心の中が繰り返す。

「……アキラは私が他の人に触れるのが嫌なのかい?」

 そう言われて僕はぎこちなく頷いた。するとジーンがかすかに笑いながら言った。

「分かったよ。良かった、同じ思いをしてくれていて」

 信じられない程明るく軽い口調でジーンが告げ、僕の頭を撫でて肩を抱きしめる。

「断ったんだ。私にはアキラがいるからと。そうしたらスニークは腹実として役立ちたいと告げてきて、今し方断ってしまったんだ。私がパールバルト王国の王になったとして、次の王は私の子どもでなくても構わないんだよ。優秀なものは他にもいる。本来パールバルト王国はパールバルト国民のものだから、国民の誰かがなればいいんだ」

 それからちらりと僕を見て笑う。

「私はアキラがあんな風に自分の気持ちを伝えてくれて嬉しかった。アキラの願いはなんでも叶えてあげたいんだ」

 僕はジーンを見上げたままどうしていいか分からなかった。だって僕のあんな自分勝手なわがままな言葉くらいで、あっさり国家レベルの事案を切り捨てて来たことが信じられない。どうしてそんなことができるんですか、ジーン。僕にはそれほどの魅力も価値もないです。

「どうして……」

 僕の問いにジーンが唇の端を歪めた。いつもの少し肉厚の形のいい唇だ。ゆっくりと大きな手が僕の頭を撫でて、そっと抱き寄せられる。ジーンの胸に顔を埋めると、ふわりと甘い花のような香りがして頭の中がふわっとした。

「ずっと君を待っていた。どこか遠くで魂の息吹を感じ、生まれたことも知っていた。手は届かない君だが、アキラさえ幸せに生きてくれていたらそれでよかった。魂の番いの君が生きているから、私も生きていける。ずっとそう思って戦っていた」

 静かなのに噛み締めるようにジーンが囁く。

「君の苦痛に居ても立っても居られない私は、異世界に飛んで君に会った。アキラは私を拒否しても良かったんだよ。運命の番いだの魂の番いだの言っているのは、獣性を持つ側の都合で、近くにいたいのは私のわがままなんだからね。でも君は私に着いてきてくれた、君の世界を捨てて。アキラはすごい」

 ジーンの力強い腕が僕を抱きしめてくる。ジーンはしばらく黙って僕を抱きしめていた。身体を寄せていると、胸がドキドキして熱くなった。苦しいような恥ずかしいようなでもずっとこうしていたいような反対の気持ちが、代わる代わる入れ替わりふわふわして仕方がない。

「アキラは何も気にしないでいいんだ。それにね、私はアキラだけは、異世界から来てくれた私の大切な番いには優しくしたい。だからアキラのお願いは最優先なんだ」

 泣きそうになってしまう、そっと腕を解かれジーンから離されて、僕はジーンを見上げた。僕は確かに自分の世界から連れ出されたけれど、あの酒井先生の治験から助けてもらったんだ。

「ジーン……」

 ジーンの優しさに報いたい。僕に出来ることはなんだろうか。ふと思い出した。スニークさんとジーンは抱き合っていた。今は嫌な思いにはならない。

「僕は腹実ではありませんが、スニークさんみたいに発情期で使ってください。その、セックスとかまだしたことなくて、つまらないと思いますが……」

「え?」

 ジーンの金の目がまんまるになり、僕から少し距離を置いた。

「セックス……あ、交合のことだよね。アキラ、番いだからって無理にセックスする必要はないんだ。近くにいるだけでマナは互いに満たされる」

 スニークさんの代わりが務まるかもと思っていた僕は、恥ずかしくて耳まで真っ赤になって部屋から出て行こうとした。その腕をジーンが掴む。

「アキラ、アキラ聞いて。私に抱かれるのは嫌ではないのかい?君の世界ではまだ少数派だよね、同性同士は」

 手首を掴まれて逃げられない。僕はジーンと顔を合わせていられなくて反対の手で顔を覆った。

「私とならセックスをしてもいいのかい?君は……更に、私を受け入れてくれるのか?」

 探るような声掛けに、再び恥ずかしさとそれから思い上がりに目が潤んでいる。目頭に涙が溜まる。したこともない僕が言っていい言葉じゃなかった。でも気持ちに嘘はないんです、ジーン。きっと今ならジーンに何をされてもいい。ジーンが僕を特別扱いしてくれるように、僕にとってもジーンは特別だ。だから僕は顔を隠して俯いたまま小さく頷いた。

 ジーンが震えているのが掴まれた手から伝わってくる。かすかにジーンが息を吐き出し、黙り込む。沈黙が辛い。耐えられない気持ちになって、顔を覆う手を避けてゆっくり顔を上げると、怖いほど強い視線でジーンが僕を見ている。その視線は熱くて心を刺すようで、でも嫌じゃなくて、涙がぼろりと落ちた。

「アキラと交合したい気持ちはあるよ。だって魂が重なる番いだからね。いつも一緒にいたいし、体も重ねていたい」

 低い声で囁かれ、僕はジーンを見つめる。

「何度も欲望は込み上げて、その度に本能を理性で打ち消した。君は痛くて辛い思いを何年もしてきた。アキラが嫌な思いになることはしたくない。でも、アキラが願ってくれるなら……」

 僕はジーンの顔を見て今度ははっきりと頷いた。ジーンのもう片方の手が背中を包み、ゆっくりと屈み込んでくる。僕はその場から逃げず、目を閉じてジーンのキスを待った。キスは何度も確かめるように僕の唇に振ってきて、

「ーー発情期まで待てない」

と艶のある声で囁き、ジーンが僕の顎に手を添えた。

「アキラ、おやすみのキス以上のことをしよう」

 舌で唇を開かれて、僕はジーンに抱きしめられながら、強く唇を吸われていた。
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