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3章 『刻を越えて』
21 ジューゴ、失恋する
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「重吾、そのランドクルーザーはお前の親父のなんだろ?なんでねちねち整備するかな~、お前」
僕は我に返る。辺りを見渡し……見覚えがあるのに、理解が出来ずにいた。
「わーってるって、剛志。でも水浴びくらい、いーだろ。なー、ランクル?」
僕は白黒ツートンカラーのランドクルーザーを、柔らかな革で拭いている。
「重吾、で、お前もついでに水浴びかよ。三月だぞ、今」
なにやらがみがみと言い始める……剛志、ああ、剛志だ。僕、ここを知っている。高校を卒業して、就職までの数日間、運転免許を取得して川縁で運転していたんだ。
「おい、重吾、手合わせをしろ」
熊のように大柄な親友の剛志が、顎をしゃくりながら僕を呼び寄せトンファーを渡してきた。
「またかよ」
剛志は高校卒業後警備会社に就職する。その訓練相手になる羽目になり、僕はトンファーを左手につけ型を取る。
「空手をやっとる奴は、そうおらんもん。何でかみんな剣道か柔道」
空手が得意の剛志の蹴りをトンファーで止め流し、トンファーの先で剛志の足を掬い上げた。
「ふぐっ……」
剛志の突きが宙を舞い、しかし僕は低い姿勢からトンファーの先で剛志の胸を突く。
「はい、おしまい」
僕はへへんと笑った。
「一発かよ、やられた」
僕と剛志は三歳から空手道を一緒に学んでいた親友だ。高校を卒業して剛志は就職、僕も就職と別れてしまうから、最後にと河原で遊んでいた。周りにはキャンプをする家族連れもいる。
「まだ手合わせする?」
剛志が草原から身体を起こして笑った。
「手合わせってのは、口実だしよ。なあ、あのさ、重吾」
横に座ると剛志が困ったように首をひねりながら、
「お前さあ、さつきのことどう思ってる?」
と話してきた。
「さつき?ああ、元気だよね、いつも」
「そ、そうか?お前はそれだけか?コクるとかさ、お付き合いしようとか、な、ないのか?」
僕はさらさらの髪をかりかりと掻く。絶対禿げそうだなあと思う。
「まあ、いい子だなーとか思うけど、さつきは僕たちの親友だしさ。どーしたんだよ、剛志」
「ーーさつきにコクった」
一瞬、風が止まった。
「卒業式の後、さつきに告白した。俺はずっとさつきが好きだった。お前も好きなんかと思ってだけど、それならよかった」
「そ、そんでーーオッケー貰ったの?」
剛志が水筒を出してからごくごくと喉を鳴らして飲む。
「ああ。それから付き合ってる。結婚も前提だ」
僕もペットボトルの水を飲むと、トンファーを剛志に返した。
さつきが剛志と付き合うのかあ。さつきは女子だけど元気で明るくてサバサバしていて男子みたいな感覚で、僕らは空手馬鹿三人で親友だった。
剛志が、さつきのことを好きなのは知っていた。さつきも就職組で地元の介護職について、剛志も地元だ。僕は地元から離れた就職先でまずは研修。それから地元に配属になるはずだった。だから三人はしばらくこれまで通りだと思っていた。
座り込んで馬鹿話を聞いていた僕が、左手の握りこぶしを剛志に突き出すと、剛志も同じく差し出した左手の握りこぶしをこつんと合わせる。
「おめでとうな、剛志。さつきを大切にしろよ」
「重吾がこっち帰ってきたら、結婚式やるから。祝儀奮発しやがれよな」
もうそんな話まで進んでいるんだ。少し寂しいけど笑いながらランクルの元に戻ろうとする僕と剛志の目の前に、暴走しながら降ってくる一台のバイクが目に飛び込んできた。それからパトカーのサイレンの音も。
『そこのバイク、止まりなさい!』
ノーヘルバイクが河原に突っ込んできてギャギャッと鈍いギアの音を出す。
「ったく!乗れ、重吾。ランクルで足止めしたれ」
明らかに僕らの高校の後輩の制服だ。元熱血生徒会長の剛志に付き合って、僕がランドクルーザーに飛び乗ると、体躯のいい剛志も助手席に乗り込み、ずしりとした重みでしなる。
「ジャブかますよ」
警察車両の鳴り響くサイレンを聞きながら走り出して一気にバイクに詰め寄り緊急停車した。
新しいランドクルーザーの足は早く、緑多い川辺に轍を作った瞬間、バイクの後輩くんはバイクごと川へすっ飛び、
「ありゃ、やりすぎだろ、重吾。俺、助けに行くわ。重吾はランクルでバイクを引き上げろや」
と剛志がざぶざぶと川の中に入っていく。僕はランクルのウィンチで引き揚げるべく川縁ぎりぎりにランクルを付けた。
「重吾、こっちはいいぞ」
川から後輩を担いで引き上げた剛志が上がってくる。僕はバイクが意外と飛んでいたから、さらにランクルを川の中へ入れるためにバックギアを入れた。
『ご協力感謝しまぁす!』
警察車両が坂道を降ってやってくるから任せたほうがいいかなと、僕はランクルを川から上げようとした瞬間、川の中から光が上がってきた。
「な、なに?」
「重吾っ!ランクルを動かせ!」
凪いでいた水面が吹き上げ吹き付け叩きつける水滴と共に、まるで自動洗車機に強引に入れられたみたいに僕らは光と水の共演にいた。
ガクッときつい揺さぶりの空間の中で、頭をランクルのハンドルで強打した僕の意識が混濁し意識も落ちていく。
光と共にこんなに水深が深かったっけ……と川の底に連れて行かれた。
僕は我に返る。辺りを見渡し……見覚えがあるのに、理解が出来ずにいた。
「わーってるって、剛志。でも水浴びくらい、いーだろ。なー、ランクル?」
僕は白黒ツートンカラーのランドクルーザーを、柔らかな革で拭いている。
「重吾、で、お前もついでに水浴びかよ。三月だぞ、今」
なにやらがみがみと言い始める……剛志、ああ、剛志だ。僕、ここを知っている。高校を卒業して、就職までの数日間、運転免許を取得して川縁で運転していたんだ。
「おい、重吾、手合わせをしろ」
熊のように大柄な親友の剛志が、顎をしゃくりながら僕を呼び寄せトンファーを渡してきた。
「またかよ」
剛志は高校卒業後警備会社に就職する。その訓練相手になる羽目になり、僕はトンファーを左手につけ型を取る。
「空手をやっとる奴は、そうおらんもん。何でかみんな剣道か柔道」
空手が得意の剛志の蹴りをトンファーで止め流し、トンファーの先で剛志の足を掬い上げた。
「ふぐっ……」
剛志の突きが宙を舞い、しかし僕は低い姿勢からトンファーの先で剛志の胸を突く。
「はい、おしまい」
僕はへへんと笑った。
「一発かよ、やられた」
僕と剛志は三歳から空手道を一緒に学んでいた親友だ。高校を卒業して剛志は就職、僕も就職と別れてしまうから、最後にと河原で遊んでいた。周りにはキャンプをする家族連れもいる。
「まだ手合わせする?」
剛志が草原から身体を起こして笑った。
「手合わせってのは、口実だしよ。なあ、あのさ、重吾」
横に座ると剛志が困ったように首をひねりながら、
「お前さあ、さつきのことどう思ってる?」
と話してきた。
「さつき?ああ、元気だよね、いつも」
「そ、そうか?お前はそれだけか?コクるとかさ、お付き合いしようとか、な、ないのか?」
僕はさらさらの髪をかりかりと掻く。絶対禿げそうだなあと思う。
「まあ、いい子だなーとか思うけど、さつきは僕たちの親友だしさ。どーしたんだよ、剛志」
「ーーさつきにコクった」
一瞬、風が止まった。
「卒業式の後、さつきに告白した。俺はずっとさつきが好きだった。お前も好きなんかと思ってだけど、それならよかった」
「そ、そんでーーオッケー貰ったの?」
剛志が水筒を出してからごくごくと喉を鳴らして飲む。
「ああ。それから付き合ってる。結婚も前提だ」
僕もペットボトルの水を飲むと、トンファーを剛志に返した。
さつきが剛志と付き合うのかあ。さつきは女子だけど元気で明るくてサバサバしていて男子みたいな感覚で、僕らは空手馬鹿三人で親友だった。
剛志が、さつきのことを好きなのは知っていた。さつきも就職組で地元の介護職について、剛志も地元だ。僕は地元から離れた就職先でまずは研修。それから地元に配属になるはずだった。だから三人はしばらくこれまで通りだと思っていた。
座り込んで馬鹿話を聞いていた僕が、左手の握りこぶしを剛志に突き出すと、剛志も同じく差し出した左手の握りこぶしをこつんと合わせる。
「おめでとうな、剛志。さつきを大切にしろよ」
「重吾がこっち帰ってきたら、結婚式やるから。祝儀奮発しやがれよな」
もうそんな話まで進んでいるんだ。少し寂しいけど笑いながらランクルの元に戻ろうとする僕と剛志の目の前に、暴走しながら降ってくる一台のバイクが目に飛び込んできた。それからパトカーのサイレンの音も。
『そこのバイク、止まりなさい!』
ノーヘルバイクが河原に突っ込んできてギャギャッと鈍いギアの音を出す。
「ったく!乗れ、重吾。ランクルで足止めしたれ」
明らかに僕らの高校の後輩の制服だ。元熱血生徒会長の剛志に付き合って、僕がランドクルーザーに飛び乗ると、体躯のいい剛志も助手席に乗り込み、ずしりとした重みでしなる。
「ジャブかますよ」
警察車両の鳴り響くサイレンを聞きながら走り出して一気にバイクに詰め寄り緊急停車した。
新しいランドクルーザーの足は早く、緑多い川辺に轍を作った瞬間、バイクの後輩くんはバイクごと川へすっ飛び、
「ありゃ、やりすぎだろ、重吾。俺、助けに行くわ。重吾はランクルでバイクを引き上げろや」
と剛志がざぶざぶと川の中に入っていく。僕はランクルのウィンチで引き揚げるべく川縁ぎりぎりにランクルを付けた。
「重吾、こっちはいいぞ」
川から後輩を担いで引き上げた剛志が上がってくる。僕はバイクが意外と飛んでいたから、さらにランクルを川の中へ入れるためにバックギアを入れた。
『ご協力感謝しまぁす!』
警察車両が坂道を降ってやってくるから任せたほうがいいかなと、僕はランクルを川から上げようとした瞬間、川の中から光が上がってきた。
「な、なに?」
「重吾っ!ランクルを動かせ!」
凪いでいた水面が吹き上げ吹き付け叩きつける水滴と共に、まるで自動洗車機に強引に入れられたみたいに僕らは光と水の共演にいた。
ガクッときつい揺さぶりの空間の中で、頭をランクルのハンドルで強打した僕の意識が混濁し意識も落ちていく。
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