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3章 『刻を越えて』
26 ファナ、恐怖する
しおりを挟む この人に私の名前を呼んでほしい。
「あの……私の名前を……」
男の人……男の子かしら……瞳は再び閉じられてしまい動揺していると、ぎゅうと身体を抱えられてしまいさらに困惑する。
「お前のマスターか?」
服を着替えたおじいさまがやって来て、横の椅子に腰かけた。
「マスターになってほしいです」
そっと額を撫でられ、いつも距離を感じていたおじいさまを近しく感じる。
「そうか。お前が選んだのならば、それでいい。名ある騎士ばかりが騎士ではない。時には優しく無力だと思う者が力を発揮するのだよ」
「おじいさま?」
「少し休みなさい」
早く私の名前を……呼んで。早くこの方の名前を聞かせてほしい……その真っ黒な瞳が見たい……私、あなたが目を開いたら……たくさんお話しがしたいのです。そんな風に思った。
少し前の夢を見ていた。
「ん……ぅ……ジューゴ様」
暖炉のところでうたた寝をしていたはずの私は、ジューゴ様がいないことに気づいて、辺りを見渡す。
朝からたくさん遊んだ。
ランクルと水遊びをして、みんなで川縁でパンを食べて……冷えきった身体を、暖炉の側で暖めていた。
「起きたか……」
ベッドに移動していた私は、窓の外のランクルもいないのに気づいた。
「おじいさま、ジューゴ様は……」
マスターと呼びたいところだが、ジューゴ様はまだ名前もくれず、騎士の核も貰っていないから正式なマスターではないのだ。
「外へ出掛けている。さあ、お前も出掛ける準備をしなさい。服を着なさい」
「は、はい……」
私は祖父に言われた通り人間の服をかぶり胸のリムを隠し、おじいさまが外出用の杖を出してきて、砂金の袋を首からぶら下げるように言われ、おじいさまの横に隠れるようにして家を出る。
扉を開くと辺りは暗くなっていたが、欠けた月が青白い光を放ち、女剣士と黒フードを不気味に照らしていた。
「どうだい?シャール」
シャールと呼ばれた黒フードのリムの服は薄汚れていて、金茶髪を肩口で切り揃えた優美な姿でローブから手を差し出し、私を探るように見つめる。
「……不思議なリムの気配です」
女剣士がニヤリと笑い、私は不安になった。
「おじいさま……」
おじいさまが二人連れを無視して、ゆっくりとした足取りで通りすぎていき、私を見下ろして言った。
「お前の幸せな姿を見たかったよ」
「え……?」
女騎士が下から掬い上げるように、細身の剣で祖父を刺そうとする。
おじいさまの杖がそれを払い、女が叫んだ。
「ぼさっとすんな、シャール!拘束しろ!」
「チロル様、リムは人に攻撃はーー」
「シャール、なんで名前で呼ぶんだ?あたしは仮マスターだよ!早くしな!あとでお仕置きだ。刻むよ」
「は、はい……」
包帯だらけの腕を付きだし、右手の人差し指で円を描きおじいさまの身体が硬直する。
祖父の影から伸びる蔦のような黒がおじいさまの身体に巻き付き、おじいさまが杖を落とした。
私は震えておじいさまの様子を見ているだけで、一歩も動けず女剣士がおじいさまの元に歩み寄るのを見送ってしまう。
「逃げなさい、ファナ!ジューゴ君と幸せになりなさい……ぐっ……うっ!」
私は自身も泣きそうなシャールと呼ばれたリムの横を泣きながら駆け抜け、見知った森を逃げていく。
ジューゴ様、ジューゴ様っ、声を出しては気づかれてしまうから、川縁の森の駆け抜けると、女騎士に追い付かれた。
「リムのくせに…人間の真似事をするなあっ…」
被っていた首まであるワンピースを引きちぎるように脱がされ、私は勢い地に両膝を着く。
女騎士の真っ白な凶悪な美しい顔に薄くソバカスが散り笑い、ファナは土まみれになりながら後ずさった。
「悪く思わないで、上役の命令だからさ。お前なかなか綺麗な子ね。王子様がお喜びになるわ。この小さな腹に騎士の核をぶち込まれて傀儡のリムになりな!」
風が吹いて青白い光を顔に浴びて、前髪を掴まれた私は隠していた瞳を晒してしまい、身体を捩る。
「いやっ、離してくださいっ!」
女騎士がにやにやとしてから後からやってきた東の方面から来た馬車を見た。止まると同時に、短い銀髪の痩せた男が降り立つ。
「ガゼル様」
シャールがすがるようにその男に歩み寄り、痛みを抱えた身体中を必死で抱き締めて座り込むが、銀髪の痩身は見向きもしないで、私に近寄ってきた。
「面白いリムだな。クサカ博士はリムを全て差し出したはずだが。新たな力を持つリムやも知れん。チロル、よくやった」
「ガゼル様っ、あたしの手柄だよ!」
「ああ、殿下にも伝えよう」
「やったね!」
私が顔を上げると、馬車の中にはまっすぐの青銀髪を流した冴え冴えたる美しい青年が座り、私を一瞥する。
「殿下、クサカ博士の最後のリムです」
その柔らかい青い瞳に私は何故か沸き起こる感覚……に震えた。
「ふうん……面白いね。僕の核を施すのに相応しい。丁寧に開いて繰り返し核を与えよう。よい次元回廊になりそうだね」
それは明らかなる、恐怖。
「い……や……」
私の小さな口から悲鳴のように細く呟いた。
助けて、助けて、ジューゴ様と心の中が叫んでいた。
「あの……私の名前を……」
男の人……男の子かしら……瞳は再び閉じられてしまい動揺していると、ぎゅうと身体を抱えられてしまいさらに困惑する。
「お前のマスターか?」
服を着替えたおじいさまがやって来て、横の椅子に腰かけた。
「マスターになってほしいです」
そっと額を撫でられ、いつも距離を感じていたおじいさまを近しく感じる。
「そうか。お前が選んだのならば、それでいい。名ある騎士ばかりが騎士ではない。時には優しく無力だと思う者が力を発揮するのだよ」
「おじいさま?」
「少し休みなさい」
早く私の名前を……呼んで。早くこの方の名前を聞かせてほしい……その真っ黒な瞳が見たい……私、あなたが目を開いたら……たくさんお話しがしたいのです。そんな風に思った。
少し前の夢を見ていた。
「ん……ぅ……ジューゴ様」
暖炉のところでうたた寝をしていたはずの私は、ジューゴ様がいないことに気づいて、辺りを見渡す。
朝からたくさん遊んだ。
ランクルと水遊びをして、みんなで川縁でパンを食べて……冷えきった身体を、暖炉の側で暖めていた。
「起きたか……」
ベッドに移動していた私は、窓の外のランクルもいないのに気づいた。
「おじいさま、ジューゴ様は……」
マスターと呼びたいところだが、ジューゴ様はまだ名前もくれず、騎士の核も貰っていないから正式なマスターではないのだ。
「外へ出掛けている。さあ、お前も出掛ける準備をしなさい。服を着なさい」
「は、はい……」
私は祖父に言われた通り人間の服をかぶり胸のリムを隠し、おじいさまが外出用の杖を出してきて、砂金の袋を首からぶら下げるように言われ、おじいさまの横に隠れるようにして家を出る。
扉を開くと辺りは暗くなっていたが、欠けた月が青白い光を放ち、女剣士と黒フードを不気味に照らしていた。
「どうだい?シャール」
シャールと呼ばれた黒フードのリムの服は薄汚れていて、金茶髪を肩口で切り揃えた優美な姿でローブから手を差し出し、私を探るように見つめる。
「……不思議なリムの気配です」
女剣士がニヤリと笑い、私は不安になった。
「おじいさま……」
おじいさまが二人連れを無視して、ゆっくりとした足取りで通りすぎていき、私を見下ろして言った。
「お前の幸せな姿を見たかったよ」
「え……?」
女騎士が下から掬い上げるように、細身の剣で祖父を刺そうとする。
おじいさまの杖がそれを払い、女が叫んだ。
「ぼさっとすんな、シャール!拘束しろ!」
「チロル様、リムは人に攻撃はーー」
「シャール、なんで名前で呼ぶんだ?あたしは仮マスターだよ!早くしな!あとでお仕置きだ。刻むよ」
「は、はい……」
包帯だらけの腕を付きだし、右手の人差し指で円を描きおじいさまの身体が硬直する。
祖父の影から伸びる蔦のような黒がおじいさまの身体に巻き付き、おじいさまが杖を落とした。
私は震えておじいさまの様子を見ているだけで、一歩も動けず女剣士がおじいさまの元に歩み寄るのを見送ってしまう。
「逃げなさい、ファナ!ジューゴ君と幸せになりなさい……ぐっ……うっ!」
私は自身も泣きそうなシャールと呼ばれたリムの横を泣きながら駆け抜け、見知った森を逃げていく。
ジューゴ様、ジューゴ様っ、声を出しては気づかれてしまうから、川縁の森の駆け抜けると、女騎士に追い付かれた。
「リムのくせに…人間の真似事をするなあっ…」
被っていた首まであるワンピースを引きちぎるように脱がされ、私は勢い地に両膝を着く。
女騎士の真っ白な凶悪な美しい顔に薄くソバカスが散り笑い、ファナは土まみれになりながら後ずさった。
「悪く思わないで、上役の命令だからさ。お前なかなか綺麗な子ね。王子様がお喜びになるわ。この小さな腹に騎士の核をぶち込まれて傀儡のリムになりな!」
風が吹いて青白い光を顔に浴びて、前髪を掴まれた私は隠していた瞳を晒してしまい、身体を捩る。
「いやっ、離してくださいっ!」
女騎士がにやにやとしてから後からやってきた東の方面から来た馬車を見た。止まると同時に、短い銀髪の痩せた男が降り立つ。
「ガゼル様」
シャールがすがるようにその男に歩み寄り、痛みを抱えた身体中を必死で抱き締めて座り込むが、銀髪の痩身は見向きもしないで、私に近寄ってきた。
「面白いリムだな。クサカ博士はリムを全て差し出したはずだが。新たな力を持つリムやも知れん。チロル、よくやった」
「ガゼル様っ、あたしの手柄だよ!」
「ああ、殿下にも伝えよう」
「やったね!」
私が顔を上げると、馬車の中にはまっすぐの青銀髪を流した冴え冴えたる美しい青年が座り、私を一瞥する。
「殿下、クサカ博士の最後のリムです」
その柔らかい青い瞳に私は何故か沸き起こる感覚……に震えた。
「ふうん……面白いね。僕の核を施すのに相応しい。丁寧に開いて繰り返し核を与えよう。よい次元回廊になりそうだね」
それは明らかなる、恐怖。
「い……や……」
私の小さな口から悲鳴のように細く呟いた。
助けて、助けて、ジューゴ様と心の中が叫んでいた。
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