召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】

クリム

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一章 異世界

3 僕の番い

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「私は番いが遠くにいることを理解していた。だから番いがその場で幸せに暮らして行くならば、手に入れることをしてはならないと思っていた。私の半身は幸せだと思えば私も幸せだと思い込むことで、正常心を保っていたが……」

 ジーンさんが苦しげに気持ちを語る。僕は黙って話を聞いていた。

「しかし君の気持ちは揺らいだ。苦しく助けてといきなり繋がった。君は……」

 言いづらそうに呟かれ、どきりとして僕は身を硬くした。ジーンさんの口振りから分かって来たんだけど、ジーンさんの番いって、僕のことなの?僕は息を呑んでジーンさんを見上げた。

「君は私の運命の番いなんだ。魂が重なる番いと言っても過言ではないよ。唯一無ニの相手。君の世界の人は君を苦しめるだけだ。それは君を利用しているだけで、必要としていない。君を必要としているのは、私だ」

 僕は呆然としてジーンさんを見つめた。ジーンさをは僕を必要としてくれている。番いってことは簡単に信じることはできないけれど。

 それから言葉を詰まらせて、ジーンさんが息を吐いた。

「君との意思疎通のため、無言で唇を奪い唾液を流し込んだのは、本当に申し訳なかった。マナを与えることで君は私たちの言語を理解することが出来ると。だからと言って無理矢理……キスもして、こちらに連れてきてしまった。今なら、まだ戻れるから、君が望む通りにしたい」

 真摯な眼差しで見つめられ、僕は首を横に振る。

「嫌ではなかった、です」

 確かに驚いたが、酒井所長から行われる治験から逃げ出すことができた。

「今日、君は私に異世界にさらわれたんだよ」

 製薬会社からも日本からも地球からもさらわれた。改めて僕は狭い世界から解き放たれたことを思い出した。僕は異世界にいるんだ。

「僕はここにいたらどうなるんですか?」

 自由になりたいと思っていたけれど、どうしたらいいか分からない。ジーンさんを見上げた僕は、ジーンさんに両手を繋がれていて、ジーンさんが笑顔になるのを見た。

「私のそばにいてくれないかな」

「ジーンさんの?」

「ジーンだよ」

「ジーンさん?」

「ジーン」

「ジーンさ……ジーン……」

 根負けした。

 ジーンは破顔してから、光の幾何学模様の円陣が消えるのを見つめていた。

 きっと製薬会社の防犯カメラには、僕が金髪の侵入者と突然消えたように映った画像が残るのだろう。

「君は僕の命の番いだ。私のことが嫌なら私は君に無理じいはしないと誓うし、身体を重ねたりはしない。君が望む通りにしよう。最初に君の名前を教えて欲しい」

 そういえば名前を言っていなかった。

「明です」

「アキラ……いい名前だ。母が服をいくつか揃えてくれているから、部屋へ行こうか」

 ジーンが立ち上がって手を差し伸べてくる。自然にその手を握り、僕は椅子から立ち上がった。




 地下の広間から地上に上がる階段を進むと、ヨーロッパの古いお城みたいで、連れて行かれると廊下で先程会ったタークさんに会った。

「母上、アキラの服を数点選んで来てくれないかな?」

「やったあ、こっちに残ってくれたんですね。アキラくん、ジーンと番いになってくれたんですね」

 まん丸な茶色の瞳を見開いて、タークさんは僕の手を合わせ握りしめた。小さいなあ、僕も小さな身体なんだけど、タークさんを見ていると大きく感じてしまう。

「落ち着いたら屋敷内を案内するよ。まずはその服を変えよう。目立ってしまうからね。」

 ジーンがそう言うと、タークさんが待ったを掛けた。

「入浴が先ですよ、ジーン。アキラくんからは薬の臭いがします。そうだ、ラベンダーの葉を入れようか。いい匂いになります。ジーンが入れたいですか?」

「は、母上っ!」

「僕一人で入れます!」

「そうですね、日本人で成人しているのですから、一人がいいでしょうねえ。僕はすっかり失念していましたよ。小人族の王子ってのが長くて困りますね。でも、マナが使えないとなるとーー」

 僕は一階に戻され浴室らしい部屋で、タークさんに猫足のバスタブに押し込められた。ジーンとタークさんはバスルームから出て行って、初めてのバスルームはシャワーもなくて困ったけれど、石鹸やシャンプーもあったから手桶で髪を流してから、バスタオルをもらった。

「髪の毛はおかっぱですか。最近の日本ではこの髪型が流行りなんですか?」

 タオルドライをしてくれたタークさんが、にこにこしながら僕の頭を撫でた。

「うわ」

「可愛いですね。中学生くらいですか?僕は前世で中学生の教師だったのですよ。でも、番いが中学生ですと、少し番うのは待った方がいいですかねえ。こちらの成人年齢は国によってまちまちなんですが、日本人ですと二十歳でしたよね、成人年齢は」

「え、いえ、十八歳に変更になりましたし、僕、もうじき二十歳です」

「では、全く問題はありませんね!今日にでも番ってみてはどうですか?ちゃんと塗り薬もありますし」

 にこにこしながらなんだか色々なことを言っている。それにタークさんはいい匂いがしていた。

「私のアキラにいろいろと吹き込まないでください」

 慌てたようにジーンがバスローブを持って来て僕の前に立った。その顔が僕を見下ろして嬉しそうにしていた。

「すごく可愛い。服はこれにしようか。楽な方がいいだろう。セーラーチュニックにキュロットだよ。ベストはいらないかな?」

 タークさんが選んでくれていた数点から、空色のセーラーを選んでくれた。

「下着は紐を引っ張って調節して。今までのものは洗濯をしよう。珍しい形だな」

「男子の下着としては普通ですけれど。ゴムが入っているんです」

「ゴム?あの子供のおもちゃがこんな風に伸びるんな、ふうん、面白いなあ」

 この世界にもゴムの木はあるんだと、僕は共通点を見つけて少し安心する。

 タークさんが

「では、僕はあとで。ハミルが待ち構えていますよ、ジーン」

と出て行く。

「では、側近のハミルを紹介しよう」

 再び手を繋いでジーンに手を引かれ、今度は二階にあがる。ふかふかの赤い毛足の長いカーペットは足音を消していて、僕の背後に書類の束を抱えているハミルさんに気づかなかった。

「ーーひっ」

「ああ、紹介するね、側近のハミルだ。ハミル、アキラだよ。私の番いだ。お前にもよく話しただろう?」

 僕の肩を抱いて、ジーンがハミルさんに紹介する。ハミルさんは銀髪に青い瞳で僕を見下ろすと、

「……こちらに残ったのですね、花嫁。私はジーンの側近のハミルです」

とにこりともしない。ジーンが肩を竦めるから、これがいつもの態度なんだろう。僕は深くお辞儀をして、

「アキラです。よろしくお願いします」

と答えた。
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