4 / 27
一章 異世界
3 僕の番い
しおりを挟む
「私は番いが遠くにいることを理解していた。だから番いがその場で幸せに暮らして行くならば、手に入れることをしてはならないと思っていた。私の半身は幸せだと思えば私も幸せだと思い込むことで、正常心を保っていたが……」
ジーンさんが苦しげに気持ちを語る。僕は黙って話を聞いていた。
「しかし君の気持ちは揺らいだ。苦しく助けてといきなり繋がった。君は……」
言いづらそうに呟かれ、どきりとして僕は身を硬くした。ジーンさんの口振りから分かって来たんだけど、ジーンさんの番いって、僕のことなの?僕は息を呑んでジーンさんを見上げた。
「君は私の運命の番いなんだ。魂が重なる番いと言っても過言ではないよ。唯一無ニの相手。君の世界の人は君を苦しめるだけだ。それは君を利用しているだけで、必要としていない。君を必要としているのは、私だ」
僕は呆然としてジーンさんを見つめた。ジーンさをは僕を必要としてくれている。番いってことは簡単に信じることはできないけれど。
それから言葉を詰まらせて、ジーンさんが息を吐いた。
「君との意思疎通のため、無言で唇を奪い唾液を流し込んだのは、本当に申し訳なかった。マナを与えることで君は私たちの言語を理解することが出来ると。だからと言って無理矢理……キスもして、こちらに連れてきてしまった。今なら、まだ戻れるから、君が望む通りにしたい」
真摯な眼差しで見つめられ、僕は首を横に振る。
「嫌ではなかった、です」
確かに驚いたが、酒井所長から行われる治験から逃げ出すことができた。
「今日、君は私に異世界にさらわれたんだよ」
製薬会社からも日本からも地球からもさらわれた。改めて僕は狭い世界から解き放たれたことを思い出した。僕は異世界にいるんだ。
「僕はここにいたらどうなるんですか?」
自由になりたいと思っていたけれど、どうしたらいいか分からない。ジーンさんを見上げた僕は、ジーンさんに両手を繋がれていて、ジーンさんが笑顔になるのを見た。
「私のそばにいてくれないかな」
「ジーンさんの?」
「ジーンだよ」
「ジーンさん?」
「ジーン」
「ジーンさ……ジーン……」
根負けした。
ジーンは破顔してから、光の幾何学模様の円陣が消えるのを見つめていた。
きっと製薬会社の防犯カメラには、僕が金髪の侵入者と突然消えたように映った画像が残るのだろう。
「君は僕の命の番いだ。私のことが嫌なら私は君に無理じいはしないと誓うし、身体を重ねたりはしない。君が望む通りにしよう。最初に君の名前を教えて欲しい」
そういえば名前を言っていなかった。
「明です」
「アキラ……いい名前だ。母が服をいくつか揃えてくれているから、部屋へ行こうか」
ジーンが立ち上がって手を差し伸べてくる。自然にその手を握り、僕は椅子から立ち上がった。
地下の広間から地上に上がる階段を進むと、ヨーロッパの古いお城みたいで、連れて行かれると廊下で先程会ったタークさんに会った。
「母上、アキラの服を数点選んで来てくれないかな?」
「やったあ、こっちに残ってくれたんですね。アキラくん、ジーンと番いになってくれたんですね」
まん丸な茶色の瞳を見開いて、タークさんは僕の手を合わせ握りしめた。小さいなあ、僕も小さな身体なんだけど、タークさんを見ていると大きく感じてしまう。
「落ち着いたら屋敷内を案内するよ。まずはその服を変えよう。目立ってしまうからね。」
ジーンがそう言うと、タークさんが待ったを掛けた。
「入浴が先ですよ、ジーン。アキラくんからは薬の臭いがします。そうだ、ラベンダーの葉を入れようか。いい匂いになります。ジーンが入れたいですか?」
「は、母上っ!」
「僕一人で入れます!」
「そうですね、日本人で成人しているのですから、一人がいいでしょうねえ。僕はすっかり失念していましたよ。小人族の王子ってのが長くて困りますね。でも、マナが使えないとなるとーー」
僕は一階に戻され浴室らしい部屋で、タークさんに猫足のバスタブに押し込められた。ジーンとタークさんはバスルームから出て行って、初めてのバスルームはシャワーもなくて困ったけれど、石鹸やシャンプーもあったから手桶で髪を流してから、バスタオルをもらった。
「髪の毛はおかっぱですか。最近の日本ではこの髪型が流行りなんですか?」
タオルドライをしてくれたタークさんが、にこにこしながら僕の頭を撫でた。
「うわ」
「可愛いですね。中学生くらいですか?僕は前世で中学生の教師だったのですよ。でも、番いが中学生ですと、少し番うのは待った方がいいですかねえ。こちらの成人年齢は国によってまちまちなんですが、日本人ですと二十歳でしたよね、成人年齢は」
「え、いえ、十八歳に変更になりましたし、僕、もうじき二十歳です」
「では、全く問題はありませんね!今日にでも番ってみてはどうですか?ちゃんと塗り薬もありますし」
にこにこしながらなんだか色々なことを言っている。それにタークさんはいい匂いがしていた。
「私のアキラにいろいろと吹き込まないでください」
慌てたようにジーンがバスローブを持って来て僕の前に立った。その顔が僕を見下ろして嬉しそうにしていた。
「すごく可愛い。服はこれにしようか。楽な方がいいだろう。セーラーチュニックにキュロットだよ。ベストはいらないかな?」
タークさんが選んでくれていた数点から、空色のセーラーを選んでくれた。
「下着は紐を引っ張って調節して。今までのものは洗濯をしよう。珍しい形だな」
「男子の下着としては普通ですけれど。ゴムが入っているんです」
「ゴム?あの子供のおもちゃがこんな風に伸びるんな、ふうん、面白いなあ」
この世界にもゴムの木はあるんだと、僕は共通点を見つけて少し安心する。
タークさんが
「では、僕はあとで。ハミルが待ち構えていますよ、ジーン」
と出て行く。
「では、側近のハミルを紹介しよう」
再び手を繋いでジーンに手を引かれ、今度は二階にあがる。ふかふかの赤い毛足の長いカーペットは足音を消していて、僕の背後に書類の束を抱えているハミルさんに気づかなかった。
「ーーひっ」
「ああ、紹介するね、側近のハミルだ。ハミル、アキラだよ。私の番いだ。お前にもよく話しただろう?」
僕の肩を抱いて、ジーンがハミルさんに紹介する。ハミルさんは銀髪に青い瞳で僕を見下ろすと、
「……こちらに残ったのですね、花嫁。私はジーンの側近のハミルです」
とにこりともしない。ジーンが肩を竦めるから、これがいつもの態度なんだろう。僕は深くお辞儀をして、
「アキラです。よろしくお願いします」
と答えた。
ジーンさんが苦しげに気持ちを語る。僕は黙って話を聞いていた。
「しかし君の気持ちは揺らいだ。苦しく助けてといきなり繋がった。君は……」
言いづらそうに呟かれ、どきりとして僕は身を硬くした。ジーンさんの口振りから分かって来たんだけど、ジーンさんの番いって、僕のことなの?僕は息を呑んでジーンさんを見上げた。
「君は私の運命の番いなんだ。魂が重なる番いと言っても過言ではないよ。唯一無ニの相手。君の世界の人は君を苦しめるだけだ。それは君を利用しているだけで、必要としていない。君を必要としているのは、私だ」
僕は呆然としてジーンさんを見つめた。ジーンさをは僕を必要としてくれている。番いってことは簡単に信じることはできないけれど。
それから言葉を詰まらせて、ジーンさんが息を吐いた。
「君との意思疎通のため、無言で唇を奪い唾液を流し込んだのは、本当に申し訳なかった。マナを与えることで君は私たちの言語を理解することが出来ると。だからと言って無理矢理……キスもして、こちらに連れてきてしまった。今なら、まだ戻れるから、君が望む通りにしたい」
真摯な眼差しで見つめられ、僕は首を横に振る。
「嫌ではなかった、です」
確かに驚いたが、酒井所長から行われる治験から逃げ出すことができた。
「今日、君は私に異世界にさらわれたんだよ」
製薬会社からも日本からも地球からもさらわれた。改めて僕は狭い世界から解き放たれたことを思い出した。僕は異世界にいるんだ。
「僕はここにいたらどうなるんですか?」
自由になりたいと思っていたけれど、どうしたらいいか分からない。ジーンさんを見上げた僕は、ジーンさんに両手を繋がれていて、ジーンさんが笑顔になるのを見た。
「私のそばにいてくれないかな」
「ジーンさんの?」
「ジーンだよ」
「ジーンさん?」
「ジーン」
「ジーンさ……ジーン……」
根負けした。
ジーンは破顔してから、光の幾何学模様の円陣が消えるのを見つめていた。
きっと製薬会社の防犯カメラには、僕が金髪の侵入者と突然消えたように映った画像が残るのだろう。
「君は僕の命の番いだ。私のことが嫌なら私は君に無理じいはしないと誓うし、身体を重ねたりはしない。君が望む通りにしよう。最初に君の名前を教えて欲しい」
そういえば名前を言っていなかった。
「明です」
「アキラ……いい名前だ。母が服をいくつか揃えてくれているから、部屋へ行こうか」
ジーンが立ち上がって手を差し伸べてくる。自然にその手を握り、僕は椅子から立ち上がった。
地下の広間から地上に上がる階段を進むと、ヨーロッパの古いお城みたいで、連れて行かれると廊下で先程会ったタークさんに会った。
「母上、アキラの服を数点選んで来てくれないかな?」
「やったあ、こっちに残ってくれたんですね。アキラくん、ジーンと番いになってくれたんですね」
まん丸な茶色の瞳を見開いて、タークさんは僕の手を合わせ握りしめた。小さいなあ、僕も小さな身体なんだけど、タークさんを見ていると大きく感じてしまう。
「落ち着いたら屋敷内を案内するよ。まずはその服を変えよう。目立ってしまうからね。」
ジーンがそう言うと、タークさんが待ったを掛けた。
「入浴が先ですよ、ジーン。アキラくんからは薬の臭いがします。そうだ、ラベンダーの葉を入れようか。いい匂いになります。ジーンが入れたいですか?」
「は、母上っ!」
「僕一人で入れます!」
「そうですね、日本人で成人しているのですから、一人がいいでしょうねえ。僕はすっかり失念していましたよ。小人族の王子ってのが長くて困りますね。でも、マナが使えないとなるとーー」
僕は一階に戻され浴室らしい部屋で、タークさんに猫足のバスタブに押し込められた。ジーンとタークさんはバスルームから出て行って、初めてのバスルームはシャワーもなくて困ったけれど、石鹸やシャンプーもあったから手桶で髪を流してから、バスタオルをもらった。
「髪の毛はおかっぱですか。最近の日本ではこの髪型が流行りなんですか?」
タオルドライをしてくれたタークさんが、にこにこしながら僕の頭を撫でた。
「うわ」
「可愛いですね。中学生くらいですか?僕は前世で中学生の教師だったのですよ。でも、番いが中学生ですと、少し番うのは待った方がいいですかねえ。こちらの成人年齢は国によってまちまちなんですが、日本人ですと二十歳でしたよね、成人年齢は」
「え、いえ、十八歳に変更になりましたし、僕、もうじき二十歳です」
「では、全く問題はありませんね!今日にでも番ってみてはどうですか?ちゃんと塗り薬もありますし」
にこにこしながらなんだか色々なことを言っている。それにタークさんはいい匂いがしていた。
「私のアキラにいろいろと吹き込まないでください」
慌てたようにジーンがバスローブを持って来て僕の前に立った。その顔が僕を見下ろして嬉しそうにしていた。
「すごく可愛い。服はこれにしようか。楽な方がいいだろう。セーラーチュニックにキュロットだよ。ベストはいらないかな?」
タークさんが選んでくれていた数点から、空色のセーラーを選んでくれた。
「下着は紐を引っ張って調節して。今までのものは洗濯をしよう。珍しい形だな」
「男子の下着としては普通ですけれど。ゴムが入っているんです」
「ゴム?あの子供のおもちゃがこんな風に伸びるんな、ふうん、面白いなあ」
この世界にもゴムの木はあるんだと、僕は共通点を見つけて少し安心する。
タークさんが
「では、僕はあとで。ハミルが待ち構えていますよ、ジーン」
と出て行く。
「では、側近のハミルを紹介しよう」
再び手を繋いでジーンに手を引かれ、今度は二階にあがる。ふかふかの赤い毛足の長いカーペットは足音を消していて、僕の背後に書類の束を抱えているハミルさんに気づかなかった。
「ーーひっ」
「ああ、紹介するね、側近のハミルだ。ハミル、アキラだよ。私の番いだ。お前にもよく話しただろう?」
僕の肩を抱いて、ジーンがハミルさんに紹介する。ハミルさんは銀髪に青い瞳で僕を見下ろすと、
「……こちらに残ったのですね、花嫁。私はジーンの側近のハミルです」
とにこりともしない。ジーンが肩を竦めるから、これがいつもの態度なんだろう。僕は深くお辞儀をして、
「アキラです。よろしくお願いします」
と答えた。
20
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。


今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる