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32 慈愛の森
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アルビオンの奥、霧深い暗い森があり、その暗い天空に薄い色の太陽が現れた。
森に閉じ込められた者達は、天空に象るそれを一斉に見上げ、彷徨い出す。死を免れた彼らの唯一の居場所であった。
彼らはブリタニア全土で流行った悪性感冒を患い、熱は下がったものの後遺症で脳が頭が大きく膨れ上がり、善悪の判断が低下していた。つまり都にいられなくなった者ばかりだ。
風船頭と揶揄される者達は森をふらふらと歩いては明るいところを目指して座り込む。
「皆様、お食事です」
天音のような人の声に、服を着たり半裸の者たちがわらわらと集まって来た。
白い露避けのローブを着た姿。透き通るような白い肌にプラチナブロンドの髪、ダークグリーンの瞳は慈愛の色を湛えている森の主人。
薄闇にふわりと浮かぶ白銀の手には食事の籠。常に腹を減らしている者達の微かな笑いが起こる。手づからチーズ堅パンを渡し続け、奥に座り込んでいた男達にも歩み寄る。
「まずはお前を食ろうてやるか。お前達は風船頭を狩れ」
森の地面に仰向けに倒され、途端、奇声が沸き起こり、白磁の肌は震え目を剥いた。
「なにを!」
口を開く前に、生臭い物を喉に押し込まれ、吐き気を催す。ペニスを押し込まれたのだと理解する前に、
「ぐっ……うっ!」
二度三度上顎を擦ると、どろりとした液体が吐き出され、生臭いが鼻を覆い尽くし、何とか手を振り払って、仰向けになった体を起こす。
「上玉だ。バルーンより高く売れる」
黒い布を纏う男を引きはがそうとして、四つ這いになると別の男が細い体に縋る。緩いキュロットが脱げて湿った土に膝をつかされた。
「ひっ」
「男かよ、まあいい、味見の時間だ」
剥き出しになったアヌスに乾いた指を突き入れられ、声を上げた瞬間別の男のペニスが口に埋め込まれる。
まるで勝どきの声を上げ腰を振る男が、風を切る音と共にピタリと動きを止めた。
「死ね、父様を汚した奴」
矢が首に横から刺さって叫び声もなく倒れた男の前で、指で犯していた男は逃げ出す前に走り込んで来た子どもに首をはねられる。
「エドワード兄様、あと一人」
風船頭を袋に押し込んで走り出した男を、走り込んだ長身が胴を真っ二つにして切り結ぶ。
「父様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
咳き込みながらキュロットを掴み立ち上がろうとして倒れ込みそうな細い腰を、ざあ……っと風が吹き掬い上げ、黒いローブマントが抱き留める。
「父様、到着が遅れすみません」
「父様、ごめんなさい」
「父様の綺麗な顔が汚れて、あいつ殺す」
「ルイ、もう、死んでる」
「エドワード兄様ばっかりずるい。僕が父様を運ぶ」
「だめだ、ルイ。長男の僕の役割だ」
宝物を抱える赤毛の少年の異色の瞳が、一瞬細くなる。顔がひどく汚れていたためだ。
「……なんて姿に!あいつ、殺す!」
「だから、エドワード兄様も。死んでるよ、あいつら」
「フィリップ、そうだったね」
弓を持つ少年の言葉に、シャルルゥは力なく微笑んだ。
「ありがとうございます。エドワード様、フィリップ様、ルイ様。彼ら、森の住民は守られました」
明るい赤髪の巻き毛少年が汚れたシャルルゥの白い手の甲に、躊躇う事なく口づけをする。
「でも父様、父様が傷ついた。遅くなってすみません」
「あ、酷い。フィリップ兄様だけいい子ぶって。俺だって……」
そんなルイの頭を撫でて、赤の燃えさかる赤髪の長身が抱きしめる腕の熱さを感じる。
三人の子ども達。
まだ十歳のエドワードは、既に小柄なシャルルゥの背丈を越え、早熟で体躯のよいアンジュリカの血筋を濃く感じさせる。既に王としての資質を余すことなく見せていた。
アンジュリカが幼少の頃から戦場に出ていたということが理解できる。
八歳のフィリップは叔父のヒューチャーに似て、背丈ばかり伸びている。冷静で洞察力があり、エドワードの片腕だ。
六歳のルイはアンジュリカに一番似ているのかもしれない。物怖じもせず、機微で豪胆。まだ兄達についていくのがやっとであるが、剣さばきは一番だとアンジュリカが笑っていた。
「父様の慈愛の森を汚すなんて……」
とルイが口端を歪める。
バルト王国から始まった悪性感冒は多くの死者を伴いガリア方面に流れていった。小国ローゼルエルデでは国民の三分の一が無くなったと聞く。
海を渡った悪性感冒は変異しブリタニア島では爆発的流行にはならなかったが、一命を取り留めた者の頭部が肥大化し、生活面で配慮が必要な状態になった。
そこでシャルルゥが王の静養地である森を、彼らの救護村とするよう願い出たのだ。
もともと王配管理の森は温泉地でありアルビオンの中でも暖かく、避冬の際ネオポリスでエドワード出産という前代未聞の事態を鑑みて、森での長めの避冬となっていた。
その森に救護村を作り、アルビオンだけではなく、ウィル、スコリアからも後遺症を持つものを呼び寄せたことで、アンジュリカの名声は一挙に跳ね上がった。
慈愛の森の救護村の誕生である。その一端を担ったのが三人の王子達だった。
森に閉じ込められた者達は、天空に象るそれを一斉に見上げ、彷徨い出す。死を免れた彼らの唯一の居場所であった。
彼らはブリタニア全土で流行った悪性感冒を患い、熱は下がったものの後遺症で脳が頭が大きく膨れ上がり、善悪の判断が低下していた。つまり都にいられなくなった者ばかりだ。
風船頭と揶揄される者達は森をふらふらと歩いては明るいところを目指して座り込む。
「皆様、お食事です」
天音のような人の声に、服を着たり半裸の者たちがわらわらと集まって来た。
白い露避けのローブを着た姿。透き通るような白い肌にプラチナブロンドの髪、ダークグリーンの瞳は慈愛の色を湛えている森の主人。
薄闇にふわりと浮かぶ白銀の手には食事の籠。常に腹を減らしている者達の微かな笑いが起こる。手づからチーズ堅パンを渡し続け、奥に座り込んでいた男達にも歩み寄る。
「まずはお前を食ろうてやるか。お前達は風船頭を狩れ」
森の地面に仰向けに倒され、途端、奇声が沸き起こり、白磁の肌は震え目を剥いた。
「なにを!」
口を開く前に、生臭い物を喉に押し込まれ、吐き気を催す。ペニスを押し込まれたのだと理解する前に、
「ぐっ……うっ!」
二度三度上顎を擦ると、どろりとした液体が吐き出され、生臭いが鼻を覆い尽くし、何とか手を振り払って、仰向けになった体を起こす。
「上玉だ。バルーンより高く売れる」
黒い布を纏う男を引きはがそうとして、四つ這いになると別の男が細い体に縋る。緩いキュロットが脱げて湿った土に膝をつかされた。
「ひっ」
「男かよ、まあいい、味見の時間だ」
剥き出しになったアヌスに乾いた指を突き入れられ、声を上げた瞬間別の男のペニスが口に埋め込まれる。
まるで勝どきの声を上げ腰を振る男が、風を切る音と共にピタリと動きを止めた。
「死ね、父様を汚した奴」
矢が首に横から刺さって叫び声もなく倒れた男の前で、指で犯していた男は逃げ出す前に走り込んで来た子どもに首をはねられる。
「エドワード兄様、あと一人」
風船頭を袋に押し込んで走り出した男を、走り込んだ長身が胴を真っ二つにして切り結ぶ。
「父様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
咳き込みながらキュロットを掴み立ち上がろうとして倒れ込みそうな細い腰を、ざあ……っと風が吹き掬い上げ、黒いローブマントが抱き留める。
「父様、到着が遅れすみません」
「父様、ごめんなさい」
「父様の綺麗な顔が汚れて、あいつ殺す」
「ルイ、もう、死んでる」
「エドワード兄様ばっかりずるい。僕が父様を運ぶ」
「だめだ、ルイ。長男の僕の役割だ」
宝物を抱える赤毛の少年の異色の瞳が、一瞬細くなる。顔がひどく汚れていたためだ。
「……なんて姿に!あいつ、殺す!」
「だから、エドワード兄様も。死んでるよ、あいつら」
「フィリップ、そうだったね」
弓を持つ少年の言葉に、シャルルゥは力なく微笑んだ。
「ありがとうございます。エドワード様、フィリップ様、ルイ様。彼ら、森の住民は守られました」
明るい赤髪の巻き毛少年が汚れたシャルルゥの白い手の甲に、躊躇う事なく口づけをする。
「でも父様、父様が傷ついた。遅くなってすみません」
「あ、酷い。フィリップ兄様だけいい子ぶって。俺だって……」
そんなルイの頭を撫でて、赤の燃えさかる赤髪の長身が抱きしめる腕の熱さを感じる。
三人の子ども達。
まだ十歳のエドワードは、既に小柄なシャルルゥの背丈を越え、早熟で体躯のよいアンジュリカの血筋を濃く感じさせる。既に王としての資質を余すことなく見せていた。
アンジュリカが幼少の頃から戦場に出ていたということが理解できる。
八歳のフィリップは叔父のヒューチャーに似て、背丈ばかり伸びている。冷静で洞察力があり、エドワードの片腕だ。
六歳のルイはアンジュリカに一番似ているのかもしれない。物怖じもせず、機微で豪胆。まだ兄達についていくのがやっとであるが、剣さばきは一番だとアンジュリカが笑っていた。
「父様の慈愛の森を汚すなんて……」
とルイが口端を歪める。
バルト王国から始まった悪性感冒は多くの死者を伴いガリア方面に流れていった。小国ローゼルエルデでは国民の三分の一が無くなったと聞く。
海を渡った悪性感冒は変異しブリタニア島では爆発的流行にはならなかったが、一命を取り留めた者の頭部が肥大化し、生活面で配慮が必要な状態になった。
そこでシャルルゥが王の静養地である森を、彼らの救護村とするよう願い出たのだ。
もともと王配管理の森は温泉地でありアルビオンの中でも暖かく、避冬の際ネオポリスでエドワード出産という前代未聞の事態を鑑みて、森での長めの避冬となっていた。
その森に救護村を作り、アルビオンだけではなく、ウィル、スコリアからも後遺症を持つものを呼び寄せたことで、アンジュリカの名声は一挙に跳ね上がった。
慈愛の森の救護村の誕生である。その一端を担ったのが三人の王子達だった。
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