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6章『花の守り人』
51 ジューゴ、ティムの誠意を感じる
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「ティム様、リムの下僕って」
ファナの問いかけに瞬間顔面に笑みを讃えたティムが、
「ティム様なんて呼ぶな。シャルルの下僕なんだから、呼び捨てをしろよ」
と幸せそうに呟く。
「む、無理ですっ」
シャルルがティムのうっとりした様子にどん引いて、僕に目配せをしてきた。
僕は僕にしがみついたままのファナに
「ティムさんでいいんじゃない?」
と言ってみた。
ファナはクサカ博士によりリムの礼節を学んでおり、人に対しては『様』と敬意を表す敬称をつけている。
シャルルはテオ同様領主あつかいで、リムにしてはかなり人寄り、いや、貴族っぽい。
「ティムさん、ですか?」
とファナが小さく呟き、ティムが
「さんもいらない!」
と歓喜の声を上げそうになるのを、シャルルが左手でぴしりと制する。
「俺の下僕のくせにファナに触るな。ファナはジューゴのリムだぞ」
ティムが深く感銘したように頷き、シャルルがさらに領主然と告げる。
「この地はジューゴ領となり、お前は管理者として雇ってやろう」
シャルルがテオから言われていた言葉を吐き、それによってのティムの出方を見るつもりだった僕は少し身構えていたらしく、ファナがきゅっと腕を抱き寄せて来た。
「もちろんだ。それで構わない。俺はリムの為なら、俺はどんな物でも投げ出す!」
きっぱりと言い切ったティムが僕に握手を求め、
「シャルルの横で修業に励む俺を認めてくれ、ジューゴ」
「……あ、まあ、うん」
「そうか、では、ジューゴ、よろしく頼む」
僕と同じくらいの少し低い身長のティムの手を握る。ティムの手は意外と硬く剣ダコが節にあり、しかし薄いよい筋肉がついており、労働者の手ではないようだ。
カミュさんの手の感覚に似ているな。どうやら、良いところの馬鹿坊っちゃんか……。
僕は成り行き騙し討ちのような土地のもぎ取り方に、少しだけ罪悪感を感じてはいたが、前に進めないのだからと自分の御都合主義の正義感を押しした。
「さて……と、とりあえずここが家になったわけだね」
一件落着には何やら苦いものが込み上げるが、とりあえずここがクサカ博士の言う『ファナの居場所』となり、僕の次の仕事はまだある。
「はい!」
「服脱いでもいいよ。疲れたよね」
自然に近く『妖精』と呼ばれるリムの基本は、裸体。
ファナがティムを少し見上げたが僕は、
「大丈夫。ティムはリムを理解したいだろうし、ファナも疲れただろう。シャルルはどうする?」
とファナの頭を撫でた。
全裸であることが自然であり普通なのだから、移動などではフードコートを髪まで隠して被っているが、家の中では少しでも自然体でいなければファナは疲労してしまう。ワンピースとかラフな服があるといいんだけど、リム専用の仕立て屋が必要なんだっけ。
「俺は服を着る習慣がついている。ファナは脱いで構わない。俺の服だから疲れるだろう」
「シャルル様、ありがとうございます」
ファナがまだまだ痩せている体からコートを取り去り、シャルルの借り物の服を脱ぎながらふうっとため息をつき、緊張して詰めていた息を吐き出した。
「夕方になってきたな。ティム、食べも……あああ?どーしたの?大丈夫?」
「……うっ」
ティムが前屈みになり顔を片手で覆った瞬間、バタバタと鼻血を噴き出した。
「はあっ……?」
「ジューゴ……あんた……これ、何ともないのかよっ!ファナのはははは、裸!」
鼻血をタオルで押さえながらファナをチラチラ見ては鼻血を溢れさせるティムに、
「リムの基本でしょ。鼻血とか前屈みとか、ないない」
と呆れたが、リムを『婚姻相手』として恋婚対象にしている、男子の正当な反応かもしれないと思い立ち僕はため息をついた。
「慣れてもらうしかないよ、十二歳少年」
「なんでなんともないんだよ!」
「うーん、ファナとはお風呂も一緒だよ」
「えっ」
ちらりとファナの胸を見て、
「うっ……」
と鼻を押さえ、
「見てはだめだ、見てはだめだ、見てはだめだ」
と呪文のように唱えるティムだが、十ニ歳。でもどう見ても僕と同じくらいにしか見えない。
「ティム、とにかく身体的暴走を外で止めてきてくれ。ファナに迷惑だ!見苦しい!」
シャルルの命令にティムは転げ躓きながら、部屋から逃げ出したのだった。
この東北の森は、作物はうまく育たないが、兎と茸は豊富に取れるらしい。森はそこそこに恩恵をこうむることが出来る。
「おーい、ファナ。遠くまで行くなよ」
「はあい」
家から開けた一帯は花畑だが、そこから周囲はぐるりと森だ。
兎が目の前を走り跳び、ファナが口を開けて驚いていると、投げ輪ロープが飛んできて、兎の首に掛かり捕まる。
木の端からロープを投げたのはティムで、得意気にシャルルの方に見せびらかしたが、当のシャルルは茸狩りに集中し、毒茸を掴んではかごに入れていた。
「だから赤いのは毒キノコだって」
「でも美味しそうだぞ。ティム、食べろ」
「食べたら、俺のリムに」
「じゃ、食べなくていい。俺にはマスターがいるからな」
鼻血と下半身暴走容疑で僕らに残念認定されたティムだが、話しかけられるたびに幸せそうにしていて僕は少々気の毒になる。
無精髭を剃り多少僕より若く見えるようになったティムは、正真正銘十ニ歳歳の若者だ。
下半身のコントロールが効かないのも無理はない……のかなあ。
ファナにとって僕と同じ背格好のティムは、僕と同じ大人の騎士に見えるらしく、少し怯えた顔もするから、二人には寝室以外服を着せることにした。
シャルル、いつ帰るんだ?屋敷に。
ファナの問いかけに瞬間顔面に笑みを讃えたティムが、
「ティム様なんて呼ぶな。シャルルの下僕なんだから、呼び捨てをしろよ」
と幸せそうに呟く。
「む、無理ですっ」
シャルルがティムのうっとりした様子にどん引いて、僕に目配せをしてきた。
僕は僕にしがみついたままのファナに
「ティムさんでいいんじゃない?」
と言ってみた。
ファナはクサカ博士によりリムの礼節を学んでおり、人に対しては『様』と敬意を表す敬称をつけている。
シャルルはテオ同様領主あつかいで、リムにしてはかなり人寄り、いや、貴族っぽい。
「ティムさん、ですか?」
とファナが小さく呟き、ティムが
「さんもいらない!」
と歓喜の声を上げそうになるのを、シャルルが左手でぴしりと制する。
「俺の下僕のくせにファナに触るな。ファナはジューゴのリムだぞ」
ティムが深く感銘したように頷き、シャルルがさらに領主然と告げる。
「この地はジューゴ領となり、お前は管理者として雇ってやろう」
シャルルがテオから言われていた言葉を吐き、それによってのティムの出方を見るつもりだった僕は少し身構えていたらしく、ファナがきゅっと腕を抱き寄せて来た。
「もちろんだ。それで構わない。俺はリムの為なら、俺はどんな物でも投げ出す!」
きっぱりと言い切ったティムが僕に握手を求め、
「シャルルの横で修業に励む俺を認めてくれ、ジューゴ」
「……あ、まあ、うん」
「そうか、では、ジューゴ、よろしく頼む」
僕と同じくらいの少し低い身長のティムの手を握る。ティムの手は意外と硬く剣ダコが節にあり、しかし薄いよい筋肉がついており、労働者の手ではないようだ。
カミュさんの手の感覚に似ているな。どうやら、良いところの馬鹿坊っちゃんか……。
僕は成り行き騙し討ちのような土地のもぎ取り方に、少しだけ罪悪感を感じてはいたが、前に進めないのだからと自分の御都合主義の正義感を押しした。
「さて……と、とりあえずここが家になったわけだね」
一件落着には何やら苦いものが込み上げるが、とりあえずここがクサカ博士の言う『ファナの居場所』となり、僕の次の仕事はまだある。
「はい!」
「服脱いでもいいよ。疲れたよね」
自然に近く『妖精』と呼ばれるリムの基本は、裸体。
ファナがティムを少し見上げたが僕は、
「大丈夫。ティムはリムを理解したいだろうし、ファナも疲れただろう。シャルルはどうする?」
とファナの頭を撫でた。
全裸であることが自然であり普通なのだから、移動などではフードコートを髪まで隠して被っているが、家の中では少しでも自然体でいなければファナは疲労してしまう。ワンピースとかラフな服があるといいんだけど、リム専用の仕立て屋が必要なんだっけ。
「俺は服を着る習慣がついている。ファナは脱いで構わない。俺の服だから疲れるだろう」
「シャルル様、ありがとうございます」
ファナがまだまだ痩せている体からコートを取り去り、シャルルの借り物の服を脱ぎながらふうっとため息をつき、緊張して詰めていた息を吐き出した。
「夕方になってきたな。ティム、食べも……あああ?どーしたの?大丈夫?」
「……うっ」
ティムが前屈みになり顔を片手で覆った瞬間、バタバタと鼻血を噴き出した。
「はあっ……?」
「ジューゴ……あんた……これ、何ともないのかよっ!ファナのはははは、裸!」
鼻血をタオルで押さえながらファナをチラチラ見ては鼻血を溢れさせるティムに、
「リムの基本でしょ。鼻血とか前屈みとか、ないない」
と呆れたが、リムを『婚姻相手』として恋婚対象にしている、男子の正当な反応かもしれないと思い立ち僕はため息をついた。
「慣れてもらうしかないよ、十二歳少年」
「なんでなんともないんだよ!」
「うーん、ファナとはお風呂も一緒だよ」
「えっ」
ちらりとファナの胸を見て、
「うっ……」
と鼻を押さえ、
「見てはだめだ、見てはだめだ、見てはだめだ」
と呪文のように唱えるティムだが、十ニ歳。でもどう見ても僕と同じくらいにしか見えない。
「ティム、とにかく身体的暴走を外で止めてきてくれ。ファナに迷惑だ!見苦しい!」
シャルルの命令にティムは転げ躓きながら、部屋から逃げ出したのだった。
この東北の森は、作物はうまく育たないが、兎と茸は豊富に取れるらしい。森はそこそこに恩恵をこうむることが出来る。
「おーい、ファナ。遠くまで行くなよ」
「はあい」
家から開けた一帯は花畑だが、そこから周囲はぐるりと森だ。
兎が目の前を走り跳び、ファナが口を開けて驚いていると、投げ輪ロープが飛んできて、兎の首に掛かり捕まる。
木の端からロープを投げたのはティムで、得意気にシャルルの方に見せびらかしたが、当のシャルルは茸狩りに集中し、毒茸を掴んではかごに入れていた。
「だから赤いのは毒キノコだって」
「でも美味しそうだぞ。ティム、食べろ」
「食べたら、俺のリムに」
「じゃ、食べなくていい。俺にはマスターがいるからな」
鼻血と下半身暴走容疑で僕らに残念認定されたティムだが、話しかけられるたびに幸せそうにしていて僕は少々気の毒になる。
無精髭を剃り多少僕より若く見えるようになったティムは、正真正銘十ニ歳歳の若者だ。
下半身のコントロールが効かないのも無理はない……のかなあ。
ファナにとって僕と同じ背格好のティムは、僕と同じ大人の騎士に見えるらしく、少し怯えた顔もするから、二人には寝室以外服を着せることにした。
シャルル、いつ帰るんだ?屋敷に。
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