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5章『銀の聖騎士』
40 ジューゴ、聖騎士の真実を知る
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僕は早朝の大聖堂の地下通路をゆっくりと歩く。
銀の聖騎士が意識を失って四日。
僕は頼まれた手紙をどうするべきか、考えあぐねていた。
廊下の薄明かりは光苔を壁に貼り付けた見事な仕組みで、僕はその恩恵を感じながら歩いていたけれど、どうやら夜目の利く方だったみたいで充分な灯りだった。
大聖堂はひやりと涼しく、微かに血糊の香りがしている。
外の瓦礫の様を見れば、騎士団が最後の砦としていかに守ろうとしていたか分かり、僕は開いたままの石棺を覗き込んだ。
クサカ博士は静かに眠っている。
布……絹……シルクの布にくるまれたクサカ博士の傷は見ることができないけど、隣に設えられた石棺には、リドという名前の研究員が眠り、屋敷の使用人が清め傷すらも分からないようにされていた。
壊れた扉からは光が射し込み、ランクルのボディーが見え、瓦礫の血飛沫から惨劇の凄まじさを知ることができる。
「ひどい……」
「全くだ。リムは数が少ない上、奴らに全部持っていかれた」
地下通路から声がして、ジューゴは振り返った。
「テオ様」
「テオでいいよ、運び屋」
「じゃあ、僕もジューゴって呼んでください」
テオは真新しい白衣を着ていて、僕は目を見開く。
「ふふ、やっとシャルルと真の契約を交わしたんだ。シャルルはほんっと~に強情で、契約をさせるのに時間がかかって、かかって。まあ強引にだけれど、これで俺はシャルルを守ることができる。騎士として、博士として」
喜びを噛み締めるようにして語るテオに、僕は尋ねた。
「シャルル様、目覚めたんですか?リム?契約って……あれ……リムは女の子で……シャルル様は女の子だったのか」
テオが呆れるように僕へ
「シャルルは男だよ。リムは確かに女が多い。それはメカニカが無性の子供の核を持つと言われるからであり、それには女のリムが御し易いとの見解からだ。最初のリムの核は女だった、だからね。そこから男のリムを作るのに、クサカ博士の親友である父はこだわった。そして俺はシャルルに会った」
と告げた。
「リムの凄さを分からないのか?」
「はい」
テオは僕よりも明らかに小さくて中学生くらいにしか見えないのに、雰囲気に違和感があった。そんなテオが手招きをして、大聖堂の最奥の扉に手を合わせて僕を招き入れる。
「……リムとマスターの本当の契約を知っているだろう?リムの中にマスターの核を入れるシャルルは何回も嫌がっていたな。男のリムは唯一シャルルだけだ。シャルル以外作れなかった。俺はシャルルに恋をしていた。だが、リムの寿命は十五年だ」
「……はい」
年下のはず……なのにいやに貫禄のあるテオが、ふっと笑った。博士の研究をテオが継いだと、そのテオが育成ポッドにいる核が育つのを愛おしそうに見つめる。
「見るか?」
処置台にシャルル様の死体があった。確かに僕と同じ性別の青白い死体の胸からはリムの核が抜き取られている。つまり……死んで新しいボディを与えられた。
「死体に慣れているな」
「初めはだめでした。平和な国からこちらにきましたから。でも、記憶を継承しないはずです」
「普通のリムならな。クサカは転移の核にこだわった。俺は記憶の核にこだわっていた。リムの核に記録を定着させて死亡前後の記憶を繋ぎ、特定の騎士の核によって全ての記憶を取り戻すトリガーにする。男同士だって腹の中に核は授けられる」
意味深の笑いに沈黙した僕は、
「そうやってリムのシャルル様を生かし続けていくのですか……」
としか言えず、胸ポケットから手紙を取り出してテオに手渡す。
「楽園からの書状です。博士はいないし、正直、シャルル様かテオしか渡せなくて」
「シャルルにも様はいらない。敬語も不要だ。ジューゴの方が見た目が上だ」
「あ、はい、分かりました……分かったよ。あの。書状渡す?」
「……待て」
僕はシャルルの核の複製品を見ながら、今目覚めたと言われたシャルルは新しいボディのシャルルだと知った。そして目の前の液体の満たされている中で浮かぶ全ては十五年のシャルルだ。
僕は読んでいるらしいテオが、何度も頷き僕に手紙を寄越した。
「ーー分かった。俺がお前のリムを診よう。しばらく滞在するがいい。手紙はクサカからのものだ」
一旦言葉を切ったテオが、僕を見上げる。
赤い髪と緑の瞳は北では珍しくないらしいが、真っ白な肌に映える美しい表情は艶やかだった。
「手紙にあるように我らの領地の端にあるアギト川源流一帯を、ジュリアス王国ジューゴ領として渡そう。我が領地は亡き父ジュリアスの名を取りジュリアス王国とし、領主ジューゴと友好関係を結ぶ」
「は……い?」
「東のガーランド王国の侵略にあった我が国は、友好のあるジューゴに助けられた……そんな美談でどうだ?クサカの手紙に添えたエバのメモではそんかシナリオがちょうどいいとなっているが?」
「え、そんなぁ」
僕は突然降って沸いた『領地』に対して、すっとんきょうな声を上げる。
「エバに頼んでおいたのかな。クサカも考えたものだな。自分のリムの居場所を作らせたんだ。俺よりも悪党だよ、あいつは」
銀の聖騎士が意識を失って四日。
僕は頼まれた手紙をどうするべきか、考えあぐねていた。
廊下の薄明かりは光苔を壁に貼り付けた見事な仕組みで、僕はその恩恵を感じながら歩いていたけれど、どうやら夜目の利く方だったみたいで充分な灯りだった。
大聖堂はひやりと涼しく、微かに血糊の香りがしている。
外の瓦礫の様を見れば、騎士団が最後の砦としていかに守ろうとしていたか分かり、僕は開いたままの石棺を覗き込んだ。
クサカ博士は静かに眠っている。
布……絹……シルクの布にくるまれたクサカ博士の傷は見ることができないけど、隣に設えられた石棺には、リドという名前の研究員が眠り、屋敷の使用人が清め傷すらも分からないようにされていた。
壊れた扉からは光が射し込み、ランクルのボディーが見え、瓦礫の血飛沫から惨劇の凄まじさを知ることができる。
「ひどい……」
「全くだ。リムは数が少ない上、奴らに全部持っていかれた」
地下通路から声がして、ジューゴは振り返った。
「テオ様」
「テオでいいよ、運び屋」
「じゃあ、僕もジューゴって呼んでください」
テオは真新しい白衣を着ていて、僕は目を見開く。
「ふふ、やっとシャルルと真の契約を交わしたんだ。シャルルはほんっと~に強情で、契約をさせるのに時間がかかって、かかって。まあ強引にだけれど、これで俺はシャルルを守ることができる。騎士として、博士として」
喜びを噛み締めるようにして語るテオに、僕は尋ねた。
「シャルル様、目覚めたんですか?リム?契約って……あれ……リムは女の子で……シャルル様は女の子だったのか」
テオが呆れるように僕へ
「シャルルは男だよ。リムは確かに女が多い。それはメカニカが無性の子供の核を持つと言われるからであり、それには女のリムが御し易いとの見解からだ。最初のリムの核は女だった、だからね。そこから男のリムを作るのに、クサカ博士の親友である父はこだわった。そして俺はシャルルに会った」
と告げた。
「リムの凄さを分からないのか?」
「はい」
テオは僕よりも明らかに小さくて中学生くらいにしか見えないのに、雰囲気に違和感があった。そんなテオが手招きをして、大聖堂の最奥の扉に手を合わせて僕を招き入れる。
「……リムとマスターの本当の契約を知っているだろう?リムの中にマスターの核を入れるシャルルは何回も嫌がっていたな。男のリムは唯一シャルルだけだ。シャルル以外作れなかった。俺はシャルルに恋をしていた。だが、リムの寿命は十五年だ」
「……はい」
年下のはず……なのにいやに貫禄のあるテオが、ふっと笑った。博士の研究をテオが継いだと、そのテオが育成ポッドにいる核が育つのを愛おしそうに見つめる。
「見るか?」
処置台にシャルル様の死体があった。確かに僕と同じ性別の青白い死体の胸からはリムの核が抜き取られている。つまり……死んで新しいボディを与えられた。
「死体に慣れているな」
「初めはだめでした。平和な国からこちらにきましたから。でも、記憶を継承しないはずです」
「普通のリムならな。クサカは転移の核にこだわった。俺は記憶の核にこだわっていた。リムの核に記録を定着させて死亡前後の記憶を繋ぎ、特定の騎士の核によって全ての記憶を取り戻すトリガーにする。男同士だって腹の中に核は授けられる」
意味深の笑いに沈黙した僕は、
「そうやってリムのシャルル様を生かし続けていくのですか……」
としか言えず、胸ポケットから手紙を取り出してテオに手渡す。
「楽園からの書状です。博士はいないし、正直、シャルル様かテオしか渡せなくて」
「シャルルにも様はいらない。敬語も不要だ。ジューゴの方が見た目が上だ」
「あ、はい、分かりました……分かったよ。あの。書状渡す?」
「……待て」
僕はシャルルの核の複製品を見ながら、今目覚めたと言われたシャルルは新しいボディのシャルルだと知った。そして目の前の液体の満たされている中で浮かぶ全ては十五年のシャルルだ。
僕は読んでいるらしいテオが、何度も頷き僕に手紙を寄越した。
「ーー分かった。俺がお前のリムを診よう。しばらく滞在するがいい。手紙はクサカからのものだ」
一旦言葉を切ったテオが、僕を見上げる。
赤い髪と緑の瞳は北では珍しくないらしいが、真っ白な肌に映える美しい表情は艶やかだった。
「手紙にあるように我らの領地の端にあるアギト川源流一帯を、ジュリアス王国ジューゴ領として渡そう。我が領地は亡き父ジュリアスの名を取りジュリアス王国とし、領主ジューゴと友好関係を結ぶ」
「は……い?」
「東のガーランド王国の侵略にあった我が国は、友好のあるジューゴに助けられた……そんな美談でどうだ?クサカの手紙に添えたエバのメモではそんかシナリオがちょうどいいとなっているが?」
「え、そんなぁ」
僕は突然降って沸いた『領地』に対して、すっとんきょうな声を上げる。
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